第二話 で、俺が生まれたってわけ




 勇者と魔王の歴史は長い。

 その歴史は、建国から3000年以上経つ我らがシストニオ王国よりずっと昔から繰り広げられているとされ、中にはその起源を人間の発生と並べる者もいるくらいだ。


 人類と魔族の争いにおいて数百年に一度、勇者と魔王は生まれた。

 人類の中から突如聖なる力を持った者と無秩序な社会であるはずの魔族の中から王が誕生し、それぞれ勇者、魔王と名付けられたのだ。

 その象徴的な特徴として、魔王は勇者でなければ殺せないとされた。

 また、勇者の手の甲には神から選ばれた証として意味ありげな紋様のアザが浮かんだ。

 人々は、それを聖痕と呼び崇めた。

 しかし、この気が遠くなる程の歴史で、二十年前前代未聞の異常事態が起こった。


”史上初の平民出身”勇者の誕生だ。


 これまで、三千年の歴史を持つシストニオでは勇者が貴族以外から選ばれたことはなかった。

 本来、神が選ぶのだから身分のフィルターはないはず。だが、不思議と勇者は貴族の中から選ばれた。


 だからこそ、貴族や王族は権威の正当性を示す手段として”勇者”を用いていたし、平民も圧倒的な身分社会を受け入れていた。

 実は貴族が聖痕の発生方法を知っていて、それを独占しているとまことしやかに噂されることもあったが、陰謀論好きの戯れ言と鼻で笑われた。


 しかし、二十年前あってはならないことが起こった。

 先述したとおり、勇者が平民から生まれたのである。


 その名は――セオドア。

 十歳の誕生日に突如右手の甲に浮かび上がった聖痕をもって、勇者となった子。


 この衝撃的な事実に、平民は沸きに沸いた。

 勇者をより一層英雄視する者や、王国の権力に疑問を抱く者、果てには間違った定説を棚に上げて新たな陰謀論を妄想する者も現れた。


 一方、貴族階級は鳩が豆鉄砲を食らったような心持ちであった。信じて疑わなかった勇者の血筋を持っているという、よりどころとする柱を失ったからだ。

 また、貴族や王族だけでなく勇者を神の使いとして崇拝していた勇者聖教も腰を抜かした。


 これを受けて、王国と勇者聖教は魔王を倒せるのが勇者しかいないため無碍にも出来ず、かといってそろって権威を失いかねない危機に全力で奔走した。


 結果、出来上がったのは――勇者、シストニオ王国第一王女、王の懐刀とも呼ばれるヴァーミリオン公爵家嫡男、勇者聖教当代聖女の、異例パーティーである。


 平民の英雄として期待を一身に背負った勇者は、どんな人生を歩んできたのか。




※※※※※※※※※※※※※※※




「セオ……その右手……!」


 


 十歳の誕生日、僕は勇者に選ばれた。


「僕、みんなを守ってみせるから!」





「わあっ」


 ちょっぴり怖いような、でも期待にくすぐったいような気持ちで村を出た僕は、初めて見た大量の人、煌びやかな街並みに圧倒された。


 国で一番人が集まる王都、その中心――シストニオ王城。


きっと、これからすごい冒険が待ってる……!


 何も知らない僕を待っていたのは。





「あんな平民がなぜ……」「うっ、これが平民の匂い……なんと醜悪な」「我々はこんな平民に世界を託さなくてはならないのか?」「神は何をお考えになったの……」


 平民に対する悪意だった。




 一人だけ、優しくしてくれる人がいた。その子がいたからこそ、腐らなかった。



アトレイア・ラスカール・シストニオ



 この国の第一王女様だ。


「セオ君っ」


 彼女は、魔術の扱いが苦手だった。


 同じような境遇だったからか、僕達はすぐに意気投合した。


「私たち、強くなって……いつかみんなを見返しましょっ!」


「うんっ!」


 夕焼けの中、僕達は誓い合った。


彼女の笑顔を、守ろう


 そう思った。




 あの日の誓いから三年、僕は皆を守るため、死ぬ気で鍛えた。それに、彼女も驚くほど実力が伸びた。多彩な魔術を操る彼女からは、苦手な過去を想像することが難しいんじゃないかな。そして、僕は魔王を倒すべく旅に出た。仲間は、第一王女アトレイア、公爵家の跡取りであるライアン、聖女モカロネ。皆同じような年齢で構成された。


「うおおお!セオドア!頑張ってくれッ!」「あなたは私たちの誇りよ!」「期待しているぜっ!」「がんばれー!」


 王都を出る際、たくさんの人々に声援を送られた。



の平民勇者”



 その称号は、王都中、いや王国中の平民の期待を一身に背負うということ。それを実感した。




 旅は、全てが順調とは行かなかった。たくさんのトラブルに見舞われたし、絶体絶命のピンチだって幾度となく経験したけど……


「ガァァアア…ッ」


 力を合わせて僕たちは魔王を倒したんだ。


「やったわねっ、”セオドア”!」


「ハアッ……ッ、ハアッ……これでっ」


皆が笑顔で暮らせるようになる


それに、やっと、彼女に思いを伝えられる……っ


 そう、呑気に考えていたんだ。


「……」


 アイツの視線に気付かぬまま。




「勇者セオドア――貴様を国家転覆の罪で国家追放の刑に処す」


「え?」


 僕は


 身に覚えのない要人殺害に、曖昧な証拠。


 必死に、違うと叫んだ。


 もちろん、僕はやっていなかったし、事件現場など近づきもしなかった。


 だが、いくら訴えたところで、意味は無かった。


 もはや、誰がどうしたかなどはどうでも良いことだったんだ。全員が、僕を疎ましく思い、追い出したかった。それだけのことだった。


「まさか……ッ!?」


 ライアンの方を見る。旅が終わってからずっと不審だったから。


「ククッ」


「なッ!?」


 あいつは……嗤っていた。


それでも――


「アトレイア……」


 それでも、僕には……セオドアには彼女がいる。


 彼女だけは、アトレイアだけは僕を見捨てない。見捨てるはずがない。


 僕が、縋るように王の隣に立つ彼女を見つめると。


「……」


「ッ!?」


――彼女は、見せたことのない冷たい目を僕に向けた。


「な……んで……」


 僕は、彼女にまで見放された。




「やあ」


 王城の前で、ライアンが待ち伏せていた。


「大変だったんだよ、君を追い出すのはさ?」


 やはり、彼の仕業だったらしい。ライアンは、貴族の誇りを過分に持ち合わせ、もともと平民の僕に対し良くない感情を持っていた。何より、恋敵だ。


「……」


 だが、分かったところで僕にはどうでも良かった。今更どうすることもできない。



逆に、僕はやっていないと分かって良かったじゃないか……!



そう思うことにした。人生まだまだあるんだ。この先いくらでも良いことがあるさ。


 諦めて、何も言わずに歩き出す。だというのに、ライアンは僕が横切る瞬間。


――にやけながら言ったのだ。


「フッ……安心しなよ、アトレイア王女は僕が支えてやる」


「ッ!?」


 足が止まる。


アトレイアのあの態度は……ッ!?


 じっとり近づいてきたあいつは、僕の肩に手を置き。


「これから君を射る。避けたっていいさ、振り向いてもいい。けどね、君の村が……わかるだろ?」


と、言ったんだ。


「ッ!?」


 彼は、肩を二回叩くと、ふっと離した。


行くしかない……ッ


 震える足を引きずって、僕は歩いた。


 それは、経験したことのない恐怖だった。魔物ではない、人間特有のドス黒い悪意…


くる……ッ!


 全身で危険を感じ取った。避けたい、そう思った。


けど、振り向いたら村が……


 無理矢理我慢した――直後。


「ぐぁッ!?」


 右膝に甚大な衝撃と、遅れて焼けるような熱さが走った。


アツイアツイアツイ……ッ!?


 熱さでのたうち回る。


「ふふふふ、あはははっ」


 ライアンの高笑いが、虚しく空に響き渡った。






ポツ……ポツポツ……ザーッ



「降ってきた……」


 前が見えないほどの強い雨の中、カビが生えたゴミのような外套を深く被る。雨が降ると傷が痛んだ。僕は、足早に路地裏を歩いた。


 帰る場所などなかった。


 あの後、追放された僕が病院など行けるはずもなかった。深々と僕の足を貫いた矢は、呪われているんじゃないかと思うくらい治らない……後遺症が残った。王国を離れたかったけど、長旅ができないから王都から出られなかった。


 罪人の僕は、薄暗い陰の道をあちこち転々と移動した。


神様はきっと、僕のことが嫌いなんだ


 証拠に、行く先々で不可解な不幸が重なった。不自然な情報不届きに、謎の依頼未達成、法外すぎる罰金の数々。人の悪意に晒され続け、心が荒むのに時間はかからなかった。





――結果、は闇ギルドに所属した。


「チッ、こんだけかよ……」


 もう、かつての純真な少年はすっかり死んでしまった。


 俺は、汚れてしまったのだ。


 残ったのは人間不信と、自身のために他を蹴落とそうとするおぞましい根性だけ。


 生きていくには、なんでもしなければならない。


それで、俺は――

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