第三話 物語を終えた勇者




 奥へと進んでから、どのくらい時間が経ったのだろうか。一晩だったような気がするし、数十秒しか経ってない気もする。一回気を失ってから、深く考えるのをやめた。考えると、腹が減る。空腹は全身をキリキリ痛めつけるから避けたかった。


 あれから進むこと不明。横穴に滑り落ちること一回、垂直に落下すること数回。全身を痛めながら進んだ俺は、もはや自身がどこにいるのか分からなかった。魔力も明かりもない。故に、広さも分からない。このダンジョンは、俺が諦めるのをじっくり待つらしい。デビルモンキーより、余程タチが悪かった。


「ハアッ……ハアッ……ッ」


 段々、精神がすり減っていくのが分かる。周りが暗いせいか、心細くて仕方ない。考えないようにしようとしても、不安がどんどん出てくる。



ああ、どうしてこんなことに……


サムとアンドリューと一緒に戦えば良かったのだろうか?


あいつらは共闘なんてしないか……


やはり闇ギルドに入ったのが間違いだった?


無理してでも他国へ行くべきだったかもしれない……


それとも、魔王を倒したこと自体が間違っていたのか?


ずっと冒険をしていれば、こんな思いをせずに済んだのかもしれない……


魔王を倒すことだけが存在意義の舞台装置――人形


じゃあ、倒した後は?俺は何のために生きているんだ?


――魔王を倒さない方が俺は幸せだったんじゃないか?


勇者が魔王討伐を後悔するなんて、皮肉も良いところだ。



……





はぁ



もう、いいか……



人生に底なんてないのだ。


落ちて


落ちて


落ちて


どこまでも、落ちてゆく。


気付けば、二十年。そして今、どこかも分からない場所で孤独に死ぬのを待っている。



ああなんて……なんて、虚しい人生なのだろう


――それで良いのか?


「……」


良いわけが……ねえッ!


「ッ!」


どれだけ虐げられようが、俺の心が折れないのは……


「…やるッ」


右膝に爆弾を抱えても、醜く生きているのは……


「生きて…やる…ッ!」



――生きてて良かったと思うためだ!


勇者を終えたセオドアが、生きている意味を探すためだ!


だから、俺は諦めない、絶対に――何とかしてこのダンジョンを出て行ってやる。



”元勇者なめんなっ!”



 俺は、手を伸ばした。


「……ッ!?」


 しかし、覚悟とは裏腹にどんどん力は抜けていく。


 寒気がして、遠のく意識。


「……っ」


なんだよ、少しぐらい自分を後悔させないでくれよ……


せっかく諦めずに……済んだのに


こんなの…あんまりじゃないか…っ


 意識が消えかけたその時。




『――やっときたなァ、


 誰かの声がした気がした。


『セオドア、力が――欲しいかい?』



 いや、気のせいではない。誰の声もしないはずの暗闇から、はっきりとした声がした。こちらを小馬鹿にしたような飄々とした声音が。


それとも、これは俺の頭の中が生み出した幻聴なのか?


周りが暗くて分からない……


「……ぁ」


 声を出そうとしても出なかった。だが、出せずとも言ってやる。


力が欲しい?


 当たり前だ。本当はこんなとこで死にたくなんかない!俺だってな、膝の爆弾さえ無けりゃ、あんなやつら相手にならないはずなんだ……っ


 心の奥底で火が灯ったような感覚がした。



『オーケー、お前の声、確かに届いたぜ』



 口を開いてはいないはずだが、声の主には届いたらしい。どうやら会話する意思があるみたいだ。是非とも、こちらもおしゃべりとしゃれ込みたいのだがな、また意識が……



『お前の……代わりに……しよう』



なんだって?もっとはっきり言ってくれ



『俺は……の精霊、ガスパール――ふふふっ、末永く頼むぜ、セオドア?』



 最後に声の主が笑ったような気がして、俺の意識は完全に途絶えた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




ポチャン……ポチャン……



 規則的に落ちる水滴の音で、目が覚める。


「あれ……?」


俺はどのくらい意識を失っていた?


 真っ暗だと思っていたダンジョンは、いつの間にか灯っていた仄かな明かりで照らされ、うっすらとだが状況を把握できた。どうやら、俺は地底湖のそばにいるようだ。


 口の中が、血と砂利まみれで気持ち悪い。


少し濯がせてもらおう……


 ゆっくりと立ち上がり、水辺まで歩く。


 いつもの癖で、腰をさすろうと手を添えるが、いつもの重さはない。


ん?


 というか、驚くほど体が軽い。


身体中に力が漲っている……このまま走り出したいくらいだ。


なんでだ?


まあ、調子が言い分にはいいか……


 考えても仕方ないことは考えないようにする。それが、俺のモットーだ。


……ぶっちゃけ考えるのが面倒くさいだけだが


 なんて、身体の調子が良いからと益体もないことを考えつつ、湖面に覗き込む自身の顔を見る。


その瞬間――



「え?」


 自分の顔を見た途端、度肝を抜かれた。



「嘘……だろ……ッ!?」



 あまりの衝撃に、腰を抜かす。


「若…返ってる……!?」


 目元の皺は消え、無精髭は抜け落ち、顔全体には張りがある。


 この顔は、そう。二十歳だかそのへんだ。魔王を倒した時に――戻っていた。


「夢……?」


 頬をつねる。痛い。


それとも…これは魔法の湖…?自分のみたいものを映してくれるみたいな…


 意味も無く、手で水面をかき混ぜる。


 揺らいだ波が静まった後も、間抜けな二十歳の俺が映っているままだった。


「……て、ことはさ……?」


 誰に問うわけでもないが、声に出してみる。声も若い…


「俺って、今――勇者?」



なんてこったい……俺は、魔王を倒した時の俺に若返っているじゃあないか!



 さらに、驚くことがある。


「足が…痛くないッ!?」


 どれだけ力を込めても、走り回っても、右膝になんの痛みもないのだ。これは、あのヘンな奴の仕業だろうか、いや、仕業というのは失礼かもしれない。


たしかガスパールとか言っていた気がするな


そうだ、あの接しやすそうな精霊様のおかげだろう……


「くううううう~よしッ!」


 しばらく身体の自由を噛みしめる。


「もうこんなものはいらないな!」


 俺は首輪を壊し、ダンジョンの外に向かって歩き始めた。




 ダンジョンの中は、洞窟型になっていて奥に行くほど明かりは少ない。深層ともなればもはや暗闇だ。しかし、冒険者は目に魔力を通すことで視力を良くするだけでなく、限界まで光を感じることが出来る。だから、冒険者にとって魔力操作が基本技術となる。デビルモンキーを倒した後は魔力が枯渇し、ひたすら暗闇に恐怖したが、回復した今俺は周りが手に取るように分かっている。


 そして。


「ふんふふんふふーんっ」


 俺は出てくる魔物を、鼻歌交じりにバッタバッタとぶん殴って進んでいた。


 かつての勇者としての力(仮に勇者化と名付ける)を取り戻した俺にとって、この程度の魔物では何の障害にもなりはしない。


何より嬉しいのは、そう――右膝の爆弾が取れたこと!


「こんなことをしても?」


 思いっきり右足を踏み込む。


 地面は砕け、クレーター状に凹んだ。


「こーんなことをしても!」


 体長8メートルはあるだろう、大蛇の魔物に拳をたたき込む。


「痛くなーいっ」


 俺は、どうしようもなく調子に乗っていた。


 しかし、右膝に痛みがなくなった時は、本当に感動したのだ。なんなら、人知れずマジ泣きしたぐらいだ。恥ずかしいので墓場まで持って行くつもりだが。


 それぐらい、五体満足というのは恵まれたことで、それだけで祝福するべきことなのだ。生きることに前向きになれるし、冗談抜きで世界が輝いて見える。例えるならそう、何回かんでも一向に取れない鼻詰まりが、突然取れたような……


……この例えは弱いな


 だが、まあそんな感じなのだ。


外に出たら、何しよう……っ!


 あーでもないこーでもないと、妄想する。


「だっはっは」


 思わずヘンな笑いが出た。


でも大丈夫!身体は若いんだから誰も引きやしないだろ……いや、流石に不味いか。


 一人ツッコミを繰り返しているうちに、このダンジョンで一番強いであろう、ミノタウロスと接敵する……が。


「フッ」


 一瞬で駆け寄り、その首を手刀でかっ斬る。何が起こったかも分からず、ミノタウロスは絶命した。



「元、いや――勇者なめんな」



 まあ、どうして若返ったのか?とか、あの精霊はなんだったんだ?とか、考えても仕方ないことは一旦呑み込む。


 二度目になるが、それが俺のモットーだ。


なるようになるさ……なんていったって、これはやり直しなんだから!


 と、歩いていた俺は見覚えのあるリュックを見つけた。


「これはゴロツキの……」


 遺体は既にダンジョンが飲み込んだため、遺品のみが残っている。正直金品を持って行くのはあまりにも忍びないため、アンドリューが所持していた偽の身分証だけもらってダンジョンを脱出した。

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