第四話 これを勇者化と名付ける
それはダンジョンを出てすぐ、魔力の残量が少なくなってきたな、と考えていた時だった。
「あれっ?」
二つの違和感を覚えた。一つは右膝、もう一つは……いやまて、右膝に違和感だと…ッ!?
忘れもしない――この呪いとも言うべき爆弾
気付いたときには、冷や汗が流れて止まらなくなる。心臓が強く締め付けられた。
「うそ…だよな…」
ごくりと息を呑んで、俺は慎重に右足を上げる。
「ハアッ……ッ、ハアッ……ッ」
ゆっくり下ろしたつまさきが地に触れた瞬間。
ピキッ
「グッ……!」
全身を刺すような痛み。
遅れて、気付く。
「ハッ、ダンジョンか!?」
若返りが解けたのはダンジョンから出たせいだと考え、
立っていられず、右足に気をつけながらゆっくりと腰を下ろす。染みついた癖が忌々しい。
「ハハッ……マジか」
もはや、乾いた笑い声しか出なかった。
絶望も束の間。
「……っ」
何かが来る…
ダンジョンに向かってくる多数の気配を感じた。数にして、十は超えている気がする。冒険者か、それとも闇ギルドの奴らか。冒険者にしては数が多い気がするし、俺が首輪を壊したのはついさっきだ。だが、ダンジョンでどのくらいの時間を過ごしたかが分からない。もしかしたら、首輪とは関係なく長い時間が経っていたせいで様子を見に来たのか。いずれにせよ、一刻も早くここから離脱しなければならないだろう。
俺は、痛む足を引きずってダンジョンを出た。そのまま、少し離れた茂みに身を潜めた。程なくして、同じ格好で身を包んだ集団がやってくる。
あれは…貴族の私兵か?しかも、身なりからして結構でかい家だぞ…どうしてこんなところに…
私兵達はダンジョンに入らず、入り口で何やら話している。
「……――……」「………」
うーん、聞き取れないな、こうなったら…
俺はなけなしの魔力をかき集め、視覚と聴覚を強化した。次の瞬間。
短い金髪の若い少年兵「どうして、俺達がこんなところに来る羽目に…」
黒髪をオールバックにしたベテランそうな兵「さあ、何か値打ちのものがあるのかねぇ」
「うおっ」
急いで口を塞ぎ、気配も消す。
「ん?今何か音がしたか?」
「そうですか、何も聞こえませんでしたが」
危ない、気付かれるところだった。いや、それにしてもなんだこれ!?見えすぎるし、聞こえすぎるぞ!
俺の今の魔力量と肉体じゃ、こんな強化は到底出来ない……こんなのまるで…
その時、身体に電流が走る。
あああああああああ!!そうか、そういうことか!
俺は、嬉しすぎるあることに気付いた。先ほど抱いた違和感、一つ目が衝撃的すぎて忘れかけたが実は二つ抱いていた――それは魔力量だ。あまりにも
俺は、ダンジョンから出る前まではちゃんと全盛期のままだった。しかし、本当に全盛期に戻れたとしたら、たかが数十分足らずで魔力が枯渇するわけがない。そう、つまり勇者化には魔力が必要だったということだ。いや、
あぁ良かった、さっきの勇者化は幻なんかじゃなかった…っ!
そして、それと今の聴覚と視覚が意味することは――
――勇者化は、部分的に発動できる!
おそらく、魔力量が足りずに全身の勇者化ができなかった。だから、強く意識した耳と目だけが発動したのだろう。
よし、これはでかいぞ、これなら移動中に右膝だけ若返らせば長時間自由に動けるようになるはずだ。もう、この右膝で悩むことがなくなるんだ!
小躍りの一つでもしたいが、今は話を戻そう。俺は逸る気持ちを抑え、集団に意識を集中させた。彼らの着用する制服の胸には、見覚えのあるシンボルが刻まれている。あれは……
ヴァーミリオン家!…ライアンの私兵か!あいつらこんなところで何やってんだ……?
聞き耳を立てていると、少しずつ背景が分かってくる。あいつらは、場所の通りこのダンジョンの調査に来たらしい。なぜ、俺を貶めたあんな大貴族が辺鄙な位置のダンジョンに私兵を送るのか、残念ながらそれは聞き取れなかった。流石に、こんな外で話すほど迂闊ではないらしい。それとも知らされていないのか。だが、あいつらの目的が俺ではないことは分かった。
やがてダンジョンに入っていったのを見送り、緊張を解く。僅かに回復した魔力で、右膝を勇者化させた。
「……っし!」
大丈夫だ、しっかり発動した。
茂みから抜け出し、体についた葉を払いながら考える。
この先どうするか?ここにいてはいけないだろう、闇ギルドの追っ手だっていつ来るか分からない。今回、闇ギルドに俺は売られた。この先戻っても同じように使われるだけかもしれない。だったら、これ以上の抜ける機会はないだろう。何より、右膝を勇者化すれば長旅でも耐えられる。
だからこそ、必要なのは目的だ。
生きてて良かったと思うにはどうするべきか。
そこで、俺は自分がどうしたいかを考えた。
「……」
どうしたセオドア、元勇者と言ったって、顔さえ隠していれば何だって出来るんだぞ?あるいは、二十年経った今、もはや顔バレなんて杞憂かもな。
「だめだ……っ」
やりたいことが…ない……
考えてみればそりゃそうだ。今まで、勇者であったり闇ギルドの一員であったり、俺は自分の意志で行動したことがなかった。
「そうだ……とりあえず今やらなくてはならないことからすればいい」
やりたいことなんて、後からいくらでも見つかるだろう。急ぐ旅でもないんだ。
「西、だな」
あそこは、魔王城から一番遠く勇者の顔を知らないものも多いはずだ。というか、それ以外に選択肢がない。まず、東はない。王都があるからだ。自身が勇者だと暴かれる可能性があるし、何より逃げたいはずの闇ギルドがある。北と南も考えにくい。王都から少し近い上に、領主が闇ギルドと深い関係にある。
だから、西だ。
一番近いのはクロムの町、だったかな。適度に魔物を狩って、軍資金にするってことで、決まりだ。
上を向く。
今日の天気は、雲一つ無い快晴。
「……っ」
俺は――自由だ。
こうして、元勇者ことセオドアはとりあえず西に向かって歩き出した。しかし、若返りを失いかけた動揺か、はたまた自由からの高揚か、彼をじっと見つめるカラスに気付くことは出来なかった。
※※※※※※※※※※※※※※※
◇王都・某所
「ああ、生きていたか……わかった、よくやった」
闇ギルドの長マーブルは、自身と側近しか知り得ない部屋にて、魔道具を通して会話していた。
「いや、追わなくて良い…お前の潜伏技術じゃ見破られる、あの時みたいにな」
マーブルの左手に握られた鍵は、半ばから折れていた。奴隷、もといセオドアにつけていた首輪の鍵だ。何らかの原因により、首輪が壊れると連鎖して壊れるように作られていた。
「我々は生存の報告だけすれば良い、余計なリスクは背負うな」
魔道具を切り、短く息をつく。
「これでお別れだ――元勇者セオドア」
人知れず、歯車は回り始めた。
全てを巻き込みながら、少しずつ、されど、着実に回転していく。
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