第五話 選ばれたのは、オーガでした。



 背の高い木々に囲まれながら、さえずる鳥の歌をbgmに俺は黙々と森を歩き続けた。途中、鳥とセッションしようと口笛を吹いたのだが、俺が吹いた途端静かになったので止めた。


 そんなことより、さっきから景色がまるで変わらない。が、きっと大丈夫だ。途中途中で木に傷をつけているのだから、方向は間違っていない、うん。だから、俺は絶対に迷ってなどいない!絶対だ!ほら、この木だって幹の所に。


「……」


傷が……ついてる……


「正直に言おう、迷った……」





 ダンジョンを出てしばらく、俺はひたすら森の中を歩いていた。クロムの町に行くにはこの巨大森林を抜けなければならなかったからだ。


「ん?」


 変わらない景色に辟易していると気配がした。


 いつも通り茂みに身を潜める。


 しばらくして、ペタペタと足音が聞こえ目を懲らせば緑の身体に、とがった耳、醜悪な顔をした子供の背丈ほどしかない魔物がのんきに歩いていた。いたずら好きな妖精、ゴブリンだ。その手にはどこで拾ってきたのか錆びた剣を携えている。近くには仲間がいなさそうだ。基本的にゴブリンは群れるから珍しい。これはチャンスだ。


 練習しなければと思っていたんだ。《勇者化》、特に部分勇者化のな。


 そこに関しては、この森林はひどく都合が良かった。推測だが、ダンジョンの影響でこの辺りの魔力が活性化されている。ただでさえ魔物の森とも呼ばれる森林が、今はことさら魔物であふれかえっていた。


 俺は茂みを出てゴブリンの元へ歩く。当然、奇襲を仕掛けるつもりはない。バレたら意味が無いからな。わざと、枝を踏んで音を出すと、耳聡くゴブリンはこちらに気付いた。ギョロついた目を血走らせ、ヨダレを撒き散らしながら走ってくる。


「それじゃ、資金かつ練習台としてよろしくな」

 

「gkwalaoaaa!!」


 飛び込んできたゴブリンを、半身ずらして避け足を掛ける。突然踏み出す足が消えたゴブリンは前のめりに転んだ。奴が起き上がるまでの時間で、早速試してみよう。


「いくぞ……ッ!」



《勇者化――右足》



 右膝へ魔力を集中させ、頭の中ではそこだけ若返るイメージを描く。すると、徐々に右膝の違和感が引いていき踏ん張れるようになった。だが。


「あ」


 溢れ出る力の奔流を抑えきれず、全身が勇者化してしまう。感覚としては、小便を途中で止める感覚に近い。あるいは、空腹時の一口目で食事を止める感じか……あまり、例えるのが得意ではないのかもしれない。


「awokgweoga!」


 転ばされたことに腹を立てたのか、ゴブリンは叫び散らかし向かってきた。勇者化を一度解除し、再び部分勇者化を試みる。



《勇者化――右足》



 今度は、勇者化することに成功した。


 そのまま、ゴブリンを蹴り飛ばそうとしたが。


「あ」


 普段通りの感覚で足を振り抜いてしまう。勇者化した状態の蹴りは、ゴブリンを爆発四散させてしまった。しかも、俺の方も勢い余って大回転した上、無様に這いつくばる。魔石を残して黒い靄となったゴブリンを尻目に思う。


「うーむ」


 これは…想像以上に難しいぞ。この先長期間の旅をしていく上で、右膝だけで済む部分勇者化は必須だ。だが、右足だけパワーアップした状態で普段の動きを再現するには、右足に魔力を集中させつつバランスが崩れないよう力を押さえなきゃいけない。


 この二つを同時に行うということは、繊細かつダイナミックにみたいな?矛盾してそうでギリ矛盾していない的な?コントロールが必要というわけだ。要するに、緻密さが求められている。


 普通なら尻込みする難易度……しかし。


「こ、これくらいあのときの修行に比べたら楽勝だよな……ハハッ」


 そうだ、俺は血の滲むような訓練をしてきたんだ。こ、これくらい訳ないさ。全然?ビビっていないとも!


 気持ちを改め、迷った事実から目を逸らしつつ新たな練習台がいないか歩く。すると、少し歩いた先に強そうな気配を感じ取った。今日はスペシャルデーだ。


「あれは……オーガか!」


 赤い肌に筋骨隆々の身体であり、人を好んで襲い骨まで食べる悪鬼だ。村を壊滅させる力を持っているため、目撃されればすぐにクエスト依頼を義務づけられる程度には恐ろしい魔物として知られている。


 上級魔物のオーガは、木々の間を我が物顔で跋扈していた。


 まあ、俺にはあまり関係ないことだが。


「練習台にはもってこいだ、ゴブリンだとすぐ終わっちまうし」



《勇者化――右足》



 初っ端から右膝に魔力を集中させ、慎重に歩く。たまに、右の足跡にだけクレーターが出来てしまうのはご愛敬だ。こんな調子で歩けば、すぐ相手にも気付かれる。オーガは、俺を認識し獲物だと思ったのか口角を上げた。ここはそっくりそのまま返してやろうと思う。


「練習再開だ」

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