第六話 クロムの町




 その一言を皮切りに、オーガが突っ込んできた。


「gawoga!」


「フンッ!」


 振り抜いてきた大ぶりな右手のパンチを、左手に魔力を集めたうえで受け止める。しかし、左手はこれといって若返ってはいない。勇者化ではなく、ただの魔力操作による身体強化だ。


 これから先、勇者化しないで済むなら使いたくない。万が一、コントロールに失敗して当時の顔が見られたら大変だ。何より、魔力をバカみたいに持っていかれるからな。


「良いパンチだ」


「!?!?!?」


 「自分より明らかに小柄な体格をした人間に、渾身の一撃を受け止められたのが信じられない」とでも言うかのように目を丸めたオーガ。


 無駄に人間味のある表情がちょっと面白い。それはさておき、ここからが練習だ。



《勇者化――右足+右手》



 右手にゆっくりと魔力を流し、部分勇者化を試みる。だが……


「クッ」


 誤って全身を勇者化させてしまった。


「ッ!」


 その瞬間、勘づいたオーガは大柄な身体に見合わない俊敏さで飛び退いた。


「ほう……危機察知能力があるのか」


 これはますます逃がせないな、万が一町の近くにでも現れたら面倒だ。そのまま逃げようとするオーガに、全身勇者化したまま飛び蹴りをかます。


「gyawofawoh!」


 軽々と吹っ飛んでいったオーガだったが、さすがは上級魔物。この程度では死なない。


 俺は、勇者化を解除しオーガに近づく。


「まだまだ、これからだぞ?」


「……!」


 しばらくオーガと戯れた後、感謝の一突きで命を頂き旅を再開した。

 結局、オーガとの戦闘で右足の勇者化だけは会得したものの、複数の箇所となるとまだまだ練習が必要だった。

 それから、しばらく繰り返し勇者化の練習をする。

 繰り返し繰り返し、今までやってきたように。


「……ッ」


 何度も練習すること。

 俺はそれしか知らなかった。


 練習も程々に歩みを再開すると、大きな通りに出た。

 もうすぐこの森を抜けそうだ。

 ここを抜けた先にある町はクロム。

 俺は、そこで魔物の素材をいくつか売りたかった。


 そのためには、まず。


!」


 冒険者にならないとな。






 オーガが逃げた先が、幸い丁度町の近くだったようだ。オーガの素材を回収して少し歩くと踏みならされた道を見つけることが出来た。そう、街道だ。ここまで来ればもう少し。半刻ほど過ぎてクロムの町に辿り着けた。


 クロムは、王都から馬車で約二週間の比較的大きな町だ。この町に大抵の物はそろっているから、少し滞在しようと思う。懸念すべきは、勇者の顔を覚えている人間の可能性だ。都市程まではいかないものの、人の出入りが多いのだ。間違っても全身勇者化しないよう、細心の注意を払わなければ。


「お兄さん手ぶらでどうしたの……冒険者?全ロス?……ああ、気の毒に…一応カードだけ、いい?…はい、ようこそクロムへ、ゆっくりしていってね」


 門番からの質問に惨めったらしく答え、木材で作られた門を通してもらう。旅での全ロスは、珍しいがないわけではないから、同情と共に入ることを許可された。ちなみに、門番にはアンドリューの使っていた偽のギルドカードを見せた。即席の身分証である。冒険者は町の出入りが多いため、一々細かい本人確認などしない。だからか、闇ギルドには複数持つ者も多かった。あいつ、色んな顔持っていたからこういうときは便利だ。


 ようやく着いた達成感を噛みしめて、クロムの町へ入る。




「やっと……着いたな」


 一度入れば、たくさんの人に立ち並ぶ建物、商店街など……久方の”生活感”を全身に感じた。色んな事があったせいか、この雑踏がやたら遠くて眩しい。これが、自由によるものなのか孤独からきた寂寥感かは判断しかねるが、とりあえずは……金だ。身も蓋もない言い方ですまない。


「たしか、ギルドは……」


 素材の換金が最優先ということで、冒険者ギルドを目指して歩み始める。フードを被っているので当たり前だが、俺を勇者と認識する人間はいなかった。おっかなびっくり周りを見渡し、看板探しに邁進する。冒険者ギルドは、町から出やすいよう門を過ぎてすぐ傍にあった。寄り道をせず、さっさと扉をくぐろうと、戸を開けば。



「おい!なんで報酬こんだけなんだよ!?」「うおおおおお!魔物を狩るぜええええッ!」「それじゃ、今日と言う日にかんぱーーい!!」「このクエスト受けてみようぜ!」「全部ないなったあああああ」




 喧喧諤諤たる雰囲気に包まれていた。


「変わらないな、冒険者ギルドは…」


 新たな生活の幕開けを感じつつ、俺はギルドの中へ入っていった。

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