第八話 (元)勇者、冒険者になる
扉の向こうは、町とはまた違った騒がしさに溢れていた。
町の賑やかさとも、闇ギルドのギラついた雰囲気とも異なる圧倒的な活力だ。
ちょうど、依頼が更新されたのか様々な冒険者が掲示板に集まっていた。
「そうそう…あの時もこんな感じだった」
かつて勇者だった頃、路銀稼ぎに冒険者として活動したことがある。
その頃と何一つ変わらない光景にノスタルジーを感じたが、今はやることを済ませてしまおう。
掲示板を尻目に、受付へ向かった。
「こんにちは、こちらは冒険者ギルドです――本日はどのようなご用件でしょうか?」
ところで、なぜ俺が冒険者になろうとしているのか。
答えはこうだ。
普通、魔物の素材を売るには鑑定書が必要だが、その鑑定書を手に入れるには鑑定料が必要だ。
これが引くほど高い。
もちろん、身の着のままここへ来た俺には鑑定料を払える所持金など毛頭無い。
一方、冒険者になれば鑑定書がなくともギルドが代わりに買い取ってくれるのだ。
もちろん手数料は引かれるが、鑑定書を手に入れるよりかは安い。
「冒険者登録をしに来ました」
俺は、フードを目深にかぶり顔を目立たせないように振る舞った。
自意識過剰みたいで恥ずかしいが、これでも一応元勇者。
万が一があってはいけない。
心の中で言い訳を並べていると。
「ありがとうございます。それでは登録料として銀貨一枚頂きます」
受付嬢がニッコリ笑顔で答えた。
「……」
あ、そうか。
登録料も必要なんだっけな。
あーどうしよう。
銀貨一枚か…勇者時代ならともかく、今の俺だと食費一ヶ月分の価値だぞ?
まあ、これからのこと考えれば登録料の方が安くなるか。
仕方ない。
「あれ、財布どこだっけなぁ」
「え?」
財布を探すふりをして、辺りを見回す。
どこかで、都合の良さそうな…。
「お?」
ギルド内には酒場が併設されており、昼だというのに席は賑やかだ。
どれどれ、丁度良い奴は……お、いたいた
少し奥のテーブルで音頭を取る、軽装備の男を
「今日は朝まで飲むぞぉおおお」
「「「おおーっ!」」」
どうやら、今から宴会のようだ。
きっと、前の冒険の打ち上げが何かだろう。
「ちょっと失礼」
「……は、はあ」
不思議そうに首をかしげる受付嬢に断りを入れ、そこへ向かう。
「それでは皆さん、グラスを拝借ぅ~っ」
男の席を横切る瞬間。
「かんぱーーい!」
《勇者化――右手》
目にも留まらぬ速さで、銀貨を
もちろん、後で返すさ。
「財布、あっちに置き忘れてたみたいで…はい、これでお願いします」
何食わぬ顔で受付嬢に渡した。
「は、はい……確かに頂きました。それではこれより魔力の登録と実力試験を行いますので少々お待ちください」
若干不審に思われつつも特に断られることはなかった。
待っていると、引き継ぎを済ませたお姉さんが奥から魔道具を持ってきて言う。
「では、ここに手をかざしてください」
彼女に言われた通り、机に置かれた魔道具へ右手をかざす。
球形の水晶は俺の魔力に反応して起動し、仄かに光ったかと思えば少しの魔力が吸い取られた。
その時だ。
「……ッ!」
《勇者化――右足》
俺は、右足だけを勇者化した。
チラリとお姉さんを盗み見るが、気付いた様子はない。
魔道具にも、故障はない。
「……」
測っている間暇なので説明しよう。
魔力測定とは、魔力量を量るだけの検査ではない。
魔力の質も測るのだ。
そもそも、魔力には人によって個別の波があり、それを測定することで個人を特定する役割も果たす。
しかし、「それではかつて冒険者をしていた元勇者の俺はすぐ身元がばれてしまうのでは?」と考える優しい者がいるかもしれない。
幸いなことに実はこの波、短期間では変わらなくても十年も経てば大きく変化してしまうのだ。
だから、冒険者は五年ごとに更新しなければならない。
とは言っても、俺の最近の魔力情報は闇ギルドが握ってしまっているため、素のままでは測れない。
もし、奴らがここを嗅ぎつけたら俺の生存がバレてしまうからな。
そこで俺は部分的に勇者化することで、昔と今の魔力を混ぜ合わせ新たな魔力波を作りごまかしているのだ。
「すごい魔力量……!あなた一体……」
ただ、どうしても勇者印の膨大な魔力量は誤魔化せない。
ならば、驚愕した様子でこちらを見るお姉さんにどう対処するか。
当然考えている。
「知りたいですか?構いませんよ。あれは、そう――魔王がこの世界に蔓延る」
「あ、計測終わりました」
「フッ……残念です。また今度にでも」
「そ、そうですね…」
そう!これこそ俺の秘策ッ!
『突然の自分語りで逆に興味を失わせよう作戦』
である。
聞いてくるなら、聞く気を無くしてしまえばいい。
かくして、何事もなく魔力測定を終え実力試験へと移るのであった。
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