(元)勇者なめんなっ!

前田マキタ

第一話 (元)勇者セオドア



 俺の名前は、セオドア。

 おっさん冒険者だ。

 冒険者と言えば自由気ままな感じがして聞こえは良いが、実際はただの何でも屋。

 もっと言えば、俺は闇ギルドに所属している。いやっ、まあ確かに闇ギルドは犯罪まがいの行為も平気でやるアウトローな組織ではある。


 だが勘違いしないでいただきたいのは、別に俺がナイフをペロペロするようなイカれた野郎だからいるんじゃあない。

 諸事情により、前科を問われない闇ギルドにしか所属できなかったんだ。

 だから当然、聖人君子とまでは言わないが、性格は良いはずだ。うん。

 ……まあ、家と呼べるものはないし、明日の飯も危ういのだが。ついでに服も汚かったりする。


 衣食住が不十分のこの時点で人生終わってんな、と皆さん思われるかもしれないが……こう見えても一応。



――だ。




※※※※※※※※※※※※※※※




 シストニオ王国の中心、王都シストニオ。

 永遠に繁栄し続けるこの都市の中央には王城がそびえ立ち、城下には煌びやかな宮殿や教会、屋敷が建ち並ぶ。

 様々な種族や民族で構成される国民の顔は輝きに満ち、将来を何ら不安視しない様子は、まさに平和な時代の体現だ。


 だが、それは表の姿。

 その通りから少し目を外し、逸れた先にあるのが王国の闇を体現した腐臭と血の香りがするスラム街。最底辺の人間が集まるゴミ溜めだ。


 さらに目を懲らしてみて欲しい。

 意識があるのかないのか分からない浮浪者が酒瓶片手に寝転がり、その上を駆け巡る鼠を避けながら進めば、奥に知る者が限られた地下への入り口がある。


 入り口を潜り込むとそこには――正義を容易に立ち入らせない程複雑な地下道が巨大な迷宮を成している。


 現在、複雑怪奇に絡み合うこの迷路を一人の男が歩いていた。


 その男こそ、この物語の主人公であり元勇者の――


――そう、俺だ。




「たしか、次の突き当たりを右だったよな……」


 何も知らずに入ったらまず抜けられない地下道。

 それをあらかじめ教えられたとおり慎重に、しかし特段恐れることもなく歩いて行く。

 数々の門番に睨まれつつ、屍を避けながら進むこと数十分、目的の部屋の前に辿り着く。


「……」


 初めて目にするギルド長室を前に、喉をゴクリと鳴らす。覚悟を決めて、ノックしようと手を前に伸ばした矢先、勝手にドアが開く。

 ずいぶんと、緊張感を演出してくれるじゃあないか。

 年甲斐もなくビクッとした。

 狙い通り、俺はすっかり緊張しながら部屋に足を踏み入れた。


「……ッ」


 外とは打って変わって小綺麗な部屋に、息を呑む。

 地下とは言え、閉塞感を感じないほど広い部屋だったからだ。

 部屋の中央にあるのは、膝ほどの高さしかないテーブル。

 そして、向かい合うように設置されたソファと椅子だ。おそらく名画だろう絵画が壁に飾られ、これまた高そうな絨毯が目に入る。


 ひとしきり圧倒されつつその場で固まっていると、一年は遊んで暮らせる程高そうなソファに座っていたそいつは、威厳を感じさせる低い声で言った。

 

「セオドアか、そこへ掛けろ」


 ツルッツルのはげ頭に、入れ墨がびっしり刻まれた極太の両腕。

 ジャストサイズの白いTシャツを着ていることは言うまでもない。

 俺が元勇者でなければ、間違いなくションベンちびるであろうこの筋肉ダルマは、闇ギルド長のマーブルだ。


 マーブルに言われるがまま腰掛けたが、敵を作りやすい闇ギルドの長、その部屋に通された時点で、実は嫌な予感がしていた。


「数日前、ここから少し西へ行った場所に、新しいダンジョンができた」

「ッ!?」


”新ダンジョン”


 前置きも無しに放たれたその言葉を聞き、俺は予感が的中したことを悟る。恐れていたことが起きてしまった。ついに来たのだ、俺の番が。


「どんな魔物が出るかも分からない」


 新ダンジョンとは、まだ調査されていないダンジョンのこと。弱い魔物しか出ないようなダンジョンはまだいいが、逆に高難易度のダンジョンが突然生まれることだってある。

 だからこそ、いつ誰が死んでも困らないギルドにこういう依頼が回ってくるのだ。


「――行ってくれるな?セオドア」


 換言すれば、生け贄。

 穴の深さを調べるために小石を投げるだろう?俺はその小石というわけだ。

 行きたくないことこの上ない、が。


「……はい」


 断る事はできない。この界隈では命の価値が等しくないからだ。平等なんてのは恵まれた者の特権なのさ。それに――


「それは良かった、では今日中に……?」

「……いえ、何でも」


どのみち、断っても殺されるだけだしな…


「……そうか、では話を進めさせてもらおう――」


 俺はある程度の説明を受けた後、部屋を出た。


『おい』

『……すいません』


 扉の向こうで、ヒソヒソとした会話が聞こえた。



※※※※※※※※※※※※※※※



「……はぁ」


 冷たく黒い首輪をさすりながら、ため息をつく。これは、装着している者がどこにいるか分かるという魔道具である。外そうとすれば逆に魔力を吸い取られる親切設計で、そう簡単には取れない。

 マーブル曰く「お前の安全を確認するため」らしいが、そんなわけはない。

 監視するために決まっている。

 どこへ逃げても追いかけるぞ、そんなメッセージがこの首輪に込められているのだ。


 というか……


「これどっからどう見ても奴隷だよな……」


 俺が現在身につけているのは小汚いよれた服に、革製のボロボロ防具、おまけに従属を示す黒い首輪……いや、もう何も考えまい。

 これ以上自分で気を落としてどうする。

 さあ、現実に帰ろう。


「……」


 上下左右、俺を囲むのは土。そう、土だ。

 俺が現在歩いているのは……いやいや入った、いや、ほんと死ぬほど気乗りせずに入った、件の洞窟型ダンジョンだった。


「現実でも窮屈なのは変わらんな……」


 誰にも聞こえないよう呟いたはずだった。しかし。


「さっきからブツブツうるせえよ!」

「グッ」


 怒鳴り声と共に飛んできたグーパンチをもろに食らい倒れ込む。

 殴ってきたのは、俺の後ろを歩く二人組の一人。肉風船のような体型をした小太り、サムだった。


「おいおい、道を塞いでんじゃねえよカスがッ」

「ガッ!」


 倒れた俺を蹴散らしたのが、片割れであるヒョロガリのっぽのアンドリューだ。

 このドチンピラ二人は、俺と同じ闇ギルドの一員サム&アンドリュー、通称ゴロ&ツキ。 

 こいつらこんな危険な地域でも構わずいじめてくるから大嫌いだ。

 不思議と組まされることが多いのも最悪だ。


「……」


 だが、こんなところで刃向かっても仕方が無い。

 無言で痛む腹を押えながら立ち上がる。


「おいおい、天下の勇者様がそんな落ちぶれちゃ世話ねえぜ」


 やれやれと手を広げて首をかしげるアンドリューにイラッとくるものがあるが、我慢だ我慢。

 こいつらも中途半端に実力があるから、ダンジョンなんかで争ったらどうなるか分からん。

 下手したら全滅にもなりかねない。

 それに、俺にはもう一つ刃向かうわけにはいかない理由があった。


「ほんと……二十年前は平民出身の勇者だ!とか言って騒いでる奴らもよぉ、今となっちゃんだから、お笑いぐさだよなぁ!」

「……あまりうるさくすると魔物が寄ってくるぞ」

「あ?」


 しまった、つい。


 言って気付いたが、もう遅い。

 サムは無表情に近づくと、胸ぐらを掴んで言った。


「お笑い勇者が俺達に口答えか?」


 手綱を取るようアンドリューを見たが、あいつは止めるどころかニヤけてばかりだ。あの野郎。

 だが、一触即発の空気を壊したのは――足音だった。


「「ッ!?」」


 通路の奥から聞こえたのは二匹の魔物の足音。だが、この軽さから言っておそらく。


「なんだ雑魚かよ」

「おいサム、そんなに言うなら守って貰おうぜ?勇者様によ」


 そんなにって……一言だけだろ。


「ああ、それがいい!ほらいけ”カタツムリ”!」


 掴んだ胸ぐらを前に投げ飛ばすサム。

 

”カタツムリ”


 そう呼ばれた俺は、勢いよく魔物の前に放り出された。


「……」


 仕方なく背負っていた荷物を下ろし、剣を構える。

 現れたのは、黒い犬型の魔物ブラックハウンドと、歩く骨人間スケルトンだった。


――元勇者なのだから、魔物などは相手にならないはずでは?

 

 そう思ったあなたは賢い。だが、残念ながら訳あって俺は激しく戦うことが出来ないのだ。

 それは、カタツムリと揶揄されたり、わざわざはずの王国を出ずにこんな世紀末ギルドへ所属したりする理由でもある。


 幸い雑魚二匹相手するくらいなら俺でも……なんとかなる。


 スケルトンとブラックハウンドは、俺を視認すると勢いよく駆け出してきた。

 足の速い黒犬の突進を半身でかわし、反転して飛び掛かってきたところを剣で受け流す。


「そらっ!」


 受け流し先を、必死で追いかけてくるスケルトンの方に向け、勢いをつけながら弾き飛ばす。


 急に止まれないスケルトンは、飛んできたブラックハウンドと衝突し体勢を崩した。


「ハッ!」


 すかさずスケルトンの方へ駆け出し、体重と魔力を込めて剣を突き刺した。


 貫かれた頭蓋骨は、塵となって消える。

 ブラックハウンドが、その様子を見て距離をとった。



「はあ、はあ」


 くそっ、こんな雑魚一匹倒すだけでもこんなに時間がかかるとは……元勇者だぞ?俺は。


「あーあアンドリュー、やっぱあいつ防御だけは一丁前だよなぁ」

「すっとろいくせに防御だけはやたら上手いからカタツムリだからなぁ……じゃあよ、塩かけてやろうぜ」


 ニヤリと笑ったアンドリューが懐から取り出したのは。


「ッ!?」


 背後から危険信号を感じたため、振り返りつつ剣を構えるとキンッという音と共にナイフが弾かれた。


「何す」「いいのか?集中しなくて」


「ッ」


 ブラックハウンドの突撃が背中にクリーンヒット。

 倒れないように右足を踏み込んだ瞬間。


「ぐぁッ!?」


 右膝に尋常じゃない激痛が走る。


「「ギャッハッハッハ!」」


「……ぐあぁ」


 これだ。この痛みが、人生のどん底から這い上がる力を奪うのだ。


 昔膝を射貫かれた後遺症で俺は右膝に大きな爆弾を抱えている。

 つまりは、激しい運動が出来ない身体だ。

 ましてや、こんな肉体労働をこなせる肉体ではない。

 だが、悲しいかな。人生、適材適所に割り振ってくれるほど上手くできていない。

 一度闇ギルドに入ってしまえば、この足でギルドを抜けるのは不可能に近い。離れようにも離れられないのだ。


 ブラックハウンドの追撃に備え、俺は転がりながら距離を取る。


「あっはっは、見ろよアンドリュー、あいつ転がってるぜ!?」

「すっかり溶けてるぜ、サム、なんて惨めだ……くくっ」


 その声にブラックハウンドはゴロツキを敵と見なした。


「ijghajhgapo!」


 吠えながら奴らに向かっていったが。


「おいおい、犬っころがよぉ……!」


 サムが持っていたハンマーを振り抜くと。


「gya!」


 横っ腹に直撃し、絞り出したような声と共に塵と化した。


「ハアッ…ハアッ…」

「よおアンドリュー、これが終わったら王都の良いトコ行こうぜ?」

「ああサム、今回は何故かべらぼうに報酬がたけえからな、尖耳も買えんじゃねえか」


 下品な会話をしながら俺の前を歩く二人。

 あいつらはもう終わった気でいる。

 幸い、ここまでは順調だ。

 魔物もそこまで多くもなければ強くもないからだ。

 それに比べて俺は。


「……ッ」


 くそっ、右膝さえ無事なら俺だって……


 しかし、その想いは声になることはなく、俺は何とか立ち上がると必死に後を追ったのだった。

 



※※※※※※※※※※※※※※※




――それは突然の出来事だった。


「なあアンドリュー、これ終わったらまた行かねえか?」

「どこだよ、サム」

「プカロ」

「おめえ、この前あの町で金貨スったばっかじゃねえか」

「なんか今回はいける気がすんだよ……だってそうだろ?あれだけ金かけたらあと一回で当たるかもしれなかったんだぜ?」

「良い養分だな」


 相変わらず、呑気に駄弁る二人に辟易しながら歩いていると。


ん?


 何やら違和感が。


直後――


「ッ!?オイッ!武器を構えろ!」


 俺は怒鳴り声を上げていた。

 通路の奥からヤバい気配がしたからだ。

 流石にあれでも相応の修羅場は潜り抜けているようで、サムとアンドリューはすぐさま臨戦態勢には行った。


「「「……」」」


 暗闇から見えるは、不気味に浮かんだいくつもの目。


「え、ちょ……」


 サムが焦った様子でつぶやく。


「これは……」


 俺も身体が冷えていくのを感じた。魔力を通した目によって、奴らの体躯が次第に明らかとなる。

 ギョロついた大きい瞳、人の背ほどある体長に、地に届きそうな長い腕。

 特に、あの鋭い爪は人など容易に切り裂ける。


名は――


「デビルモンキーだッ!」


 アンドリューが叫んだ。


「「「kkkkkgiiii!!!!!」」」


 恐怖心を煽るように、不気味な声で鳴くデビルモンキー達。

 反響した音が俺達を包み込み、逃げ場などないことを思い知らせる。


 十を超えるデビルモンキーが、逃げ道を塞ぐ。


「こいつらはやべえ……」


 アンドリューはそう言いつつまだ動かない。

 いや、動けない。

 それもそのはず、デビルモンキーは上級魔物に指定されているほど強いからだ。

 迂闊に動かない方が……。


「あ……あ…っ、あああああ!」


 しかし、サムは踵を返すと一目散に来た道を戻っていった。


「おいばかサム!一人で行くなッ!」


 アンドリューが叫ぶようにサムを制止するが、聞こえていないのかそのまま消えて行ってしまった。


「gigiggi」


 ニヤついた表情のデビルモンキー達はサムを追うこともしない。

 奴らは楽しんでいる。

 自分の強さ、相手の力量を正しく把握し、俺達が逃げられないことを知っている。

 こうなってしまえば出来ることは一つ。

 俺とアンドリューは、横並びで剣を構える。


「ゆっくり戻るしかない…固まって、少しずつ進もう」

「……ああ」


 この状況下で俺と争うほどアンドリューも馬鹿じゃない。

 じりじりと近づいてくるデビルモンキー達を見据えたその時、サムの走り去っていった方向から足音がした。


「……サムッ!」

「……」


 アンドリューが安堵したような声を上げるが、この気配は……。

 

「glyagyagyagawigoai!!」


 わざわざサムの生首を掴んで持ってきたデビルモンキーが、奥から現れたのだ。

 よく考えずとも、狡猾なデビルモンキーが大人しく逃がしてくれるはずがなかった。


「ハッ…だから言わんこっちゃないんだ」


 アンドリューの張り付いた笑顔がヒクヒクと引きつった。


 たしかに、もはや笑うしかないよな……


 そのままアンドリューは俺と背中合わせになると言った。


「あの野郎だけは俺がやる……勇者なら後ろは任せて良いんだよなぁ?」

「……ああ、こんなところでくたばってたまるか」

「へぇ、少し気に入ったぜ、お前のこと」


 クズのくせに、サムに仲間意識があったのか……


 そんな場違いな感想を浮かべていた直後。


「kawhgowalgaaaa!」


 鼓膜が破れそうな程大きい奇声を合図に、デビルモンキーが向かってきた。


「クソッタレがァァアアア!」


 後ろで、アンドリューが雄叫びを上げた。


「ッ!」


 一瞬で近づき、鋭い鉤爪を振り下ろすデビルモンキーに、何とか剣を合わせる。


「グッ」


 先程の雑魚魔物とは比べものにならないパワーに体勢が崩れる。

 俺の右膝じゃ、正面から受けるのは自殺行為だな……


 考える間にも、次々と攻撃を仕掛けてくるデビルモンキー。

 何故か、全員で襲ってくることはなく、一体だけで俺に向かってくる。

 後方のデビルモンキー達は不愉快な笑い声を上げるばかりだ。


くそ、なめやがって……


 懐に入られないよう剣を払うが、スウェーバックで躱される。

 返しとばかりに突き刺してきた尾を剣の腹で受ける。


「グッ」


 勢いを殺しきれず、衝撃が全身を駆け巡った。

 当然、右膝が悲鳴を上げる。

 だが、ここで避けるわけにはいかない。

 後ろにはあいつがいるからだ。


「アンドリュー、大丈夫か!」


「……」


 返事が、ない。


「アンドリュー?」


 振り返ると――



 デビルモンキーがいた。

 

ニタァァァァ


「ッ!?」


 デビルモンキーの払った手が、脇腹に直撃し壁に叩き付けられる。


「がフッ」


 なんて威力だよ……っ!


「gkgjaopjaaaa!!!」

「ゲホッゲホッ……ッ」


 咳き込みながら、視線だけは意地でもデビルモンキーに向けると、あいつらは笑っていた。

 当たる直前に、辛うじて魔力で防御したが完全には防ぎきれなかった。


「アンドリューの野郎……黙って死んでんじゃねえよ……」


 サムとアンドリュー、二人の髪の毛を握り生首をプラプラさせながらデビルモンキーは嘲笑った。

 

 こいつらには、獲物で遊ぶ習性がある。

 生きたまま、獲物を死なない程度に食いちぎり、恐怖にゆがんだ獲物を見て笑うのだ。

 獲物が諦めれば、痛みを感じる箇所を攻撃して強制的に反応させる。

 今回は俺を”アソビ”の標的に定めたようだ。


「……っ」


 俺は、右膝を痛めており激しく動くことは出来ない。

 それに、元勇者といえどこの数のデビルモンキーを相手にするには月日が経ちすぎた。

 


「「「ggayaraga!!!」」」


 幸い、吹っ飛ばされた方向がサムの逃げた方向、つまり一番手前だったため、背中を気にする必要が無かった。

 右膝を庇いながら少しずつ下がる。

 途中にじり寄ってくるデビルモンキーを剣で払うが、奴らはいとも簡単に避ける。

 そして、異様に右足を狙って攻撃してくる。


「……クソッ」


 あいつら……俺の右膝に気付いてやがるな?


 何度目かも分からない攻防の末、ついに一体の蹴りが俺の右膝を捉えた。


「がァァァッ」


 やばい……変な汗が止まらない。

 溜まらず座り込んでしまう。


「ハアッ…ハアッ…」


 うずくまるように、じっと動かなくなった俺。

 

 デビルモンキーはじっくりと恐怖を実感させるように近づいてくる。


 すぐには襲ってこない。

 その代わり、デビルモンキーは続々と集まってくる。

 全てのデビルモンキーが、特等席で見ようとせめぎ合っていた。


 徐々に、徐々に、存分に恐怖を感じられるよう、俺の目と鼻の先まで近づいて。


 醜悪で、卑劣な魔物……。



――が、今回はそれが好都合だった。


「……だ」


「???」


だ」

「gigwwyo!?」


 先頭のデビルモンキーは、俺が一気に解放した魔力に気付き距離を取ろうとするが、他のデビルモンキーが邪魔で動けない。


「今更逃げても遅いさ、俺が手負いだからって少々近づきすぎたな」


 手袋のせいで見えないが、俺の右手が輝いているのを感じる。熱い魔力がほとばしり、全身に力が漲った。


「gaoghhagwowrga!!!」


 諦めて振りかぶったデビルモンキーの爪が俺に当たる寸前。


「つぁ……っはあぁぁああ!!」


 右足を踏ん張ったことで耐えがたい激痛が全身を駆け巡るが、無視して構えた剣を振り抜く。


 弧を描くように振られた剣戟は、飛ぶ斬撃となって全てのデビルモンキーを両断した。

 両壁に余波で深く抉れた線が引かれ、俺の持っていた剣は刀身から砕け散った。


「ハアッ…ハアッ…元勇者…なめんなぁ…!」


 しかし、そこで俺の体力も魔力も底を尽き、うつ伏せに倒れてしまう。


今他の魔物に襲われたら対抗できる手段がない……ッ


 留まるわけにもいくまい。

 ここは、這いつくばってでも進むことにする。

 真っ暗な中、どっちがで口かも分からなければ、ここが全体でどの辺りかも分からない。


「全く……こんなのばっかだな……ッ」


 この絶望的な状況で、脳裏に蘇ったのは――。

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