(元)勇者なめんなっ!

前田マキタ

第一話

 それは、いつも見る夢だ。

 裁判所の中心に引きずり出された俺を。

 見物に来た貴族らが冷ややかに見下す。

 それでも――俺は信じていた。

 彼女だけは、アトレイアだけは俺を信じてくれると。

 しかし、俺を見つめる彼女の瞳は。


「ッ!?」

 悪寒がして、跳ね起きる。

 周りを見渡しても、俺を嘲笑う貴族はいない。

 しかし、心臓に巻き付くこの不快感は残ったままだ。夢は起きると忘れるらしいが、悪夢は別なのか。毎日見るから鮮明に覚えている。

「……行くか」

 だからといって、生きるためには働かなくてはならない。

 軽い身支度を整え、家を出る。


 ――魔王を倒してから20年、世界は平和になったが俺は不幸になった。



 複雑怪奇な地下迷路を進んだ先にある一室。

 装飾のない無機質な部屋を、薄暗い照明がぼんやり照らす。

 その中央に、俺は立たされていた。

「ここから少し西に、新ダンジョンが発生した」

 前置きなしに、スキンヘッドが言い放つ。闇ギルドの長、マーブルだ。この国を裏側から支配する傑物で、闇ギルドに所属してから10年、俺はその姿を初めて拝んだ。

「新ダンジョン…ですか?」

 聞きながらも、俺は嫌な予感がしていた。

 どうして今更姿を見せた?

 そして、今言った"新ダンジョン"。ついに来たのだ、自分の番が。

「ああ、どんな魔物が出るか分からない」

 別に新ダンジョンの調査自体は珍しくない。いつ誰が死んでも困らない、ともすれば死んでくれた方が良い人間の多い闇ギルドへ、このような依頼がひそかに回ってくるからだ。

「行ってくれるな?」

 穴の深さを調べるために小石を投げる。俺はその小石というわけだ。しかし、今回はめったに姿をさらさない闇ギルド長が直々に依頼してきた。厄ネタ満載の危険ダンジョンなのだろう。

 行きたくないことこの上ない、が。

「……はい」

 断る事はできない。この世界では命の価値が等しくないからだ。

 それにもう一つ、文字通り致命的な理由があった。俺は、視線を上に向ける。視線の先には、一見なんの変哲もない天井があるだけだ。

「では今日中に……どうした、が気になるのか?」

 訝しんだスキンヘッドが刺すような視線で発言を促す。

「いえ、何でもありません」

 だが、俺が何かを言うことはない。言っても無駄な上に、ただでさえ危ういこの状況を悪化させるだけだからだ。

「……そうか、では話を進めさせてもらおう」

 知ったか知らずか、闇ギルド長のマーブルは深く追及せず説明を続けた。その後、いくつかの支給品を受け取り部屋を出る。

「失礼します」

「ああ、頼んだぞ」

 なんとか、首の皮一枚つなげてこの部屋から出られたようだ。

『おい』

『……すいません』

 部屋を出た直後、闇ギルド長しかいないはずの部屋でなぜか会話が耳に入ったが、聞こえないふりをした。独り言だろう、きっと。



 帰宅後、ダンジョンへと向かうべく準備を整えた。ひび割れた鏡を見て、自身の外見を確認する。

 小汚いよれた服に、安い革製のボロボロ防具、おまけに従属を示す黒い首輪。これは、装着している者がどこにいるか分かるという魔道具である。外そうとすれば逆に魔力を吸い取られる設計で、そう簡単には取れない。ギルドを出る前に支給、もとい強制的に嵌められた。マーブル曰く「お前の安全を確認するため」らしいが。

「どう見ても奴隷だ……」

 ……いや、もう何も考えまい。

 これから、死地に向かうのだ。最後くらいもっと楽しいことを考えよう。

「……」

 考えとは裏腹に、楽しいことなど何も思い浮かばず、俺は支給された背嚢を持ってダンジョンに向かった。

 そして現在、俺が歩いているのは……いやいや入った、いや、本当に気乗りせず入った、洞窟型ダンジョンだった。まだ侵入してからそこまで時間は経っていないせいか、このダンジョンは恐れていたよりもずっと普通だ。特に強い魔物も、初見殺しの罠もない。これがずっと続けば良いのだが、果たして。

「きたな……ん?」

 通路の奥から聞こえたのは二匹の魔物の足音。

 だが、なぜだか様子がおかしい。

 追われるように現れたのは、黒い犬型の魔物ブラックハウンドと、歩く骨人間スケルトンだった。

 背負っていた荷物を下ろし、剣を構える。

 それでも、雑魚二匹相手するくらい俺でも……なんとかなる。

 ――元勇者なのだから、魔物などは相手にならないはずでは? 

 そう思ったあなたは賢い。

 残念ながら訳あって俺は激しく戦うことが出来ないのだ。

 それは、わざわざ追放されたはずの王国を出ずにこんな世紀末ギルドへ所属している理由でもある。

 スケルトンとブラックハウンドは、俺を視認すると勢いよく駆け出してきた。

 足の速い黒犬の突進を半身でかわし、反転して飛び掛かってきたところを剣で受け流す。

「っ!」

 受け流し先を、必死に追いかけてくるスケルトンの方に向け、勢いをつけながら弾き飛ばす。

 急に止まれないスケルトンは、飛んできたブラックハウンドと衝突し体勢を崩した。

「ハッ」

 すかさずスケルトンの方へ駆け出し、体重と魔力を込めて剣を突き刺した。

 貫かれた頭蓋骨は、塵となって消える。

「はあ、はあ」

 くそっ、こんな雑魚一匹倒すだけでもこんなに時間がかかるとは……元勇者だぞ?俺は。

「ッ」

 しかし、ブラックハウンドの突撃が背中にクリーンヒットする。

 倒れないように右足を踏み込んだ瞬間。

「ぐぁッ!?」

 右膝に尋常じゃない激痛が走った。

 これだ。

 この痛みが、人生のどん底から這い上がる力を奪うのだ。

「……ぐあぁ」

 昔膝を射貫かれた後遺症で俺は右膝に大きな爆弾を抱えている。

 つまりは、激しい運動が出来ない身体だ。

 ましてや、こんな肉体労働をこなせる肉体ではない。

 だが、悲しいかな。

 人生、適材適所に割り振ってくれるほど上手くできていない。

 一度闇ギルドに入ってしまえば、この足でギルドを抜けるのは不可能に近い。

 離れようにも離れられないのだ。

 ブラックハウンドの追撃に備え、俺は転がりながら距離を取る。

 しかし、ブラックハウンドはそれ以上近づいてこない。そのまま入口の方へ消えていった。

「なんだったんだ……」

――それは突然の出来事だった。

「ッ!?」

 暗闇から見えるは不気味に浮かんだいくつもの目。

「これは……」

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