両思い。だけど付き合っていない二人

湧谷 敦滋

両思い。だけど付き合っていない二人

 去年の十二月。僕、唐木巻士は女友達の友久寧と二人でカラオケ店に遊びに来ていた。二人だけのカラオケは盛り上がっていたが、とある一通のメッセージがスマホに届いたことをきっかけに僕たちは両思いであることを知る。そして寧から僕たちの関係について提案が出された。

「わたしたち、まだ交際したいってあんまり思っていないから友人のままでいない?」

 僕はその提案に即答した。

「僕はそれでもいいよ」

 こうして僕と寧は両思いのままで友人関係を続けることを決めた。


 天日が上空を渡る五月の青空からは風は流れていない。同じ制服を着た生徒たちが学校へと続く道を進んでいた。

 僕も普段と同じように友人の寧とともに登校している。

「巻士、何か、甘いもの持ってない?」

 横に並ぶ寧がふわっとした声で聞いてくる。黒髪の寧はセミロングの髪をポニーテールにしている。体型は少しばかりふっくらしている。


「甘いもの? それは今はないかな」

 僕は膝付近をぶら下がる鞄を見下ろした。

「だよね。朝にチョコレートでも食べてこればよかった」

 残念そうに頬を膨らませる寧に僕は声をかける。

「朝ごはん食べなかったの」

「食べたよ。だけど甘いものが食べたい気分なの」

 寧はお腹を抑えながらため息を付いた。僕は顎を摘みながら顔を下に傾けると頭を働かす。数歩歩くと顎から手を外し顔を寧の方へと向けた。

「なら放課後デザートでも食べに行く?」

「うん! 絶対に行く!」

 寧は笑顔作ると弾むような大声で返事をした。寧の笑みを見て僕まで表情が緩んでしまう。


「あれそのヘアゴムもう付けてくれたんだ」

「どう? 似合ってる?」

 寧は僕に見せるよう首を回し後ろ髪を僕の方へと向ける。寧の後ろ髪には白いゴムが巻かれている。この前寧と遊んだがそのときに訪れた店でプレゼントしたものだ。

「似合ってるよ」

「えへへ。巻士が買ってくれたものだから似合ってると思ったけど、そう言ってもらって嬉しい」

 寧は鼻唄を歌いながら僕より一歩前に出る。友人である寧との時間は僕にとって非常に充実していた。


「昨日の番組に出ていた組み立て氷っていうコンビ面白かったね」

「それはわかる。そのコンビのネタは新鮮味があって腹抱えながらテレビ見ていたよ」

「またあのコンビのネタ見たいな」

 教室についた僕と寧は昨日放送されていたネタ番組について語り合っていた。朝のホームルーム前である教室にあまり生徒は集まっていない。グラウンド側の窓からは朝練をしている運動部の声が入ってくる。


 僕の席の傍らに立つ寧は自席に座る僕を見下ろしている。僕は先程の話の続きをしようと喉から声を出そうとする。すると男子生徒が声を発しながらこちらへと速歩きで向かってくる。

「そこの二人ちょっと話したいことあるけどいいか」

 僕と寧が後ろに振り向くと同じクラスで友人の形川凪誓が立っていた。

「凪誓どうかした?」

 寧が凪誓に用件を聞いた。凪誓は周囲を窺うと廊下を指差した。

「あんまり聞かれたくない話だから廊下で話さないか」

 心配そうに凪誓は口にした。

「僕はいいけど寧はどうする」

 僕は凪誓の相談を予想しながら寧に質問する。

「わたしもいいよ。予定も特にないし」 

「ありがとう。なら廊下に向かおうぜ」

 凪誓はそう言うと先に廊下へと歩いていく。その凪誓を追って僕たちも廊下へと進んでいく。

 

 廊下に足を踏み入れたが廊下に立ち止まる生徒は僕たちの周囲にはいない。 

 僕は正面に立っている凪誓に話を切り出す。

「凪誓相談事って何だ?」

「恋愛の話だよ」

「その話って以前連絡先を交換した子?」

「うん、蓮名さんであってるよ」


 今年の四月、僕と寧は凪誓から他クラスの樽谷蓮名さんと連絡先を交換したいと頼まれた。樽谷さんと友人だった僕と寧は凪誓の性格に難がないことを把握していたため、連絡先の交換を手伝った。もっともそれ以降樽谷さんとの関係について報告はされていない。


 寧は顔の前で手を叩いて合わせると凪誓に聞く。

「蓮名とはそれでどうなったの」

「昨日告白したけど付き合えることになった。二人には世話になったから報告はしたくて」

 凪誓は目を伏せて照れ臭そうに人差し指で頬を撫でる。

「良かったね凪誓」

 寧は晴れ渡った表情を凪誓に向ける。

「幸せになれよ」

 僕は白い歯を見せる。 凪誓はしっかりとした口調で「頑張るよ」と答えた。


 僕は照明で明るくなっている天井を見上げる。僕と寧は凪誓以外にも二人の恋を手伝った経験があった。

「それにしても凪誓から協力してほしいって頼まれたのが四月頃だっけ」

 僕は顔を正面に戻すと懐かしむように言った。

「わたしとしては凪誓が蓮名の連絡先を知りたいって言ったときは驚いたな。二人は一年のときも他クラスだったし接点ないかと思ってた」

 寧は言い終えると背中を伸ばした。

「一年のとき共通の友人を介して少しだけ話す機会があったんだ」

 凪誓は声を発する。

「そうだったんだ」

 寧が意外そうな反応を見せる。

「そのときに恋したんだけど一年のとき話したのはそれっきりで二年も他クラスで残念な気持ちになって共通の友人ともクラスが離れたし。そんなとき二人が一年のとき蓮名さんと同じクラスだったって知って協力を頼んだ」

「そう聞くと本当に想いが実って良かった」


 寧が胸に手を当て喜ぶように口角を上げた。凪誓は「蓮名さんは本当にいい人だよ」と言い出すと瞳には熱が入っていた。

「俺さ今まで恋に興味なんて一切なかったんだ。それなのに蓮名さんと話した瞬間、好きになってしまってそれでこの人と絶対に付き合いたいと思ってしまった。それから蓮名さんのこと考える機会が増えて、物事に集中できないともあったよ」

 話を聞いていた僕の目は凪誓に奪われていた。隣りにいる寧も瞬きせず話を聞いていた。

 話し終えた凪誓は「そろそろホームルーム始まるから先に戻るな」と手を掲げると教室へと先に戻っていく。残された僕は教室を前にして寧に尋ねた。

「今の話に興味持った?」

 寧は「うん」と語ると力が詰まった声で話す。

「恋に興味がなかった人が付き合いたいと思うってどういう感覚なのか気になった」

「僕も交際することに興味はないから凪誓の熱いすぎる思いには驚かされたよ」

 僕は苦笑するとため息を吐いた。目の前の教室には僕たちが出る前と違い生徒が集まっていた

「そろそろ戻るか」

 僕は寧に提案する。

「そうね戻ろうか」

 寧がそう答えると僕たちは教室へと入った。


 昼休みのグラウンドには男子生徒たちが活発な声を出しながらサッカーに興ずている。僕と寧はその光景を校舎のある区域とグラウンドの間に境目にある階段に座って眺めていた。太陽からは日光が差し込み僕は手で目を覆う。

「巻士は凪誓の話どう思ってる?」

 のんびりとした口調で寧は口を利いた。僕は頭の後ろで手を組み正面を見据えたまま答える。

「色々と考えさせられるけど、僕の頭からは具体的な感想が出ないんだよね。付き合うってよくわからないからなあ」

 巻士には寧を好きになる前にも数人好意を寄せた人物はいたが交際経験はない。

「わたしも初恋は巻士が初めてだから付き合う以前に恋そのものがわからないな」


 グラウンドでは背が高い男子生徒が放ったシュートが決まる。僕は顔を横に向け寧を視界に入れる。寧は正面を向いたまま唇に人差し指を当てると少し黙り込んだ。微風が寧の横髪の毛先を少しだけ揺らしていく。寧は人差し指を口から離すと僕に視線を傾ける。

「巻士はわたしたちが両思いだって気づいたときのこと覚えてる?」

「覚えてるよ。いきなりだったから気まずい空気が流れたよね」 

 僕は朗らかな顔つきで話す。

「だけどあのことがあっても今のままでいれたよね」

 寧の右手が階段に触れる。


 昨年の十二月、僕はとある場所で寧と待ち合わせをしており。寧が来るまで男友達と冬休みの計画をトークアプリを介して立てていた。やがて寧が姿を表すと『寧と遊ぶからあとで連絡をする』と送信し連絡を一旦断った。そのまま目的であるカラオケ店に向かった僕たちはカラオケで盛り上がってた。歌い疲れた僕たちは休憩していると一通のメッセージが机においていた僕のスマホの画面に表示される。


 そのメッセージ内容を見た瞬間、驚愕し口が縦に限界まで伸びてしまう。僕は慌てて口を閉じるとスマホに手を伸ばす。するとスマホを覗いていた寧の顔を目撃する。寧は僕と目が合うと視線を逸らし机の上にあるジュース入のコップに手に取った。手はそのままジュースを喉に注いでいく。僕はスマホを手に取ると改めてメッセージの内容を確認した。


『お前本当に寧と仲が良いよな。やっぱり寧のこと好きだろう』


 送り主は冬休みの計画を立てていた男友達だ。

 僕はズボンのポケットにスマホを収納する。喉から送られてきた息が歯をかすり、開いた口から漏れていく。部屋には暖房が効いているが僕の体は真夏の外に居るように熱していく。

 僕と寧はそれから十分ほど曲も入れず互いに一言も発しなかった。やがて僕は四角形でそこそこ重いカラオケのリモコンを手に取る。リモコンに付属しているタッチペンを持つと手を揺れながらも画面を凝視する。一分経過したが曲の検索欄には一文字も入力されていない。


「巻士話したいことがあるからいいかな」

 僕は端末を机に置き、寧の方に目をやる。僕と目を合わせられないのか寧は自分の膝に目を落としていた。

「話って何かな」

 胸の辺りに押さえつけられる感覚がしながら僕は返事をした。寧は顔を上げる僕と目を合わせると口を開く。

「あのね、わたしは巻士のこと好きだよ。だけど巻士が初めての恋だから付き合うとかはよくわからないけど」

 話を聞いていた僕の頬は横に膨れそして筋張っていた。寧が愛想笑いしながら僕を見詰めてくる。僕は僅かに開いた口から短めの息を吐く。そして寧の目を見ながら言った。


「僕も寧のこと好きだし、好きって言ってくれたことは嬉しい。だけど僕は今まで好きな人がいても交際願望っていうの持ったことがないんだ」

 言い切ると寧の目から鼻の方に視線をずらす。そのまま少し間が空くと寧から友人関係を維持することを提案され僕はそれに同意した。


「あれからもずっと友達同士だけど今の関係でも僕は十分に楽しいよ」 

 僕は膝の上に広げた手を手の甲を下にして置くとそっと手を閉じる。

「巻士もそう考えてるんだ。だけどふと考えたんだけど好きなら付き合いたいって思うのが普通なのかなって」

 寧は発言し終えると口をつぐむ。次の瞬間には籠った声で悩むように「うーん」と唸る。

「まあ僕も似たような意見だよ」

「巻士も同じか。わたしたちだけじゃ答え出そうにないね」

 元気が乏しい笑みを寧は作る。それを見ていた僕も表情を渋める。

「そうだ! 交際している人に聞けば何か分かるかも」

 寧は大声を上げる。その声は大気を貫いていく。寧はスカートのポケットからスマホを取り出すと操作し始めた。僕はその光景をじっと見詰めていた。

 

 全面ガラスの窓から陽光が差し込み、店内に温もりを与えている。寧とグラウンドで話し合った翌日、ハンバーガショップを訪れていた。ハンバーガーショップの店内はそこそこの客足でカウンター前には数人が注文するを待つため列を成している。授業を終えた僕は窓際から離れた店内の奥の方の席に座っており、その隣には寧、正面の席には女友達の伏屋涼乃がいた。店内の時計は十六時頃を指していた。


「最近彼氏と仲良くやってる?」

 寧は斜向かいの涼乃を見ながら聞く。涼乃はドリンクを片手に言葉を発する。

「そうだね。上手くやってるよ。この前も遊園地に行って楽しかったし」

「遊園地か、いいな」

 寧が僕の方を期待するように流し目で見る。視線に気づいた僕は困惑気味の目をしながら寧の方を窺うがすぐに涼乃に目を戻す。

「やっぱり彼氏がいると毎日が充実してる感じがするよ」

 涼乃はそう語るとストローを口に咥えて吸い始める。涼乃が手に持っているのはアップルジュースだ。涼乃が吸うのを止めると寧は右手を机に載せ人差し指を浮かせて何回も曲げながら涼乃に話を切り出した。

「今日呼び出し理由はね、付き合いたいってどういう気持ちなのか聞きたかったからの。だから涼乃教えてくれない」

 涼乃の瞼は吊り上がり目を丸くなる。

「話の意図がよくわからないから詳しく教えてくれない?」


 僕は涼乃に説明する。

「僕たち両思いだけど付き合ってないでしょ。だから現在交際中の涼乃に付き合うってことについて教えてほしんだ」

 寧は昨日、スマホで涼乃に相談を持ちかけていた。それで今日三人で集まっていた。ただ用件を正確に教えていなかったようだ。

 涼乃は低音の小声で呟く。その話し方にあまり抑揚はない。

「わたしの恋を手伝ってくれた二人からそれを言われるとは予想外」

 寧は顔を引きずりながら話す。

「そういことで教えてくれない」 

「そう言われても好きになったら付き合いたいって感じるものよ。わたしの場合はそうだった」


 寧は疑問を抱くような話し振りで口を開く。

「だけどわたしは巻士を好きになっても付き合いたいって思わなかったよ」

 僕も寧が言い終えたあと頷いた。

「自分も寧と同じような気持ちだった」


 涼乃の力が抜けたように瞼は沈み、瞳の殆どは瞼の内側に隠れてしまう。涼乃はその状態で寧を凝視する。

「寧、聞きたいけど本当に巻士のこと好き?」

 涼乃が寧に問いかけて一秒足らずで寧は声を張り上げて反論する。

「好きに決まってるよ。巻士のこと好きになったとき心が苦しかったの今でも覚えてるし」

 僕は声に驚いて寧を見る。寧は口を尖らせて睨みつけるように涼乃を目していた。


「ごめんなさいね。だけどその反応見ると本当に好きなのね。安心した」 

 耳に涼乃の温もりのある声が流れてくる。僕は涼乃の方に視線を戻すと涼乃は表情を緩ませていた。

「それにしても両思いで付き合っていないって聞いたこともないよ。どうしたらいいものか」

 涼乃は額に右手拳を当てながら言った。僕は机と目を合わせると簡単に砕けてしまいそうな小声を口から出す。

「なんで好きなのに付き合いたいって思わないんだろう」

 僕を見ていた涼乃が口を動かす。

「二人はさ、普段から好きな相手として意識しているの」


 寧の言葉を聞いた僕は「あっ」と声を漏らす。横にいる寧からは想定外と感じているような話し声が聞こえる。

「普段は友人として過ごしているからないかも」

「僕も普段は友人として接しているからあんまり恋愛相手としては認識していないかな」

 僕も声を出すと涼乃は「なるほどね」と小声で呟く。そして僕と寧に向かって力のある声で語りかける。

「これから当分の間互いに好きな相手と明確に意識して日々を過ごすこと。これぐらいすれば相手への気持ちがはっきりすると思うよ。たぶん二人は相手に対する気持ちが曖昧だと思うから」

 涼乃の話を聞いた僕は腕組をしながら険しい顔つきとなっていた。

「わかった。やってみるね」

 寧はぼんやりとした声で返事をするが涼乃は表情を曇らせていた。


 涼乃との会話から二日後の放課後、僕は膝を少し曲げながらコンビニの陳列棚の二段目を目にしていた。視界内には様々なお菓子のパッケージが陳列されている。僕は視線をあちこちに向けては首を傾げる。

「巻士お菓子決まった?」

 僕の傍から寧が話しかけてくる。

「もう少し待って」

 僕は一旦横を向き返答するとすぐに陳列棚に顔を向ける。通路の幅は二人分程度で僕と寧は陳列棚に沿うように並んでいた。コンビニの中は空調が十分に効いており、涼しさを肌で感じていた。

「やっぱり塩分かな、それとも甘いものか」


 僕はチョコが内部に詰まったお菓子と棒状で塩の成分が入ったお菓子を見比べていた。扉を開いたことを告げる音が店内に響き渡り女性店員が「いらっしゃいませ」と声を上げる。僕は顎に手を当てながら頬を固くする。すると急に横から手が伸びるのを目が捉える。そのままま寧の肩から手までが僕の体の前に入り込む。その寧の顔は僕の顔の間近まで近づいていた。隙間としては拳一つ分しかない。一連の動作を表情を変えずに見ていた僕の耳に寧の声が入る。


「わたしは甘いもの食べたいからこれかな」

 寧はチョコが詰まったスナック菓子を手に取りながらお願いするような笑みで浮かべる。

「それにしようか」

 僕は活発な声で返事をした。

「あとで一個頂戴ね」

「何個でも食べていいよ」

「なら全部食べる」


 寧が笑い声を出しながら僕にお菓子だけ渡してレジへと向かう。そんな寧を見ていた僕は寧を好きになって間もない頃、今日みたいに接近されて緊張したことを思い出した。今日は平常心で入れたがなぜ昔のことを今頃思い出したのかは僕には分からなかった。


 コンビニから出ると太陽の光を顔に浴びる。店内と違い外はからからとしており、僕は顔をしかめた。片手には先程買ったお菓子持った僕は横から何かが擦れた音が聞こえる。音はそれなりに大きく、やがて寧の「えっ」という声が聞こえると僕は素早く横を振り向く。すると寧が胸側からアスファルトの地面に向けて傾きだしており、両足は宙に浮いている。僕は空いている手を伸ばして寧の手を握る。そのまま寧を後ろに引っ張り上げた。寧は体を縦に真っ直ぐな状態で地面に足をつける。


「寧、怪我はない」

「ありがとう。大丈夫だよ」

 寧は俯いた状態で顔を両手で覆う。

「怪我ないなら良かった」


 僕は胸に手を当て表情を解す。僕は手に持っていた長方形のパッケージのお菓子の蓋に手をかける。だが寧は依然として顔を両手で覆ったままだった。

「寧どうかしたの」

「その、助けてくれた巻士がかっこよくてそう考えるとドキドキして巻士のこと直視できないの」

 寧は小声で話す。それを聞いた僕の口元は緩みそれを片手で隠す。胸は熱くなり呼吸も荒くなる。

「そう言われると僕も恥ずいや」

「ごめんねいきなり変なこと言って」

 寧は微笑みながら口を開く。

「全然いいよ。むしろ嬉しかったし」


 僕はそう言うとお菓子の蓋を開ける。外装の中には更に密封された銀色の袋があった。僕は外装から銀色の袋を少しだけ出すと袋を手で開ける。中には五円玉の形状のお菓子がいくつも詰まっている。

「巻士一個頂戴」

 寧が掌を上に片手を僕に差し出す。僕は袋からお菓子を一個載せる。寧は「ありがとう」と言うと微笑んだ。

「なら行こうか」

「うん」

 僕と寧は横に並びながらコンビニから離れていく。


 教室の時計は授業が終わったそれなりの時間が経過していることを示している。教室には二人を残して誰もいない。空白が目立つ教室に僕と寧は対面する形で椅子に座っていた。黒板から見て教室の右側に取り付けられた複数の窓。そこから差し込む光は照明の輝きがない教室を微かに照らす。涼乃との会話から十日も経過していた。僕の目に映る寧は背もたれに浅くもたれかかっていた。


「涼乃の言っていたアドバイス試してみたけど付き合いって気持ちはさっぱり分からなかったね」

 寧は首を横に何度も振った。僕も小さく頷くと「僕も上手くわからないかった」と話を続ける。付き合いたいという気持ちは理解できなかったが、それとは別に以前よりかは寧と一緒に居たいと思えていた。

 寧はスカートの上に両手を置き指を絡ませる。手の指は曲げずに伸ばしている。

「だけど巻士のこと意識していたおかげで巻士のことをよく考えるようになってた」

「僕も家でも寧のこと考える時間が増えてたな」

「そうなんだ。わたしもだけど」


 寧は背もたれから背中を離し上半師を前に傾ける。その表情には笑みで溢れている。寧は再度背もたれに体を預けると顎に人差し指を当て少しの間静かになる。指を顎から離すと目を見開き僕の目を見据えながら言った。

「巻士数分程度見詰め合ってみない?」

 僕は首を捻ると寧に聞き返す。

「見詰め合う理由がわからないんだけど」

「見詰め合うってなんかドキドキしない? だから見つめ合えば相手のこと意識せざる得なくなって、気付けなかった思いが新しく分かると思うの」

「普段の生活で互いを意識するだけだと足りないから、方法を変えるわけか」

「そういうこと」

 寧は語気を抑えめにして言った。

「わかった」


 僕が声を発すると寧は「見詰めるね」と僕の目を見詰めてくる。僕も寧を見詰め返す。寧の瞳は時々に横に流れるがすぐに元に戻る。僕も心拍数が増加するのを感じながら寧の目を見続けた。

 やがて寧は「見詰め合うの終わり」と告げると僕は仰向き薄暗い天井と向かう。僕は長めの息を吐く。頭の中には寧へのはっきりとした想いが固まっていた。


 僕は首を動かし正面を見る。寧は両手で頬を抑えながら下を向いていた。

「寧恥ずかしかった?」

 寧が顔上げると口を開くが所々言葉を詰まらせていた。

「ずっと巻士のこと……考えていたから……恥ずかしいよ」

「しばらく見詰め合うのは無理そうだな」

「そうだね」


 寧は乾いた笑みを作る。僕は一度目を瞑ると目に力を入れ寧を見詰める。見詰められた寧は何度も瞬きをして僕を見ていた。

「見詰め合って理解したけど、僕が寧と普段から居るのは無意識のうちに寧の傍にずっと居たいって思ってるからなんだ。そしてそれが僕の交際願望だって今気づけた」


「わたしも巻士と見つめ合って少し恋をしたいって心の中で感じ取れた」

 寧は瞬きするのを止め、僕の目を見詰める。

「たぶんだけど寧と一緒にいることで僕は少しずつ自分の中の恋への考えが固まっていたと思うんだ。そして今日好きな人と付き合いたいって思えた。寧、僕と付き合ってくれませんか」


 僕は真っ直ぐな声で言った。寧は頬を緩ませてから口を動かした。

「わたしの中の恋はまだ曖昧な部分もあるけどわたしも巻士と付き合いたい。だから返事は、『はい』です」


 寧はそう言って立ち上がると椅子を持ち上げる。そのまま正面から僕の横に椅子同士が触れ合うように椅子を並べる。そして寧は椅子に座った。肩と肩が間を開けて並ぶ。そして寄り添うように寧の肩が僕の肩に触れた。


「巻士に恋してよかった」

「僕も寧と出会えて良かったよ」


 僕たちは笑いながらしばらくの間教室で過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

両思い。だけど付き合っていない二人 湧谷 敦滋 @rizokipeke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ