第18話 御加護

「ゆっ、誘拐⁉」


パァン――!


「オゥ――ッ!」


動揺したメルクも、尻を思い切り叩かれていた。

パジーが目の前で繰り広げられるSMプレイに眉を寄せながら言う。


「悪いが内密にしてくれ。こういう事件は、繊細なんでな」

「ええ、大丈夫です。言葉にするのも恐ろしいですから。お互いにやるべきことをしましょう」


メルクがそう言うと、ヤマトの方を見た。

「すみません、娘さんはどちらに?」

「あ、向こうです」


案内に従い、メルクとハルネリアが子供部屋に入る。

すると、この騒ぎの中ずっと無表情で窓の外を眺めていたルルが、初めて自発的に反応した。


「あ、メルク様だ……」

「こんばんは」


メルクはベッド脇の椅子に座ると、柔和な笑みを浮かべて言った。


「今は、何を見てたのかな?」

「お空」

「そっか。お空が好きなの?」

「……ううん。別に」


そう答える彼女の目は、不自然なほど据わっていた。

メルクが鼻を啜る音が、静かな部屋に響いた。


「可哀想に……」


彼がルルの手を取ると、額に当ててぎゅっと握った。


「変わってあげたい……」


その瞬間起こったことは、誰にも理解のできないことだった。


先ほどまで蝋人形のように血の気のなかったルルの頬に、次第に赤みが差してきた。

幼い双眸に、徐々に生気が戻ってくる。


周りが目を見張る中、


「お腹すいた」


彼女はそう呟くと、ゆっくりとベッドから降り、父の腰へ抱きついた。


「お父さん、お腹すいた」


ヤマトは近寄ってきた娘の丸い頬に手をやると、嬉しいような泣きたいようなクシャクシャの顔をした。


「この子が自分で立つなんて、いつぶりだろう……。奇跡だ……」

「奇跡ではありません。ハコガラ様の御加護ですよ」メルクは涙の筋を拭うと言った。「ありがたいことです」


「御加護の力、すごい……」


シバが感動している隣で、パジーとナイラがコソコソと意見を交わしていた。


「ミックスとかか?」

「治癒能力なんか聞いたことないけど、あり得なくはないかも。特性なんてなんでもありみたいなものだし」


二人が推測を重ねる間、ハルネリアがメルクに告げた。


「教皇様。そろそろ」

「そうですね。次の予定はなんでしたっけ?」

「中央本部で御夕食、その後、決裁書類の処理となっています」


ハルネリアがそう言った途端、部屋にグゥ、と腹の鳴る音が響いた。

ナイラとシバが呆れる中、シバが胃を殴っている。


それを見て、メルクが破顔一笑した。


「お食事まだでしたら、一緒にいかがです?車でお送りしますが」

「本当ですか⁉行きます!」

「え、ちょっと」


ナイラがシバの襟首を掴んで、パジーとシバに耳打ちした。


「ここ離れちゃって大丈夫なの?手がかりがあるかもしれないのに」

「つっても、外はもう真っ暗でまともに調べられん。こんな田舎じゃ明かりになるもんは蝋燭だけだしな」


パジーが肩をすくめる。


「それに、中央ならそのまま署に羽持ってって調べられる。乗せてもらった方が有意義かもしれん」


「ナイラぁ……本職、もうお腹殴りすぎてアザになりそうなんです……」


シバは心底参った表情をしていた。


「……緩い警察」


ナイラは呆れたように笑った。



――――――――――――――――――――


次話、パジーの食欲が消し飛びます。





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