第19話 ハコガラ教本部
十数分後――
メルクが近くの教会から呼んだ黒塗りの飛行車で、三人はハコガラ教の総本山、中央本部へと向かった。
ヤマト家のある西区の草原から中央の街へ近づくにつれ、明かりと人通りが増えてくる。
しばらく乗っていると、中央区のランドマークにもなっている、荘厳な石造りの建物が三人の前に姿を現した。
ハコガラ教徒にとっての聖地、中央大聖堂だ。
その隣の無骨なビルであるハコガラ教本部の前で、メルクが待っていた。
飛行車から降りてきた三人に向かって、メルクは大聖堂を指して行った。
「お食事の前に、お祈りしていきますか?」
「いや、俺らは……」
パジーが断ろうとするも、シバの方が速く、声が大きかった。
「はい!本職、今日の分やってないので!」
「では、行きましょうか」
メルクは柔和な笑みを浮かべると、大聖堂へ案内した。
◇
ハルネリアが木製のドアの鍵を開ける。
すると、何枚もの美しいステンドグラスと、最奥の壇上に立っている大きな石像が三人を出迎えた。
大聖堂の中には、椅子がなかった。ただ数百人が収容できるようなただっ広い空間である。
シバはメルクと楽しそうに話しながら歩いている。
「スタンプカードが貯まってて、それを見てるのが楽しみなんです!」
「今はどのくらい貯まったんですか?」
「あと少しで七十枚です!」
「七十⁉――ッヌゥン!」
先頭を歩いていたハルネリアが振り向きざまに横尻を叩いた。
「イタタ……。七十枚なんて、信徒の皆さんの中では一番ではないですか?」
「そうなんですか?一日数回行ってたらすぐ溜まりますけど」
平然と言うシバに、メルクは感嘆していた。
「そうですか、いや、ご立派です。普通は、毎日続けるというのもなかなか難しいものなんですよ」
シバは褒められて非常に満足している様子だった。
「これがハコガラ様?」
ナイラが大聖堂の最奥に鎮座している立像を指差した。
ローブを頭から被った人間を模したその像は、見上げると首が痛くなるほど大きい。
「それは、ハコガラ様を模して彫られた石像です。祈る対象としていますが、ハコガラ様自身ではありません。なんと言っても、神様ですから。我々の目に見えるように現れる事はないのです」
「ふーん」
シバは慣れたように石像の前に赴くと、跪いて一心に祈り始めた。
「事件が早く解決しますように……」
初めは、その様子を和やかに見守ればよいと、パジーとナイラは思っていた。
が、シバの祈りに答えるかのように、天井からビタンと床に落ちてきた謎の物体を見て、二人は当事者にならざるを得なかった。
それは、吸盤の無いタコの足のようなものだった。落ちてきたのは二つ。どちらも全体が真っ赤で人の身長を悠々と超えるほどの巨大さだ。
よく見ると地を這う部分には口がパクパクと開いており、その様子はヒルのようでもあった。
「じゃあ、これがハコガラ様……?」
ナイラが引き攣った顔で指差して聞いた。
「いえ、これはハコガラ様が皆さまと接触するために用いられる使徒です」
「使徒……」
「昼のお祈り会とかは、使徒と人でこの部屋がいっぱいになるんですよ」
シバが跪いたままナイラたちに教えた。
「あぁ、そりゃ絶景だろうな」
パジーが心にもないことを言う。
「ねぇ、これ私たち狙ってない……?」
「狙うといいますか、触れ合おうとされてますね。光栄なことですよ」
メルクの言葉が終わるタイミングで使徒は大きく跳躍して、一匹はシバに、一匹はナイラとパジーに飛び掛かった。
「ウワーッ!」
パジーの悲鳴も含めて、二つの使徒は、三人をまるっと呑み込んでしまった。
しばらく、獲物を味わうようにウネウネと動き、彼らを容易には手放さない。
が、使徒は突如として実体を崩し、上部から空気中へ霧散していった。まったく、生物的な挙動ではない。
消えていく使徒の中から徐々にあらわになる三人は、粘性の高いスライムのような緑の液体に塗れていた。
「き、消えた……」
ナイラが呆然と呟いた。
「はぁ、整う……」
シバは満足げである。
「うわっ、何だこれ」パジーが自身にかかった液体に気づいて叫んだ。「ベトベトで気持ち悪ぃ」
「それは使徒が産生する潤滑油みたいなものですね」メルクが笑って教えた。「それも使徒と同じく、一分しない内に消えますから安心してください」
「初めては驚きですよね。慣れたら良さがわかってきますよ」
シバが頷きながら言う。
「先輩風吹かしてんじゃねぇよ!」
「ところで、使徒と触れ合ってみてどうですか?心地よい疲労感とサッパリとした感じがしませんか?」
メルクがナイラとパジーに尋ねた。
「どうかな。あんまり分かんないかも」ナイラが率直に呟く。
「お祈りすると、夜よく眠れるんですよ!」シバが立ち上がりながら興奮気味に言った。「これを『整う』っていうんですけど」
「整うどころか、もうドッと疲弊したわ。死んだと思った……」
パジーがヘロヘロと弱音を吐く中、ハルネリアがカツカツとヒールを鳴らして近づいて来ると、大聖堂前方を指差した。
「では、浄財を入れていただいて」
彼女の指は、石像の前にある寄付箱を示していた。
「金とんのかよ……」
パジーの突っ込みに元気はなかった。
――――――――――――――――――――
次話、シバの食欲も消し飛びます。
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