第8話 クロネスト・ナイラ
シバとパジーは、先ほどは家主不在だった部屋で、大人しくテーブルについている。
クロネスト・ナイラが住むワンルームの部屋は、年季による汚れを脇に置けば、丁寧に掃除されていた。
置くスペースもないためか、余計な調度品は備えられておらず、それが逆に小奇麗な印象を来客に与えている。
キッチンでお湯を沸かしたナイラが、紅茶を入れたカップを三つ盆に載せて、二人の元まで持ってきた。
獣耳を持つ彼女は、屋内でフードを脱いだが、ヘッドホンは常時つけたままだった。
ただ、会話が聞き取られないということもないようだ。
街で見せた耳の良さを思えば、それも不思議なことではないように思えた。
「ごめん、砂糖とか切らしちゃってるんだけど」
「全然です!いただきます!」
シバは差し出された紅茶をすすりながら、刑事の仕草として、彼女の姿をまじまじと観察した。
シバの彼女への第一印象は、『お人形』だった。
目鼻立ちはハッキリして、脚は長く、顔も驚くほど小さい。
人間離れとは言わないものの、少なくとも、地上離れはしている。
粉をまぶしたような白さを放つ肌もまた、日焼けが一般的な地上では珍しく、まさに作り物のようだ。
反対に、肩に垂れかかる程度まで伸ばした彼女の赤茶けた髪は、この部屋ほどの手入れの跡は見られなかった。
全体的に水っ気がなく、直らない癖がついており、風が吹かずとも空気を含んでふんわりと膨らんでいる。雑多に広がった毛先は、バラの棘のように鋭利だ。
そもそも、この貧しく埃っぽい地上では避けられない髪質ではあったが、持って生まれたパーツの数々を鑑みると、その姿には容姿への無頓着さが垣間見られるようだった。
「ところで大丈夫かい、お嬢ちゃん。女の一人暮らしに男二人も入れて」
机の上にどっかと座ったパジーは、羽で器用にカップを傾けながら茶化した。
「男ったってあなたは鳥でしょ。そっちの人は、見ず知らずの人間に説教するようなお巡りさんだし、危険性は低い。それに私を探してたなら、どちらにしろ押しかけられてた」
「冷静だな。刑事が急に家に来たら普通もっとパニくるもんだぜ?」
「そんなことない」
ティーカップを持つナイラの手が微かに震えていた。
「……私、また捕まるの?」
「また?」
シバのキョトンとした返しに、彼女の大きな瞳はわずかに狼狽えた。
「過去に捕まったことがあるんです?」
「おい馬鹿!デリカシーって言葉を知らんのか。すまん、そういうことで来た訳じゃないんだ」
パジーが慌てて否定する。
「別にいい。私が言ったんだし」
ナイラは落ち着かせるように紅茶で口を濡らしてから言った。
「そう。私、前科があるの。最近刑務所から出所したばかり」
彼女の眼差しはしっかりと前の二人を見て答えたが、その奥には、どことなく暗い影が見え隠れしている。
「あぁ、悪いな。流れとは言え……」
謝るパジーを押しのけるように、シバは目を輝かせて言った。
「そうだったんですね!」
「な、なんで嬉しそうなの……」
「だって、出所したってことは更生したってことですよね?」
「……え?」
ナイラは怪訝な顔でシバをみるが、純真なシバは動じることもない。
パジーが肩をすくめて言った。
「すまん。こいつ、疑うことに慣れてなくてな」
「刑事向いてなくない?」
「いやまぁ、そうなんだが……」
「さっきもナイラさん人助けしてましたし。人助けする人はいい人に決まってますよ。疑う必要なし」
自信満々に言うシバに、彼女は呆気に取られた後、ふふっと笑いはじめた。
「羨ましい考え……。私は今まで生きてきて、人を疑ったことしかいないよ」
「それが普通だろ。ミックスとしてこの世に生まれちゃあ」
「ミックス?なんですかそれ?」
シバの問いに、パジーは嘴をあんぐり開けた。
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次話、第一章が終わります。
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