第9話 チームパジー
「お前それ、本気で聞いてんのか?」
「はい」
「ミックスが何かって?」
「はい」
「お前って」
パジーは、美術館に自分の写真が飾られていることに気づいたかのような驚きを見せた。
「本当に、底抜けに、世間知らずだよな……。なら今まで俺のことはなんだと思ってたんだ?」
「喋れる鳥の先輩」
「それで納得できてた器のでかさに感服するよ」
呆れるパジーの代わりに、ナイラが話を継いだ。
「ミックス……、正式には配合種って言うんだけど。別種の動物みたいな特徴を持つ存在のこと。私は、犬の耳を持つ人間。鳥さんはきっと人間のような知能を持つ鳥」
ナイラが同意を求めるように目をやると、パジーが神妙に頷いて続けた。
「ミックスは何の変哲もねぇ家族から突然生まれるんだ。理由は未だにわかってねぇ。現象自体は数百年前から観測され出したらしいけどな。それがこんなにハッキリ、しかも人間にまで及ぶようになったのはここ百年だ」
「私たちは大概、子供の頃に酷い目に会うんだ」
ナイラが紅茶を飲みながら言った。
「基本的には、まず親が現実を受け入れられないの。あと、ミックスは大概繊細な感覚だったり特殊な力を持ってるから、子供の頃は特に育てるのに神経を使う。それもあって、虐待、ネグレクトなんかは日常茶飯事。捨てられるとか、人に売られるとか……最悪は……」
そこでナイラが不意に口を閉ざした。
「最悪は?」
シバが促す。
「……いや、なんでもない」
「はぁ……」
「おいおい、ガキの頃も大変だが、成長した後も厄介だぞ」
パジーが羽をバサバサと振りながら口を挟む。
「今更鳥の仲間なんかにはなってられねぇ。けど人間様には受け入れられねぇ。俺は果たして人類なのか、動物なのか……アイデンティティの喪失は、案外キツイもんなんだ」
「そうなんですね。ところで――」
「流すな!もっと俺らの悲哀を感じろ!」
「痛い!嘴が刺さってます!嘴が!」
首元へ襲い掛かるラッシュを止めながら、シバが訴えた。
「だって呼び方とか、特徴とか、よくわかんないですけど、結局人間なんですよね?なら、協力してくれればなんでもいいじゃないですか!本職たちは時間ないんですよ?」
「正論だが、お前に言われたかねぇよ」
「協力……?」
ナイラが聞くと、テーブル越しにシバが身を乗り出した。
「本職たちがここへ来たのは、捜査を手伝って欲しいからなんです。実は今、ある誘拐事件を追っていまして。その解決のために協力してもらえると――」
「やだ」
ナイラは即断した。
「えぇ?そ、そこをなんとか」
「どこから私のこと聞いたかわかんないけど、別にそんなにお人好しじゃない。それに、私は一般市民だよ。役に立たない」
「そうか?」
パジーが訳知り顔で言った。
「俺はお前の力に大体推測がついてる。役に立たないは流石に嘘だろう」
「そうですよ!それに、あの三段跳びもすごかったです!」
二人は褒めるが、ナイラは空になったカップの底に視線をやったまま、表情を変えない。
「おい、シバ。アレ言えアレ。許可もらっただろ」
「あ、はい!」
シバは意気揚々と尋ねた。
「ナイラさん、お金欲しくないですか?」
「表現どうにかしろよ」
パジーがため息をつく。
「捜査に協力してくれたら、協力金出るみたいなんです。うちの上司のアンナさんが言ってました。さすがにそんな大金にはならないですけど、最近じゃ珍しいことなんですよ!」
興奮するシバの言葉に、ナイラは初めて顔を上げた。驚きに目を瞠っている。
「今、アンナって言った……?」
「え?はい。言いましたけど」
「そういうこと。全部繋がった」
ナイラが得心したというように目を瞑った。
「アンナさんのこと知ってるんですか?」
「まぁ、色々ね。……全く。妙な慈悲をかけて」
ナイラはそれから少しの間、黙りこくった。
シバとパジーはその様子を見ながらじっと待つ。
やがて、彼女はポツリと溢すように言った。
「……いいよ。手伝ってあげる。ご推測通り、仕事もないし、生活費に困って再犯寸前だったから」
「やったー!」
両手を上げて喜ぶシバに、ナイラは指を突きつけた。
「でも、危ないことはしない。危険を感じたらあなたたちを置いてすぐ逃げるから」
「勿論!ナイラさんには、本職が傷ひとつつけません!」
「それと、この仕事が終わったらもう関わらないで。ホイホイ頼まれるようになっても困る。いい?」
「はい!約束します!」
「じゃあ」
と、ナイラが手を差し出す。
シバは喜色満面にその手を握った。
「契約成立か?よし、そいじゃ……」
パジーはテーブルから飛び立つと、ナイラの太ももの上に収まった。
「え、どうしてそっちに?」
「止まり木にするなら固い男より柔らかい女の方がいいだろ」
「……すけべ鳥」
ナイラが自分の膝の上に軽蔑の視線を送った。
「最低ですね」
シバも率直な感想を述べる。
「おい!先輩に向かってなんだそのセリフは!」
「人の膝の上で言うことじゃないですよ」
「うるせぇ!時間がないんだ、さっさと出るぞ!チームパジー、出動!」
パジーはナイラの膝の上で羽をあげた。
「えっ!なんでパジーの名前なんですか」シバが憤慨した。
「図々しい鳥……」ナイラが眉を寄せる。
「いちいち突っかかるな!行くぞ!」
三人はやんやと言いながら、騒がしく出発した。
向かう先は、天空ホテル『ホテル・アクィラ』――
昨夜の事件現場である。
― 第1章 天空 おわり —
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第一章までご覧いただき、ありがとうございます!
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第2章、捜査開始です! やったね!
引き続きお楽しみいただければと思います。
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