第26話 世界はそれでも終わらない26

 「おうおうおう『白い敗北者』さんじゃねえの。白兎を狩りたいんだけどここらへんに居なかった? 白違いか。だあーはっはっは!」


 樹の上に男が居た。針葉樹の尖った先に、足でしがみつくように樹の上に座っていた。


 「悪いが今は猫じゃないんだ。色は変えられねえから紫烏色しういろのままで頼むわ」


 「おうおうおう人間様に成りやがって。おめーはそんなイケメンキャラじゃなかっただろ。リーダー同士仲良くしようじゃねえの。『白い敗北者』」


 「『黒い喫煙者』。『黒い喫煙者ブラック・スモーカー』のほうが当人は良いのかな。響き的に」


 「どちらにしようと古い二つ名だ。だあーはっはっは!」


 「クゥさん。あの怪しげなニット帽をかぶったおじさんは一体何者なのでしょうか」


 荒巻火憐がクゥに尋ねた。


 「派鞍馬はぐらま、ええっと下の名前はなんだったっけ」


 「だあーはっはっは! 派鞍馬……あれ? 下の名前なんだったっけ? だあーはっはっは!


 『黒い喫煙者ブラック・スモーカー』とでも呼びな。神のお嬢ちゃん。そいつが格好ええからな。名は体を表す! 何もやってねえけれど。だあーはっはっは!」


 「クゥさん。名前はいいとして。あの方を知っているのですか」


 「ああ。昔、黒望団ブラック・ウォンテッドと殺り合ったときに何度か」


 「殺り合っただと? 結局どちらも傷付けることすら出来なかったから殺り合うことも出来なかったじゃねえか。言葉には注意しな。勝ったのは黒望団ブラック・ウォンテッドだったじゃねえか。だあー」


 「口には気を付けろ。派鞍馬はぐらま勇也ゆうや


 「最初から思い出しておけばよかったのにな。今ここで殺り合う必要性はねえけれど。笑わせろよ。だあー」


 「笑うな」


 一言、突き刺すように言葉を放ついさかいもとい、クゥ。


 「ところでさあ。お嬢ちゃん。ああ。背の低い方じゃなくて背の高い方ね。何。何でそんなに背が低いと言っただけで怒ってるの。怒りっぽい子だね。神さまにでもなるのかな。背の高い方のお嬢ちゃん。うちに来ない? 黒望団ブラック・ウォンテッドブラック部。名前はブラック・ブラックしているけれど結構ホワイトよ。衣装もみんなホワイトなんだけど。うち来ない? 空いてるよ」


 「何で私なんですかね。私が御領の血を継いでいるからとかいうのは」


 「美人だから」


 「は?」


 御領ごりょう峯音みねねは呆れかえった。呆けたと言ったほうが正しかったのかもしれない。少しぽかんとした後に、顔を下に向けた。


 「またやなあ。実力以外でしか私を見ていないこういう勧誘。顔かあ。そうかあ。女性で美人だったら私以外でも誰でもよかったのかなあ」


 「あれ。もしかして俺言っちゃいけないこと言っちゃった? どう思うお前ら」


 「セクハラです」


 「セクハラで間違いありません」


 「セクハラでしかありません」


 「ドライ! スーパードライ! 辛口だねえ! だあーはっはっは!」


 派鞍馬が座っている樹の下。後ろの方から純白の白衣のようなトレンチコートを着た純白の肌の女性たちが無表情で派鞍馬の言葉への評価を与えていった。


 誰もが派鞍馬勇也を見上げて物を申しているのではあるが。


 「いや。お嬢ちゃん。美人って言い方が悪かった。男女関係なく顔が良いんだよ。すごく良い。利口そうで実直そうな顔をしている。これはマジだぜ」


 「そうですか」


 御領峯音はまだまだショックを隠しきれていないように見えた。


 「顔だって実力の要素のうちだぜ。男だろうと女だろうと関係無え。顔を良く見せようとしないやつに良いやつはいねえ。少なからず見た目を少しでも良くしようと、努力している姿勢は必ず評価されるべきだ。俺はそういう意味でお嬢さんを褒めたんだけどな。良い顔してるぜ。必ず運は回ってくるな。で。うちに入らないか」


 「やめておきます」


 「誰が峯音ちゃんを奪われるもんですか。べーっだ。昭和の色濃いひげ面のお兄さん」


 「これってモラハラだよなあ。最後にお兄さんだったのは感心する言葉選びだったが。なあ。これって年下からのモラハラだよなあ!」


 「違います」


 「ただの事実です」


 「荒巻さまが正しいです」


 「ドライだねえ。お前ら身内に厳しすぎない? 俺が悪いやつみたいになっちゃうじゃん」


 「違います」


 「派鞍馬さまは悪くありません」


 「派鞍馬さまは正しいです」


 この人たちに感情はあるのだろうかと少し荒巻火憐は心配になった。心配になるほどに声に抑揚は無く、また意見がそれぞれで異なるということも無かった。


 何しろ純白の世界に純白の衣装で純白の表情と来ている。存在自体がそもそも薄い印象を持ってしまう。


 「じゃあ俺は去ろうかな、と思ったけれどお前らのパーティの名前って何なんだ? 何か名前でもあるのか」


 「『輝く火憐軍団』?」


 「小学生か。だあーはっはっは! 今のは流しといてやるよ」


 「じゃあな」と言って去ろうとしたときに。


 不意に。


 「黒望団ブラック・ウォンテッドには入れませんか」と声を出してしまう者がいた。


 不意に。本人も本人の口からそのような言葉が出てくるとは思わなかったが。


 デイリー・ジョーンズは声を出した後に口を閉じて下を向いた。


 『黒い喫煙者』は後ろ姿でふと立ち止まった。「戦っちゃう? 『炎の槍使い』」


 顔だけ振りむいた時には、口から黒い煙が黙々とあふれ出していた。


 「すみません。入るのはやめておきますが、もし一戦交えられるなら僕と一戦」


 「いいよー。っちゃおう。他のみんなはつまんなさそうだし。結局少女たちには手を出せないんだよね俺は。法律で言えば捕まっちまう。法律というより自律かな。だあーはっはっは!」


 派鞍馬勇也の口からは一層の黒い煙が吐き出され、目は狩人の目そのものになっていた。


 「僕も早くレベルを上げたいのです」デイリー・ジョーンズも小さく口角を上げて笑い返した。


 凍てつきの山麓には似合わない二人が、笑い合いながら火花を散らし始めていた。

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