第三章 凍てつきの山麓

凍てつきの山麓 / 雑貨屋『ルークス』

第25話 世界はそれでも終わらない25

☆☆☆

 Dailly Jhones:Lv772

 称号:『炎上の槍使い』

 スキル:『Burning Hearts』

 サブスキル:『年齢不詳アンチエイジング

 魔法:1231

 攻撃:877

 防御:654

☆☆☆


 ダンジョン、凍てつきの山麓。


 「いのししだー!」


 荒巻あらまき火憐かれんが驚いたように叫んだ。


 いや、ただ驚いていた。


 周囲の針葉樹林が、まるで草原の草のように、その猪は樹々をなぎ倒しながら突進していた。


 猪と呼ぶには大きすぎる。小さめの丘が動いているかのようだった。


 「逃げろーっ! でも上り坂だからスキー板が進まねえ!」


 「スキル『Burning Hearts』。と思いましたが、熱で足元の雪が融けて首まで埋まってしまいました。動けません。助けてください」


 「馬鹿しかいねえ! もう駄目だ。猪で終わるのか私たちは」


 「一緒に埋もればいいのでは」


 「あ。それ良いね。私の足元も温めて」


 「全員埋まったらどうすんねん」


 スキー板で後ろから合流してきた御領ごりょう峯音みねねが声を掛けた。


 「ウチに任しとき。来いや猪。こっちから行ってやろう」


 御領峯音はそう言うと、巨大猪に向かって近付いて行った。


 スキーストックで、雪に深く線を引く。


 「猪さんや。この線を超えないことを推奨するよ。と言っても猪か。残念やなあ」


 猪が突っ込んできた。鼻の先が雪に出来た線を越えた瞬間。


 「スキル『災厄』」御領峯音が一言つぶやいた。


 途端に割れる空間。空間にひびが入ったかに見えたそのひびが、猪の脳天に素早く到達する。


 黒い稲妻が静かに猪に襲いかかった。


 猪は絶命した。バランスを崩し、御領峯音のすぐ脇を猪の脚が通り抜けていく。


 猪は御領峯音が降りて来た坂道にのし上げられて、雪に止められるように倒れ止まった。


 「峯音さま!」


 「みねやま先輩!」


 デイリー・ジョーンズと荒巻火憐が一斉に声を上げて峯音を讃えた。


 「今夜のご飯だ。よくやった峯音」


 紫烏色しういろのボックスコートを着た背の高い人物がそう言った。


☆☆☆

☆☆☆


 宿場町『サイクス』。


 「『Dance from God』の再生回数が二億回を超えたで! きたきたきた。大金持ちや!」


 「どれくらいの大金持ちなのさ。計算式は」


 「二億掛ける零点五」


 「一億! 一億!?」


 「おっ金持ちや! おっ金持ちや! ぎゃはははは!」


 「何でも買えるぞ! 何でも買えるぞ! うわはははは!」


 「……この前まで三万円に泣いていた少女が今度は一億円で浮かれまくっている。何て嫌な笑い声だ。神さまは何でお金なんてものを作ったのでしょうか。二人が手を上げて踊っています。ちなみに僕の資産は五億円を超えました。何ででしょうね。僕は特に嬉しいとも思えませんね。瞬間的に貰えるとか、報酬だからとか、自分の努力が実ったとか、そういう風なお金の入り方をしたらこの少女たちみたいに狂ったような喜び方をするのでしょうか」


 「ところでみねやまちゃんねる主様。報酬の割振りは如何に」


 「それは主役様。主と主で折半といたしましょう」


 「五千万! 遂にFIRE! 配信者でFIREって言っても嘘では無くなったぞ! どうだ参ったかアンチたち。うわははは!」


 「火憐も目が覚めたことだし。誰かは知らんが撮ってくれた『D.f.G』の動画再生数も最高だし。そして何より、始まりの森攻略の報酬金三十万円もようやく入ったことだし。次のダンジョン、『凍てつきの山麓』への準備の開始や! 火憐なんでも買ってええぞ。凍てつきって言うくらいやから寒いんやろな。防寒着と非常食は必須やろな」


 「さあ。雑貨屋『ルークス』だ! おお! スキー板とかあるじゃん。あのー。ここにあるスキー板で一番高いのってどれですかね。え? 五百ドル? いやー。安いねえこのやろう」


 「このやろう! 四つくれい。このやろう」


 「あー。待ってくれ。クゥを忘れないでくれ」


 「このやろう! 猫がスキー板けるわけないだろうこのやろう!」


 「そうだそうだ。このやろう! 猫はしもやけにもならないんだろこのやろう!」


 「そのノリやめろ。一億で狂うな。


 いやあ。『凍てつきの山麓』で猫フォルムで行くのは自殺しに行くようなもんやしな。人間に戻るで」


 「え!? クゥさんが人間に!? 最初から人間でいれば良いのでは!?」


 「いやあ。火憐。猫か人間かを選べって言われたら断然猫やで。足は速いし。猫舌は馬鹿舌だから何を食っても美味いし。何より軽いから『空間』が使いやすいし」


 「クゥさんはイケメンなんよ」


 「あら。みねやま先輩もうクゥさんの人間フォルムをご存じで」


 「まあな。大人の付き合いってやつや」


 「……誤解生むよね。荒巻火憐に誤解させたら大変なことになってしまうよ」


 「いや? なんの話かな『モノトーン』さん?」


 「……僕がいじられた話」


 「とりあえず。スキー板は五人分買っといてくれ。師匠の分際で申し訳ないが立て替えといてくれ。お金持ちのお嬢さんたち」


 「合点承知」


 「お安い御用で」


 非常食は何が良いかの話になったときに、荒巻火憐が「うーん。飲み物は水が一番良いかなあ」と言ったときには皆がポカンとした。「雪解け水ならいくらでもあるよ」と言われたが「それで良いような気がする」と返事して更に周囲は困った。


 荒巻火憐ならば蜂蜜入りのレモンジンジャーが一番良いとでも言うと全員思っていた。


 

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