天上の白亜神殿 / 天文館
第24話 世界はそれでも終わらない24
少女はぱちりと目を開けた。白い天井が目に映った。
「あれあれあれ」
「死んでないよ。生きてる
二人。ベッドの上。
シングルベッドが二つ並べられ、
「こんにちは。『少女』さん。ご機嫌いかが」
「いや、これ夢じゃない感じじゃないですか。拉致られたのですか私は。私はデイリー・ジョーンズさんとバトっていたはずでは」
「まあ。細かいことは気にしないで。ボクみたいにベッドの頭に背中を凭れさせてみてよ。一人で起きれるかい」
「手伝ってください」
「よいっしょっと。『少女』軽いねえ。運動でもしたらどう? ちゃんとご飯食べてる?」
「あー。あー。風が」
「気持ちいいだろ」
荒巻火憐のお腹の辺りまでベッドの布団が包み込み、上半身は涼しげな風が吹き通っていた。
円盤状の白いステージ。柱が十二本立っていて、天井から柱、床まで全て大理石で出来ていた。
天上の
に、二つのベッドが並べられて二人の少年と少女が並んで居た。
「あまりにも快適ですね」
「『ずっとここに居たいなあ』」
ジト目で御領悟の方を見る荒巻火憐。
「何か飲むかい? どんなのが好み?」
「レモンジンジャーに蜂蜜を加えた飲み物が好きです」
「じゃあ美味しい水をあげよう」
御領悟がケトルとグラスを取り出して、グラスの六割くらいまで水を注いだ。
「ほらどうぞ。グラスもキンキンに冷えてるよ」
「はあ。いただきます」
水を数口、口に注いだ。突き抜けるかのような冷たさだった。
もう一口飲んだ。また一口飲んだ。グラスに注いであった水を全て飲みほした。
「美味しすぎませんかこれは」
「脳にガツンって来るだろ。
もう一杯、の前に。これを
「何ですかこれ。飴玉?」
「果糖で創ったただの飴玉。玉というより四角だけど。五個くらいあげるよ」
荒巻火憐は一つだけ飴を舐めた。
二つ目を開けて口に入れた。三つ目も開けて口に入れた。
あまりにも。
「最高ですね」
「水もあるよ」
「最高ですね。最高というか
「『これ以上は何も要らないなあって』」
「水をください」
「どうぞどうぞ」
グラスに水を注ぐ御領悟。
「ところでですけれどもここはどこでしょうか」
「天上の神殿。ボクの別荘地」
「いやあ。いい物件をお持ちで」
「そりゃあ。ボクは神さまですから」
「ああ。神さまですか。だったら
「いつも峯音がお世話になっております」
またグラスに水を注ぐ御領悟。
「ここは良いですね。本当に他に何も要らない」
「本来人間は水と果糖さえあれば生きていけるんだよ。
余計なものは水と果糖だけで良い」
「大宴会よりもこっちが好きです」
「当たり前だろ。人間は一人よりも二人。三人よりかは二人。この世に性別が二つしか無いのは二人が丁度良いということの証左さ。ボクが創ったんだけど」
「それで私に何用で」
「『世界はそれでも終わらない』を観て。祝宴を上げに来た」
「だからこんなにも私はもてなされているのですね」
「修学旅行で富士山に行くならば樹海に入ると良いよ。美味しい水があちこちから湧いているよ」
「修学旅行は広島の予定でした。新幹線を貸し切って」
「今の小学生はリッチだねえ」
「一生に一度の思い出の旅行ですからね。市の教育委員会も奮発するんじゃないのですか」
「でも行けなくなったと」
「まあ。クラブの先輩からもみじ饅頭を頂いたので。まあ充分です。納得はしています」
「もみじ饅頭は何味だった?」
「カスタードでした」
「生八つ橋にチョコレートは許せますか?」
「一番美味しいと思いますが」
「若いねえ。令和っ子だね」
ただの下らない二人の会話の中でも、涼しい風が頬を伝っていく。
荒巻火憐はずっと前を見ていた。ただ眼前に広がるのは、大理石の柱と真っ青な空と細い筋状の雲。
その雲が神殿を通り抜けるたびにまた涼しさを感じていた。
生きている。が。ここに居たらずっとここに居て。まるで死んでいるかのような。
「勉強はしたほうがいいよ『少女』さん」
「私は勉強が苦手でして」
「頭が悪いからこそ勉強しなきゃいけないんだよ」
「頭が悪いとは言っていませんが」
「勉強が苦手ですぐに忘れる。だけどそれでも頭に残っている勉強が、この世を生きていくうえで大切な知識やエピソードであると断定できるからね」
「どうやったら勉強が出来るのでしょうか」
「本を読むのが一番良い。大学の図書館に通いなさい」
「それは親が許してくれるわけがないでしょう」
「だから貴女は神のスキルに選ばれたのかな」
「私を試さないでください」
「勉強はしたほうがいいよ。絶対に絶対だよ」
「ところでもう私は異世界に来てしまったのですが」
「来なさい。
御領悟は荒巻火憐に手を伸ばした。荒巻火憐は下からそっと手を取った。
二人は歩いて、球状の空に浮かんでいる建築物へと向かった。二人はずっと手を繋いでいた。
天文館へと伸びる、空中に浮いた架け橋をゆっくりと二人で歩いて行った。
天文館へと入って言った。
「ここはね。あらゆる知識が求められる部屋になるよ。今は天井とかに星座とかが映っているけれども、このスイッチを押したら。ほら。何もない真っ白な空間が現れたでしょう。じゃあ何か呼ぼうか。『フランス語』」
御領悟が一言そう言うと、奥から数段にも及ぶ本棚が勢いよく二人の目の前へと現れた。
「私は英語も分からないのですが」
「じゃあラテン語を勉強すればいいよ」
「何でもっと難しそうなものを選ぶのですか」
「ラテン語が分かれば英語が簡単に見えるからだよ」
本棚の品揃えがいつの間にかラテン語に変わっていた。ラテン語を学ぶ日本語で書かれた本もあれば、ラテン語の筆記体が図解された本もあった。ラテン語で書かれた本もあった。
「神に近付いたお祝いとして、この天文館も貸してあげるよ。
疲れた時に使える応接間として『白亜神殿』。暇を潰したいときは『天文館』を貸し出してあげるよ。ステータス画面からいつでも飛べるようにボタンも用意しておいたから、自由に使っていいよ」
「ところでこれは夢でしょうか」
「夢じゃあないよ。『追憶の亜空間』で『英雄』さんと話した時も、今回のボクと話しているのも夢ではないよ。本体が分身しているとでも言うのかな。宿場で寝ている貴女は、ただ寝ているだけで。分身でもしてテレポートしていると思えばいいよ」
「そのスキルこそ忙しい現代人が一番欲しそうなスキルですね」
「貴女のスキルじゃないよ。貴女よりレベルが高い人達が持っているスキルにただ貴女が巻き込まれているそれだけだよ」
「ありがたいことですねえ」
「勉強しなさい荒巻火憐。その道は孤独かもしれないけれど、そのうち人は付いて来る」
「勉強って楽しいですか」
「無制限にやれればこれ以上の娯楽はないね」
「お金が足りない時って何を勉強したらいいですか」
「未来を予測するための統計学や確率。あと情報コミュニケーションスキルとお金の匂いがする事業を逃さないための薄く広い人脈」
「手っ取り早くお金が欲しい時は」
「『モノトーン』さんに相談しな。けれどね。これは覚えておくと良いけれど、いくらお金を持ったところで最終的に辿り着く欲しい物って『白亜神殿』だったり『天文館』だったりするんだよ。
ここが最終点だよ荒巻火憐。終わりから始まる冒険へようこそ。
荒巻火憐が神の器を持っていることをここに宣言する。おめでとう。荒巻火憐。
もっと貴女は進化しなさい」
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