始まりの森・デイリー・ジョーンズの追憶

第23話 最強のふたり

 「虎哲こてつ! 早くしろよ! 岩くらい簡単に登れ!」


 「タツキさんが早過ぎるだけですよ。それよりも何ですか『虎哲』って名前は。私はジョーンズですよ」


 「俺が生前飼っていた猫の名前だ」


 「ますます僕には相応しくない……」


☆☆☆


☆☆☆


 桜木さくらぎ龍樹たつきとデイリー・ジョーンズが出会ったのは、たまたま偶然にデイリー・ジョーンズが桜木龍樹を見つけたところから始まる。


 桜木龍樹が倒れていた。名前も分からない青年が倒れていた。


 デイリー・ジョーンズが声を掛けた。「大丈夫ですか」


 「ああ」倒れているその青年はそう答えた。


 「良い異世界だったぜ。良い旅だった。スキルも良かった。だがなあ。まさかだよな。異世界で飢餓で死ぬなんて」


 「食べ物はありますよ」


 「冗談なら顔だけにしておけアメリカ人。そうそう食べ物も手に入らないだろ。果樹園でも見つけてたら話は別だろうけれども」


 「あげます。口を開けてください」


 「身体を動かすことも出来ねえ」


 ジョーンズは龍樹の身体を回転させた。天に目を向けさせて口を開かせた。


 「林檎りんごがあります。汚いかもしれませんが、握り潰すので一先ひとまずはその果汁で元気をつけてください」


 林檎の果汁と、ほろほろとこぼれた果肉を食べて、桜木龍樹は少し元気が出てきた。


 「お前、名前はなんて言う。アメリカ人」


 「デイリー・ジョーンズです」


 「俺のスキルを言ってやろうか。『年齢不詳アンチエイジング』。歳を取らねえ、傷の治りも滅茶苦茶早え。最強のスキルの一つかもな」


 「強靭スター系ですか。実は僕も強靭スター系なんです。『Energy』ってだけですけれども。全くお腹が減らないんです」


 「そいつは最高だな。飢餓で死にかけている俺からしたら願っても無いスキルだな」


 「そう言われると光栄です」


 「ちなみに。お前腹が減らないならば何で林檎なんて持ってたんだ」


 デイリー・ジョーンズは顔を赤らめて言った。


 「何ででしょうね」


 「ふ」。龍樹は少し笑った。笑う元気も少しは戻ってきた。


 「俺みたいなやつを探していたか。ジョーンズ。飢餓を救えるのはお前だけだと思っていた感じかな」


 「恥ずかしながら。私のスキルは私以外では何も役に立ちませんから」


 「最高だな。お前。良いじゃん。俺は『年齢不詳アンチエイジング』でお前のスキルは『Energy』。腹が空かねえと来た。なあ。俺らが組めば最強の二人になれるんじゃねえの。腹は空かねえ歳は取らねえ。傑作だな。ここで出会えたのも何かの縁だ」


 「林檎はもっとありますがいりますか。それとも蜜柑みかんがいいですか」


 「葡萄ぶどうがいいな」


 「ありますよ」


 「最高だな!」


☆☆☆

☆☆☆


 「わざわざ何で岩に登るなんてことを。さっさとゴブリンを倒して少しでも始まりのボス戦に近付きましょうよ」


 「虎哲。だから駄目なんだよ。始まりの森のボス戦を倒したらどうすんだ。これから先の道順とか考えているのか」


 「それは倒してから考えれば良いのでは。こんなレベルに相応しくない岩登りなんてしても無駄なんじゃ」


 桜木龍樹は岩の頂上と思われる部分に手を掛けた。


 「おうらよっと! ほら見ろ虎哲。神々の園だ」


 龍樹が指さした先には、天へと真っ直ぐに伸びる一本の線のような建造物。その中間あたりに浮かんで見えるのは、始まりの森に等しいかそれ以上の広さを誇る樹海のようなライフステージ。


 神々の園。


 神が支配する神の領地。


 誰もが夢見る、天上の楽園。


 「異世界に居ながら神々の園を目指さないなんて馬鹿のすることだ。俺たちは始まりのボス戦に勝つために異世界に来たわけでもねえだろ。神々の園にお邪魔して、欲を言えば仲間に入れてもらうためだろ。そうなりゃ人生はもう楽勝さ。現世でも俺らの名前は轟くだろうし。


 人が生きている理由なんて歴史に名を残す。それくらいのもんだろ。


 俺は絶対に歴史に名を遺すね。必ずな」


 「僕は。僕はそこまでは」


 「虎哲ー。もっと欲を持って生きようぜ。俺ら二人が組めば最強だし。誰も俺らのことなんて倒せねえって。傷一つつかねえよ。


 さてと。飛び降りるか」


 「な、何を。タツキ!」


 「どこまで俺の傷が治るのか、実験だ実験。虎哲はちんたら降りてきな。じゃあ、っな!」


 今、夢のようなことを語りながら龍樹は飛び降りた。飛び降りるにはあまりにも高い岩山から天に向かって飛び立った。


 手を広げて。十字の姿で。


 岩山から身体を投げ出して龍樹の行方を目で追っていった。しばらくして森の木々へと龍樹は潜っていった。


 「強すぎませんかね」独り言をデイリー・ジョーンズは言って、また来た道をいそいそと引き返して行った。


 地上に辿り着くと、桜木龍樹が寝っ転がって眠っていた。


 「しししっ。おせーよ、虎哲」


 桜木龍樹は怪我一つなく天を見ながら笑ってそこに居た。


☆☆☆

☆☆☆


 デイリー・ジョーンズは一人、部屋の中で槍を磨きながらタツキとの出会いを思い返してた。


 武器など持っていない、槍など以ての外の出会いの場。


 何よりも強いその青年は、どうでも良いような世界の狂った歯車に襲われてこの世を去っていった。


 ただの不運。ただの『モノトーン』。ただのモズと言う名の『モノトーン』。


 槍をくれた『英雄』、『赤髪』の師匠のことを思い出す。


 「虎哲。お前は仲間にはれないよ。お前には絶対の見込みがある。それにまだ若い。黒望団ブラック・ウォンテッド。名乗っても良いけれど、正式にはお前は入っちゃ駄目だ。


 日本にはな、『強い者には巻かれろ』って諺があるんだ。まあ、俺が創ったんだが。本当は『長い物には巻かれろ』って言うんだけどな。『長い物』だったら恐らく黒望団ブラック・ウォンテッドだろうよ。スキルも多彩で人材も豊富。最高のギルドで間違い無え。


 けれどな。どんなに人数が居たとしてもそれを物ともしない、化物みたいなスキルを持つ奴も世の中には居るんだ。まるで世界から主人公のように、与えられた圧倒的な特別をまとう主人公様様みたいな奴も居るわけよ。あきれたもんだが諦めるもんだとも俺は思うよ。主人公みたいな振る舞いされちゃ周囲が困るって分かんねえのかなって思うよ。神さまから天罰が下ればいいのにとか思うけれどな。


 思うけれどな。


 どう足掻あがいても主人公になっちまう存在って居るもんなんだよな。


 どう足掻いても主人公。どう逃げたって主人公。ムカつくくらいに主人公。


 俺らが小さい存在に思えてしまうが、まあ、仕方ねえ。


 虎哲は誇りを持って生きていけばいいさ。


 お前はどんな生き方をしようと、桜木龍樹にとっての永遠の主人公になったんだから。どんな主人公と共に生きようとも、お前の存在が薄くなるなんてことは無えからよ。タツキのことは、お前がタツキを忘れようとも、タツキの方が虎哲のことを一生忘れねえから安心しろよ。


 お前はもう既に、一人の青年にとっての『英雄ヒーロー』になっているのは間違い無えんだから」


 

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