始まりの森・交差する平原 / 追憶の亜空間・塩沢研二

第15話 荒巻火憐はゲームオーバーにより現世へ戻ることに。

 【が始まりの森ボス戦をクリアしました。

  新しいダンジョン凍てつきの山麓が新たに登場しました。

  宿場町「サイクス」へ行けるようになりました。

  尚、一度攻略したボス戦への再戦は出来ませんのでご了承ください。】


 【御領峯音が始まりの森ボス戦をクリアしました。

  新しいダンジョン凍てつきの山麓が新たに登場しました。

  宿場町「サイクス」へ行けるようになりました。

  尚、一度攻略したボス戦への再戦は出来ませんのでご了承ください。】


☆☆☆

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 始まりの森。交差する平原。


 既に黒望ブラック・ウォンテッドはサイクスへ向けて出発していた。


 御領ごりょう峯音みねねと『モノトーン』は二人、交差する平原に取り残された。


 新しく追加された宿場町「サイクス」へ行こうとも思わなかった。


 まだ、神の奇跡を信じていた。


 「こんなところで火憐は死なんはずやろ。多分また復活とか死に戻りとかして活躍するんちゃうんか。こんなところで」


 「……僕もそう思う」


 『モノトーン』は地面にどさっとあぐらをかいた。


 「……だから待つ。火憐はきっと戻ってくる。


 その証拠にクゥさんたちもまだ、空中から眺めている。


 きっと神の奇跡が起きることをクゥさんたちも願っている。荒巻火憐の物語はそう簡単には終わらない。何日とか決めずに火憐の帰りをここで待ちたい」


 「火憐がおらんと寂しいもんな」


 二人の会話は荒巻火憐には届かない。


☆☆☆

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 青い闇のトンネル。頭から真っ逆さまに荒巻火憐は落ちていっていた。


 胸元の傷も特に無い。


 ただ、現実現世へと戻るだけ。現実現世へ落ちるだけ。


 「うわああ……。綺麗な闇だなあ。ここで良いなもう。この青い闇の中でずっと落ち続けていればそれでいいや。そんな現実は甘くないか。現実かあ。ただ戻るだけか」


 荒巻火憐は現実現世に戻ることに特に何も抵抗感を感じてはいなかった。


 と。


 身体が落ちるスピードが途端に止まる。頭から落ちていた荒巻火憐は、青い闇の中でゆったりと浮遊する体勢になった。


 「およよ。もしかして死に戻りとかですか。あー。やっと幸運ラック幸運ラック系言われてた理由が分かったよ。私は不死身だったんだねえ」

 

 浮遊している身体で、横目で青い闇の壁を見ると、光の塊のような切れ目が浮かんでいた。


 「ここに入れっていうパターンですね。でもなあ。ずっとここで浮遊しておくのも悪くないかなあとか思っちゃうよね」


 光の切れ目があるにもかかわらず、荒巻火憐は浮遊したまま目を閉じた。


 数ヶ月に過ぎなかった冒険の数々を思い出した。


 ゴブリンSに殺られる直前に『モノトーン』に初めて会ったんだっけ。


 『赤髪』さんが私を誘う際に峯音ちゃんと出会った。


 クゥがいきなりやって来た。クゥは強かったな。


 そんな師匠や友人たちともここでお別れか。


 死に戻ったとしてもリセットされるだけかもしれないし。


 もしかしたら別の異世界……があるのか分からないけれど、別の世界に飛ばされるのかもしれないし。


 別の世界が現実現世なのかもしれないけれど。


 現世かあ。


 私はさ。


 火憐はゆったりと目を開けて、泳ぐようにして光の切れ目の中へと入っていった。


☆☆☆

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 「火憐久し振り」


 光の切れ目を割って入ったら、そこには塩沢しおさわ研二けんじが居た。


 居た。


 火憐は血の気がさっと引いていく。


 「あ、あ。あああ。あああああああ! 助けて! 助けて! 『モノトーン』! 『モノトーン』! 出ろ! 出ろ!」


 「火憐。ここは亜空間でスキルは何も発動しない」


 「『モノトーン』! 『モノトーン』! 出ろ! 早く!」


 「火憐」


 「私を殺せ! 早く!」


 火憐は目に涙を浮かべてそのままこぼれ落ちていく。口からよだれが出るのも構わない。身体中が一斉にパニック状態になる。


 「ああ! あああ!」


 火憐が叫び出すと、亜空間にひびが入っていく。


 崩壊する亜空間に構わず、塩沢は歓喜の声で荒巻火憐に話し掛けた。

 

 「殺してほしいとは。だいぶ治療が進みましたね。良かった。でもこのままじゃ空間が壊れるから、少し手足を拘束させてもらうよ」


 荒巻火憐は壁へと引力のように押しやられ、その壁においてはりつけの状態になった。


 塩沢研二をにらみ続ける荒巻火憐。


 歯を食いしばり、よだれが出ても気にも留めない。


 「私を殺せ! 殺せ! 早く!」


 「火憐が正直になっている。それだけで僕は嬉しいよ」


 死にたいのに嘘を言い続けて、どんな感情もその場の振りだけで生きていた数ヶ月前の荒巻火憐とは段違いだった。


 素直に死にたいとまで言い放っている。


 壊れた心は少しずつ修正へと向かっている。


 この短期間を鑑みれば大成功だ、と塩沢は思った。


 塩沢が火憐に近付いて来た。


 「火憐」塩沢は火憐のほほに右手を添えた。途端にかぶりつく荒巻火憐。


 しかし、塩沢の姿はホログラムだった。火憐に添えられた右手に触られた感触はあったが、塩沢の手を噛み切ることは出来なかった。


 「生きたいなんて嘘を吐かなくて良いんだ。常識だから、将来自分に不利に働くから、周りから引かれるから、両親が心配するから、大人が介入してきて面倒な手続きが必要となるから、一度人生を踏み外すと普通のルートに戻るのはとても大変だから。そんな沢山の打算的な計算で、自分の本当の感情を推し殺す必要なんてどこにも無いんだ。


 死にたいときは死にたいと言えばいいんだ。Witterにでも書き込めばいいんだ。死にたいときに死にたいとも言えない世の中のほうがよっぽど異常なんだよ」


 火憐は磔にされながらも藻掻もがき続ける。そう簡単に、自分が吐いてきた嘘を正面から受け入れるには、まだ時間が浅すぎた。


 それでも。荒巻火憐は口頭一番に「殺せ」と言ってきた。自分から死を選ぶわけでもなく、他人から仕方なく殺されること。


 それは生きたいと願う気持ちの小さな萌芽ほうがであることは間違いが無かった。


 「火憐。そんな君が生きたいと、心の底から生きたいと願う人生を歩ませるために、僕らは法を犯してまで火憐を異世界へと飛ばしたんだ。


 法よりも、少女を救うほうが大切だからね。


 火憐が心の底から生きたいと願う、そんな世界になっていたら僕らは嬉しいな。


 火憐。どう?」


 荒巻火憐は藻掻くのをめていた。藻掻き疲れていた。うつむきながら静かに、塩沢研二の言葉を聞いていた。


 「火憐は世界を終わらせたい? 見える世界に生き続けたいなんて思う? それとも世界は」


 「……生きたい」


 荒巻火憐は小さな声で塩沢の言葉をさえぎった。


 「……私はまだ世界を終わらせたくない。心の底から大事に思える人達とようやく出会えた。私は戻りたい」


 荒巻火憐の心の底からの願いに、この世界が反応した。


 【進化スキル『世界はそれでも終わらない』発動──】


 急に世界が輝きだした。亜空間の切れ目から見えていた青い闇は、全て光へと変わっていった。


 亜空間が壊れ始める。


 「火憐に会えて嬉しかったよ。また会えないことを願うけれど、もしまた会うことがあるとしたら。その時はまた治療が進んでいることを望んでいるよ。


 人生を楽しんで! 荒巻火憐!」


 塩沢のホログラムは壊れた。亜空間が崩れ落ちた。青い闇のトンネルが崩壊していった。


 荒巻火憐は全てから解放された。

 

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