22nd Dead 『覚醒、即ち蘇生』



『――きろー――』


 ……


『――きろってんだ――ロー――』


 ……ぅ……ん……

 ……ぐ……うう……

 っ……


『――ちっ――ょーがねーな――

 ――んか――つの――ーチを考え――ァ――

 ――っく――ドーな――ゼ――』


 ん……んん……


『――ぁイイや――

 ――イツぁ――望――らの、切り――からな――』


 ……

 …………

 …………――

 ――…………――

 ――……――

 ――…――

 ――…―

 ―――

 ――




◇◇◇



「――」



 俺の名前は、北川ナガレ……



「――……!!」


 謎の化け物どもに婚約者諸共殺された、哀れなサラリーマン……の、筈だ。



(……なんだ、ここ?

 俺、どーなってんだ?

 あれ、マジで何、これ?)



 どことも分からない闇の中でいきなり目覚めた俺は、当然と言うべきか猛烈に混乱した。

 だってそうだろう。

 つい何時間か前に駐車場で化け物に追い回され、

 トラックの体当たりで愛車を壊され、

 将来を誓い合った婚約者を失い、

 とうとう自分も殺されて……到底まともじゃない、普通なら有り得ないような出来事が立て続けに起きてるってのに、

 この上『死んだと思ったら生きてた』なんて、そりゃ混乱しない方が無理ってもんだろう。


(いやまあ、生きてるかどうかもわかんないんだけどな……)


 そう。便宜上『生きてた』なんて言ってしまったが、そもそも今現在俺は生きてるか死んでるかもわからない状況……

 もっと言えば、自分の置かれてる状況が何もわからないまま、ただ暗闇の中で目覚めたに過ぎないのだ。


『……』


 何もかもが曖昧で不明瞭な状況に、俺は心の内側を乱雑にかき回されるような、雨傘の先で力任せに何度もガンガン突かれるような感覚に陥り……その不快感に思わず押し黙る。

 よくわからないが、もしかしたらこれが俗に言う"気が狂いそうになる"って状態なのかもしれないが……そこで俺はあることを思い出す。


(……落ち着くんだ。冷静になれ。

 こういう時だからこそ取り乱しちゃいけない。

 まずはわかることから一つ一つ順番に確認して、わからないこともわかるように整理していこう……

 そうだ、関先生が言ってたじゃないか)


 思い出したのは、仲の良かった国語の先生の口癖だ。


『"わからない"という思い込みに囚われてしまったら、わかるものもわからなくなってしまう。

 テストの問題文でもなんでも、安易に"わからない"と決めつけず"わかるようになる"ことがまず大切だ。

 世の中、物事はたいてい何でも、百パーセントわからないなんてことはないのだから、

 まずはわかることを一つ一つ順番に確認して、わからないこともわかるように整理していけば案外どうにかなるものだ』


 ……どこかミステリアスで底知れない雰囲気で、同じクラスの弓塚って男子と妙に仲が良かったり、変に打たれ強くてやたら足が速かったりと謎の多い女性ひとだったなぁ

 なんて回想に耽りつつ、俺は自分自身の置かれている状況を順序立てて理解しようと試みる。



(……身体が動く、五感が働いてると感じることはできる。

 俺には確かに生身の肉体があると、そう確かに感じられる)


 死後の世界ってのがどんなものだかわからないが、主観的に身体があると感じられているなら、きっと幽霊なんかじゃないんだろう。

 だが、一方で違和感が全くないかというとそうでもない。


(……妙だな。どうにも何かが足りないっていうか、

 抜け落ちたような、そんな気分も確かにするような……)


 何が足りなくて、何が抜け落ちたのだろうか。

 確認してみれば……


(なんだこの明らか不自然な凹凸……

 『ヒトの体はシンプルに見えて案外ややこしい構造をしていたりもする』って美術の先生が言ってたけど、

 それにしたってこんな部位があるわけもなし……)


 やけに軽くなった手足を動かし、身体の表面を触って確かめて……

 そうして探り当てた、各所の不自然な凹凸。

 確かに俺は元々筋肉質マッチョじゃないが肥満(デブ)でもない、標準より聊かやせ型の体型ではあったが……

 それにしても、というか"そう"であればこそ、身体のあちこちへこんな、穴ぼこかクレーターのような凹凸なんて本来ありゃしない。

 しかもよくよく触ってみれば凹凸の内側はなんだか湿っていて形容しがたい不快感を催す感触……かと思えば所々でやたら硬くてつるつるした、恐らくは棒状の部分があったりもして……そこで俺は思う。

 ああ、これはもしかして、もしかしなくても――


(――体組織ニクが抉れて骨が出てんだ、しかもあちこちで。

 つまり俺の身体はあの後……)


 光のない暗闇の中、俺は自分がどうなったのかを、何となく大まかにだが理解した。

 察するに俺はあの瞬間化け物どもの手にかかって死に、その後も奴らに痛めつけられたり腐り落ちたり、あるいは野犬やタヌキなんかにあちこち食われ……結果、所々の肉が削げ落ちて骨まで露出した、見るも無残な他殺体になっちまったって所だろう。

 どうりで手足も軽いワケだよ……それにしちゃなんやかんや五体満足だし、頭皮や面の皮が傷少な目で残ってるのも奇跡的ではあるが。


(つーかそもそも、だったらなんで動き回れてるんだって話になるが……)


 今いる場所がこの世でないなら、地獄に落ちた俺への罰なのかもしれない。

 古今東西、死後罪人が受ける罰や責め苦は様々だ。

 炎で焼かれたり、化け物に食われたり、同じ罪人同士で不毛な争いを強いられたり……

 俺みたいな半端野郎は醜い死体の姿で過ごさせるぐらいが妥当と考えれば妙に合点がいく。

 だがもし俺がまだこの世に留まっているのだとしたら、

 あんな目に遭って死んで今がこんな状態だってのに、あたかも生きた人間さながらに振舞えてるのはおかしいとしか言いようがない。


(だってそうだろうよ……あちこちボロボロの死体になったんだと思ってたら、

 何事もなかったように動き回るなんて、そんな……)




『ゾンビじゃあるまいし』



 その言葉を、俺は思わず声に出していた。

 死んでから多少声帯の形が変わりでもしたか、聊か違和感を感じるというか、微妙に自分の声とは異なるような音が聞こえて少し混乱したが、概ね問題はない。


(むしろ声を出して喋れるだけでも有り難いと思わなきゃな)


 かえって味わい深くていい声になった気もするし、寧ろその点は感謝してもいいかもしれない。

 なんて思った、その時……



――≪ゾンビだよ≫――




『……え?』


 唐突に声をかけられたような気がした俺は、当然困惑……思考が追い付かず、二歩半遅れで声が漏れる。


『な、なんだ……今、どっかから声がした、ような……』


 曖昧な言い回しばかりだが、事実謎の声はそもそも存在したかどうかさえわからないんだから仕方ない。

 もしかしたら幻聴だったのかも。専門家じゃないからわからないが、あちこち骨が見えるほど腐った死体がゾンビになったなら、そりゃ身体の機能に何かしらの不具合ぐらいあって当然だろう。


『そりゃ幻聴も聞こえる、か』

――≪幻聴じゃねーぞ≫――

『!?』


 何気ない呟きに叩き込まれる、明確な"返答レスポンス"。

 声として耳に入ってくる感覚がないにも関わらず確かに"聞こえた"……感覚としては、頭の中で歌や台詞を思い浮かべる時のそれに近いような気がする。

 ……自分で言っててなんだが、意味不明過ぎてどうにもならない。


 世にいう"テレパシー"というか、近頃妙に増えてきた漫画やアニメにいるファンタジーな女神――大体はトラックに撥ねられた若い男を異世界に連れ込んで魔改造しがちな、やけに俗っぽくてどこか胡散臭いやつ――なんかがよくやる"脳内に直接語り掛けるアレ"はこういう感じなのかもしれない。

 まあ、それはそれとして……


(……この際だ、なんでもやってみよう)


 俺は腹を括り、脳内に響いているらしい謎の声の主との対話を試みる。


『ああー、やあどうも。初めまして。

 で……えーとその、なんだろう。

 なにをどこからどう話したらいいのかよくわからないんだけど』

――≪なら無理するこたァねェ。俺に任せな、北川ナガレ≫――

『……どうして俺の名を?』

――≪話すと長ェし「世の中てめえの知らねえ事もある」ぐらいに思っとけ≫――

『わかった』

――≪オウ、聞き分けのいいヤツぁ好きだぜ。

 申し遅れたが俺ァ"エクスプレイナー"……長ぇと思ったら"エックス"とでも呼びな。

 そっちにとっちゃ姿も見えずわけのわからねーヤツだ、ちょうどいいだろう≫――

『了解した。宜しくな、"エックス"』

――≪オウ。多分そう長くは話せねえだろうが、仲良くしようや≫――


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