青年"北川ナガレ"の過去。或いは、普通の会社員は如何にしてゾンビ刈りの化け物と化したのか

19th Dead 『ある二人を襲う悲劇と、復讐劇の始まり』

「……助けてくれっっ」



 悲劇。



「助けてくれ! 誰か……誰かああああああっ!」



 それは予期せぬ時、唐突に訪れ……



「うわああああああああ!」



 壊し、滅ぼし、奪い去る……圧倒的な"力"!



『ヴエエエアアアアアア!』



 知性を持たず、実体を持たず、心も業も欲もなく……



『ギエエエエエエエエッ!』



 故に"意図"や"目的"のない"それ"は、何もせずただ"在り続け"……



「うわあああああああ!」

「ぎゃああああああ!」




 ただそこに"存在する"だけで何もかもを"悪く"し、



「あ……ああ……」

「う、そだ……そんな、ばかな……」

「っぐうううぅぅ……!」




 事が終われば何事も無かったが如く、跡形もなくその姿を消す。

 如何なる悪党も、

 また如何なる猛獣も、

 そしてまた如何なる天災をも凌駕する、

 まさしく"害悪の極致"、"真なる怪物"と呼ぶに相応しきもの……

 それこそが"悲劇"である。




「っぅ……づ、ああ……ま、なみ……まな、みィっ!

 マナミ……マナミぃぃっ!」

「なが、れ……ナガレ、なの……ね?」


 "悲劇"。

 常に何者もの虚を的確に突き得る"それ"を防ぎきることは至難、

 まして抗い、打ち倒すことなどどうしてできよう……。



 即ち悲劇とは、まさに不壊にして不滅なるものなれば……。




「マナミ……ああ、そうだ……俺だ、ナガレだよ、マナミっっ……

 ごめん、ごめんな……守ってやれなくて……俺のせいで、こんなっっ……!」




 なれど、忘れてはならない。




「……レ……ナガレ……


 ナガ、れ……生きて……ナガレ……」

「ああ、マナミ……マナミぃぃぃっ!」



 確かに、"悲劇"とは不壊にして不滅。

 もたらす被害は計り知れず、悪党猛獣災害も恐れをなす脅威に他ならない。



「…………なが、れ…………


 ……今まで……あり、がとう……」



 然し断じて"悲劇"は無敗に非ず。

 直に抗い打ち倒す術は無くとも、実質勝利する術、確かな勝ち筋は存在する。


「あなたと、あえて……本当に……良かっ、た……


 私……幸せ、よ……


 ……あい、して……る……」

「……マナミ? マナミ……?

 おい、マナミ……しっかりしてくれ……マナミ……!


 マナミィィィィィィィィ!」

 


 その"勝ち筋"とは至極単純……



(……ふざ、けるな)



 ただ"諦めず"、"乗り越える"こと。


(認め、ない……俺は、認めないぞ……!)



 "悲劇"への敗北とは、すなわち"諦観"。

 "諦め"を捨て去り、かえってその惨状を"乗り越え"られたならば……



(絶対に、認めてなど、やる、ものか……!

 諦めてなど、やるものかぁっ……!)




 それこそはまさしく"悲劇"への勝利に他ならない。


 諦めず、乗り越える……その勝ち筋を心得て、徹頭徹尾戦い抜くならば……



(「何だって、乗り越えてやる……!

 乗り越えて、覆してやる……!)



 どんな深手を負おうとも



(絶対に、


  絶ッ~対にだあっ!』



 時には、たとえそれが致命傷であって尚、




『……俺は、敗北けないッッッ!



   ……負けてなんて、やらねえぞォ!』


 

 その者は"悲劇"を相手に勝利を収めるであろう……。




◇◇◇◇



 ある風景に、二人の男女があった。


 無難な者同士惹かれ合った二人は、

 恋愛経験のなさ故、己の胸中にあった"好意"を理解しきれず、

 されど引き下がるつもりもなかったために……

 互いの気持ちを"確かめ合う"べく、交際を開始する。


 それは即ち、二人が恋仲になったのと同義であった。




 恋仲となった二人は、互いに深く愛し合い、青春を謳歌した。

 ある春の日は、咲き誇る桜の木の下に腰掛け、何をするでもなく呑気に過ごした。

 またある夏の日は、浜辺へ出掛け海で泳ぎ、夜には浴衣を着込み祭りを楽しんだ。

 またある秋の日は、山の紅葉を眺め、収穫祭には魔物の仮装で菓子を贈り合った。

 またある冬の日は、電飾煌めく聖夜の街を歩き、年末年始を二人きりで過ごした。



 時を経て、二人は一つ屋根の下で暮らし始める。

 それぞれの夢に向かって歩み続ける二人は、互いを支え合い成長し、愛を深めていく。


 そうして何年か過ぎて、男は決意する。

 愛する女を、男として幸せにしなければ。

 真に支え合う関係になり、しっかりと彼女の為に生きなければ。

 固く誓った男は準備を整え、夜空に輝く星の下、覚悟を決めて想いを告げる。



『結婚しよう』



 飾り気のない、月並みな、けれどだからこそ純粋な、心から告げる愛の言葉は、女の心に響き、魂を揺さ振り……

 全身が歓喜と幸福感で満たされる感覚を味わった彼女は、長く待ち望んだ出来事に、感涙しながら言葉を返す。



『喜んで』



 やはり飾り気のない、月並みで、純粋な心からの言葉……

 男にとっては、最早それだけで十分過ぎた。


 そうして将来を誓い合った男と女の絆は、結婚を目前にしてより一層深まり、愛し合う二人は輝かしく幸福な未来へ向かって確かに歩み始めるものと思われた……。




 だがそんな二人を、予期せぬ"悲劇"が襲う……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る