第5話 響き渡る乾杯の声

 あっけらかんとした南祥子の自己紹介を聞きながら瞳の緊張は一気に解れた。そう、昔のことは気にしないでいつも通りの自分でいればいいんだ。南からマイクを受け取ると瞳は周囲を見渡した。


「久しぶり。原瞳です。大学卒業後は学芸員の仕事に就きました。やりがいのある仕事で充実してます。久しぶりにみんなに会えて、緊張したけど、ここにいるみんなは元気そうですね。みんなそれぞれお仕事頑張ってるんだなって思いました。では、次の方、どうぞ」


 瞳は持っていたマイクを近くで待ち構えるように立っていたエレガントな雰囲気の青いドレスの女性に渡した。マイクを受け取ったその女性が瞳に向かってにっこりと微笑んだので、つられて瞳も会釈を返した。


—きれいなひとだけど、誰だったっけ?


 瞳が思い出す間もなく、女性は自己紹介を始めた。


「ピアニストの田村佳織です。お久しぶりです。コロナの影響でコンサートが開けなくて絶望的な状況でしたが、コロナが少し落ち着いた頃に私は短期留学して、最近は時々コンサートに出演してます。コンサート情報はインターネットでもお知らせしているので、よかったら確認してくれると嬉しいです。ピアノ演奏動画も配信しているので、よかったら登録をお願いします」


—そう、合唱祭でピアノ伴奏していた田原さんだわ。あの頃は制服で清楚な雰囲気だったから、わからなかったけど、ピアニストとしてご活躍なのね—。


 田村佳織の近くには当時の吹奏楽部員三人が集まっていて、和気藹々と話し込んでいたが、田原からマイクを受け取ると次々に自己紹介を始めた。田原以外は一般企業で働いているらしいが、田村佳織を囲んだそのグループはどこか華やかな雰囲気に包まれていた。それぞれ自己紹介が終わると、マイクは司会の龍に渡された。


「これで全員、自己紹介は終わった?もし、まだという人がいたら、挙手願います」


龍が会場を見回すと「龍、お前がまだじゃん!」と誰かが叫んだ。


「俺?俺は幹事の滝野龍です。同窓会に集まってくれてみんな、ありがとう。とまあ、俺の自己紹介はこんなところで、久しぶりの再会を祝して、乾杯しよう。みんなグラスを持って!」

龍はグラスを上に掲げると会場中に響き渡る大きな声で叫んだ。


「乾杯!」


 乾杯の音頭をとる龍の声に続いて会場は乾杯の声で湧き上がり、カチンカチンとグラスを交わす音がそこかしこから聞こえてきた。瞳も隣りの南祥子と乾杯のグラスを交わし微笑んだ。

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