第18話 メル地区

「うわぁぁぁ~久しぶりの『メル地区』だぁ!」


「これが…………の街なのか」


「あんた、変なことを言わないで」



 今、三人がいるのは「メル地区」の城門である。

 土の大地に建てられた活気ある建物たち——立ち並ぶ木組みの家屋は、煉瓦作りの三角屋根で統一されており、屋根には煙突が備えられていた。街を歩く人々は、店先に並べられた食材やアクセサリーなどを買い、それらを荷馬車に詰めている。


 少し街を歩けば、どこもかしこも、焼けたお肉の甘い匂いが充満しているのが分かる。人混みの声をかき分ければ、酒場から流れるピアノや笛の音が陽気なリズムに乗って聴こえてきた。

 まだ昼間なのに、既に酒に酔っている人も散見される。

 この賑やかな街並みにやって来たテュランは、「メル地区」を「陽気な街」だと高く評価した。



「? なんだ、あれは?」


「あの塔はスカイタワーって言うんだぁ。この街を管理をする司令塔だよ」



 街を歩いていると、テュランの目に一本の塔が映り込んだ。街の中央部に位置する、白色の巨大なタワーである。その先端部は、遥か天空を突き抜け、雲の合間を縫って太陽にまで届きそうな勢いだった。



「街の管理……ということは、『メル地区』を囲む”結界”の構成もあそこで?」


「多分、そうだと思うよぉ」



 (へぇ~面白い建築物だな。あそこまで高い建物はオレの時代には存在しなかった)



 「メル地区」は、この地方では有名な巨大都市である。商業、観光、貿易、住居……ありとあらゆる要素が混在しており、いつも賑やかな街であった。街の上部には、アリシアとリベラの通っている「テルマン学院」と呼ばれる学校があり、全校生徒数は四桁を超える。

 それに加えて、「テルマン学院」の”文化祭”は全国でも有名であり、毎年、全国津々浦々から沢山の観光客が遊びに来た。その催し物は、学校の敷地内を超えて「メル地区」全体で行われるので、もはやただのお祭りと化す。


 そんなお祭り大好きな「メル地区」にやって来たテュラン一同。どうして突然彼らがこの街に来ることになったのか。


 それはズバリ、アリシアが買い物に誘ったからである。


 リベラとテュランが出会ってからの数日間、両者の間に流れる対立関係を何となくアリシアは察知していた。

 そのため、二人の仲を改善しようと思ったのだ。


 しかし、この計画には二人の反対意見があった。


 まずはリベラである。彼女はテュランの正体を知っているので、何が起ころうとも彼を信用しないし、信頼もしない。故に、アリシアの思惑通りにならないし、彼女の努力そのものが無意味なのである。

 もちろん、テュランと一緒に買い物に行くなんて考えられなかった。

 とはいえ、テュランの本性をアリシアに包み隠さず暴露することもできない。もし真実を話せば、テュランに全てを破壊されてしまうからである。

 だから彼女は渋々この計画を承諾した。


 そしてこの計画に反対したもう一人の人物は、意外にもアリシアの母親であった。

 その理由は、「テルマン学院」の存在である。

 以前、「テルマン学院」に通っていたアリシアは、数々の苛めを受け不登校になった。いわば、「テルマン学院」とはアリシアのトラウマなのである。

 そのトラウマの本拠地である「メル地区」は、アリシアにとって地獄アウェーと言っても過言ではない。

 だから彼女の母親は、なるべく「メル地区」からアリシアを遠ざけようと思った。



「んで、結局今日は泊まるのか?」


「うんっ! 折角だしお泊りしようよ」


天使アリシアちゃんなら全然いいね。こいつは、森へお帰り」


「リ、リベラちゃん……お願いだから仲良く……」



 アリシアの努力も虚しく、リベラはテュランを嫌悪したまま。何としてでも三人で仲良くしたいアリシアは、頭を抱えざるをえなかった。



「ねぇアリシアちゃん……ちょっと二人で話さない?」


「えっ?」



 アリシアが返事をするいとまもなく、リベラが彼女の腕を引っ張る。どうしてもテュランを遠ざけたいリベラは、アリシアを連れて付近の下着屋に足を運んだ。

 女性下着専門店に入るのが億劫なテュランは、店前で待機する。



 (野蛮人、余計なことを話さないといいのだが……)



 いくら恐怖で縛り付けているとはいえ、内心テュランは彼女の存在を警戒していた。何せ、リベラは己の命を懸けてまでテュランを殺そうとした”野蛮人”だからである。もしかすると、テュランの想像を超えるような策に打って出るかもしれない。

 さらに——



 (野蛮人のメスガキに対する執着心は、異様なほどに異常だな)



 アリシアに対するリベラの強烈な好意。それはテュランでさえ、「異様」と評価するほどに強大であった。リベラはアリシアのためなら、命を懸けるに違いない。

 リベラの”暴力的”かつ”ダイナミック”な思想と行動が、テュランにとっては”脅威”なのである。



「まぁ、最悪殺せばいいか」



 とはいえ、テュランも大概である。彼の選択肢には、いつも”皆殺し”があるので。


 勝手に自己完結したテュランは、安堵した気分となった。悠々自適に下着専門店の前で仁王立ちしている。

 すると、そんな彼のまえに人影が現れた。



「ねぇねぇ~もしかしてお兄さん今一人?」


「これから宿に行くんだけど~お兄さんも一緒に行かな~い?」



 テュランの眼前に現れたのは、見知らぬ二人の女性。露出の激しい鎧を着ていた。見たところ、冒険者のような恰好である。綺麗な太ももはその肌をあらわにし、胸部はギリギリのラインを攻めているのであった。



「人を待っている」


「それってさ~もしかして女?」


「あぁ」


「えっ~でもさ、君みたいなカッコいい子を待たせる女なんて酷くない? 私たちと遊ぼうよ~」



 テュランの外見は、その内面とは対照的に、人を惹きつける強力な魅力を内包していた。王者の風格を漂わせる銀色の髪、鋭い海老色の瞳、逞しいからだ……不特定多数の異性が目にかけるのも時間の問題である。

 さらには、声も良い。深みのある重厚感マシマシの低音ボイスはその容姿と相まって凄まじい威力を放つ。

 他の男とは違い、謎の”余裕感”と”自信”が漏れ出ていることも、彼の長所かもしれない。



「いや、結構だ」


「そんなこと言わずにさ~」



 二人組の女が、テュランの両腕に抱き付く。女の麗しい胸が、彼の上腕二頭筋を包み込んだ。

 はたから見たら、かなり羨ましいと思われるかもしれないこの状況下。けれどテュランは、真逆のことを考えていた。



 (重っ。こいつら殺そ)



 と、虫のようにひっつく彼女たちに殺意を抱き始めた、その時。



「——すみません」



 可愛らしい声が響いた。



「? だれ、あんた? いま私らが——」



 狩猟の邪魔をされたと思い不機嫌になる彼女たち。文句を言おうと振り向いたその時、二人は言葉を詰まらせた。突然現れた女神をまえにして。



「彼は、私の待ち人です」



 アリシアの容姿は、完璧に近い。まるで全てのパーツが、何者かに設計されたのではないかと思うほどに整っている。

 テュランを襲った二人のお姉さんも十分に魅力的ではあるものの、もはや別次元の存在と呼べるアリシアをまえにしては、正直味気ないのであった。

 宝石がどれだけ光り輝いたとしても、空間と時間を超えて光を届ける天空の神々には到底敵わない。

 その圧倒的な彼我の差は、彼女たちの矜持を完全に打ち砕いた。



「行こ」

「うん」



 二人は物凄いスピードでその場を去った。

 後に残るは、テュランのみ。



「話は終わったか?」


「うん。終わった」



 アリシアの返事とともに、下着専門店からリベラが出てくる。彼女は悔しそうにテュランを見つめているものの、沈黙を貫くだけであった。



「テュランくん、次は気を付けて」


「何をだ?」



 少し不機嫌そうに語るアリシアの心理を、テュランは理解できない。



「今度からは、マスクとか着けて」


「嫌だ。アレはきらいだ」


「う~ん、そうだけど……その、えぇぇと」



 アリシアの歯切れが悪くなる。目をキョロキョロされながら、狼狽えるばかりである。



「もう、いい」


 頬が色めき始めたアリシアは、何かを避けるように横を向いた。

 そして足早に歩き始める。



「テュランくんは、他の子について行かないでね」


「あぁ。いまは、オマエしか興味みてない」



 テュランは、アリシアのポテンシャルに可能性を感じている。だから、アリシアに魔術を伝授してきた。



「そうやってまた……たぶらかして。もう知らない。行く」


「あぁ、行こう」



 頷いて、テュランはアリシアの背後を歩く。

 彼の後ろで、「死ね、魔人!」と呟くリベラに半笑いしながら。







 



 



 

 

 

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