第17話 表裏
迫りくる恐怖に耐えるリベラは、今にでも発狂しそうであった。
「…………っ!!」
「こちらがテュランくんでーす」
アリシアは満足そうな顔でテュランを紹介する。二人の間に流れる殺気に気付くはずもなく。
アリシアの鈍感さに甘んじて、テュランはリベラの横たわるベッドに腰かけた。
小刻みに肩を震わせるリベラの威嚇を無視して。
そして、アリシアには聞こえないであろう声量を維持しながら、彼は話を続けた。
「オレはこのガキと仲が良い。決して傷つけるつもりない。だが、オマエが余計なことを話せば…………あとは分かるよな?」
テュランは、汚れた雑巾のようにゲスい笑みを浮かべる。
「~~~~~~~~こんのッッ…………!」
未だ身動きを取れないリベラが、力強く唇を嚙み締める。水色の綺麗な目は血走り、悔しそうにテュランを見つめた。
けれど、リベラはテュランの実力を肌で知っている。もしテュランが本気になれば、自分もアリシアも殺されてしまうことを理解していた。故に、何も出来ない。事実、リベラが今ここにいられるのは、”テュランの慈悲”によるものが大きいからだ。
この短時間で彼女は、みんなにとって最善の道とは何かを悟った。
テュランが金縛りを解いたあとも、彼女は静かにベッドで横たわるだけであった。
「今は安静にしたほうがいいだろうな。お互いのためにも」
「クソがッ!!」
テュランの煽りに、思わず怒りを発火させる。今すぐにもテュランを殺したいという悍ましい殺気が、彼女の全身を駆け巡った。けれど、喉の奥でその感情はつっかえる。もどかしい怒りが、彼女の怒りを更に助長するのだった。
「ちょ、ちょっとテュランくんに変なことを言わないでよ! いきなりどうしたの?」
「…………ごめんねぇ~この
最大限の殺意を込めて、リベラはテュランに向かって毒付く。その顔には、無理矢理に笑顔を作ろうとして生まれたシワが何層にも渡って張りめぐされていた。
それを見たテュランが、不気味な薄ら笑いを浮かべる。悔しそうに虚勢を張る彼女の表情が、たまらなく面白かったのだ。
「気にしてないさ。そろそろオレは帰るよ、オマエの家に」
「オマエの家」と言った瞬間、横からの殺意が熱を帯びた。二人が同棲しているという事実が、リベラにとっては芳しくない状況だったのだろう。
「そう、?」
鈍感だったアリシアも流石に違和感を感じたのか、少し元気を失う。自分の好きな人同士を組み合わせただけなのに、二人の態度がよろしくないからだ。
アリシアは、テュランにもリベラにも仲良くなって欲しかった。二人とも、自分に新しい世界を魅せてくれた大切な人なので。
「そうだ、自己紹介でもするか?」
「それ、いいねぇ! しよしよ!」
「まぁ別にいいわよ……」
アリシアの失望を、テュランは何となく感じ取っていた。アリシアの気持ちが下降すれば、彼女の魔術の成長は止まるかもしれない。したがって、彼はどんな手を使ってもいいからアリシアの機嫌を取りたかった。
「山で生活していたテュランだ。今はアリシアの”先生”をしてる」
物言いたげなリベラに向かって、テュランは更なる追い打ちをかける。「先生」という称号をふんだんにアピールすることで。
「私はアリシアちゃんの”親友”、リベラよ」
そう言って、リベラは左手を差し出した。
テュランは、その手を優しく握って握手する。
二人の中に流れる対抗心という電流が、握手を通じて交差した。テュランの邪悪な笑みと、リベラの血走った目が折り重なる。
「「よろしく」」
「クククッッ」
「ふふふッ」
「あの……大丈夫?」
アリシアは、とても心配だった。
* * *
「——
ドヤ顔満点な顔で話すリベラが、持ってきた物を自信満々に披露した。
彼女が抱えていたのは、家庭科の時間で作成した一枚のエプロン。ベジュー色に花柄模様の描かれた可愛らしいエプロンである。
黒色のリボンまでセットで付けられており、かなりの完成度を誇っていた。
「あ、ありがとう……すごく可愛いぃぃ~でも、似合うかな?」
「アリシアちゃんに似合わない服とか無いから。もしそんな服があったら、アリシアちゃんじゃなくて服が悪いから」
「そ、そんな~でもありがとぃ」
命を懸けた、リベラ渾身の
アリシアはいま、リベラの家で晩御飯を作っている。今日は、リベラの部屋で夜ご飯を食べようと思っているのだ。もちろん、リベラとアリシアの両親はこれを承諾した。
リベラの作ったエプロンを着て、キッチンで料理をするアリシア。その姿をリビングから見ていたリベラは、さそがし幸福な時間を過ごしていたことだろう。
「テュランくん。似合ってる? 今のわたし」
アリシアは、恥ずかしかった。こんな質問をする自分の浮かれ具合に。
けれど、聞かずにはいられない。
「チィ—―――ッ」
リベラの微細な舌打ちが、リビングに混ざった。せっかく楽しい時間を堪能していたのに、その横には世界で一番嫌いな男が悠々自適に座っているのだから。
テュランは、リベラの抱える殺意に半笑いしながら、アリシアの質問に答えた。
「いいんじゃないか。良い匂いがする」
「匂い?……もしかして、ご飯のこと言ってるぅ?!」
「オマエの飯は格別に美味いからな」
「あ、ありがと……でもぉ、このエプロンも褒めてよぉ~!」
テュランは、そう簡単には相手を褒めない。自分の言葉を安売りしたくないからだ。テュランには面倒なマイルールが何個かあって、そのうちの一つに「目的以外のためにお世辞を言わない」というものがある。無駄な褒め言葉をテュランは激しく嫌悪するからだ。
とはいえ、アリシアの料理の腕前は本気で認めている。これは、自他ともに認める事実だ。
「あんた、何様のつもり?」
「はぁ?」
「どう考えたって、私のエプロンはアリシアちゃんに似合ってるでしょ?! あんた、ちゃんと褒めなさいよ!」
「ちょ、リベラちゃん! 怒らないでぇぇ」
冷淡な態度を取るテュランに腹が立ったリベラは、ついに怒りの声を上げた。立場上、圧倒的に不利な状況下であったとしても、アリシアの魅力を蔑ろにするテュランの傲慢な振る舞いが赦せないのであった。
しかし、テュランから見たリベラは「ただの厄介オタク」。聞く耳を持とうしない。
故に、二人の溝は深まるばかり。
「おい、このうるさい
「リ、リベラちゃん……気にしないで。私は大丈夫だから」
「ダメ、私が赦せないの。
「オマエさ、自分の立場理解してんの?」
テュランは面倒臭いそうに頭を掻いた。
人に興味が無い彼にとって、他人の長所を十個挙げることは、魔王を殺すことよりも難しい。
よって、リベラのご希望には添えそうになかった。
ところが……
「テュランくん、お願い……」
肝心のアリシアが、本気モードに切り替わってしまった。
自分で恥ずかしいお願いをしていることに気付かず、自ら爆弾地帯に向かおうとするのである。
彼女は、テュランから発せられる誉め言葉を今か今かと待っていた。
(マジかよ、ふざけんな)
テュランの怒りのボルテージが急激に上昇する。アリシアの性格を分析するに、ここで彼女の期待を裏切れば色々と面倒なことが起きる可能性があるので、テュランは絞り出してでもアリシアの長所を言わなければならなかった。
全ては己の計画を達成するために……。
苦渋の決断の末に、テュランは口を開く。
「飯が上手い」
「うん」
「呑み込みが早い」
「うん」
「弱くない」
「もうちょっと具体的に」
「魔物から身を守れる程度には弱くない」
「うん」
「可愛い」
「うん!」
「眼が美しい。ルビーの瞳が宝石のように輝いている」
「うぇあひゃ!?」
「なんか変なこと言ったか?」
「~~~~~~~~っ」
アリシアの顔面が、林檎のように赤くなる。可愛らしくプニプニした耳たぶが、オレンジ色の変色していく。
「もういいかっ?」
「う、うん……ありがとうぃ」
クリティカルヒットを受けたアリシアは、意識を料理に戻す。まだ長所を十個言い終わっていなかったが、なんとかテュランは危機を乗り越えたらしい。
「はぁ~」と疲れたように息を漏らした。
会話が終わり、リビングに沈黙が走る。
まるで二人だけ取り残されたような気分だ。
その時、テュランの身に寒気が走る。ゆっくりと首だけ回せば、
「あんた、絶対殺すから……!」
ニッコニコの笑顔で殺害予告をする
二人の機嫌を取ったつもりが、テュランは更なる殺意をリベラから受け取る。
(めんどくさ)
つくづく、テュランは人間に辟易するのだった。
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