第13話 眼帯の不時着
テュランの眼前に現れた、一人の美少女。
白い花柄のシュシュで括られた水色の髪の毛が、重力に逆らって飛び跳ねていた。右目を覆う黒色の眼帯は、彼女の華やかな印象に強烈なインパクトを与えるスパイスとなっている。そして、制服と思わしきその青緑の服装が、光り輝いていた。
(制服…………いや軍服か?)
「あんた、魔人?!」
その美少女が、鬼のような喧噪でそう言った。
「オレの正体なんぞどうでもいい。取り敢えず…………オマエには死んでもらう」
少女から放たれるオーラや魔力。その全てが、テュランの心を昂らせた。
(これは楽しめそうだ)
と、テュランが油断したその時。
「そうか———死ね……ッ!!」
殺意の籠った言葉とともに、突如として光の矢が放たれた。一瞬の出来事である。
テュランは反射的に身を揺らし、かろうじて回避する。
予想だにしなかった彼女の先制攻撃に、テュランは思わず笑みを浮かべた。かなりの実力者であることは理解していたが、ここまでアグレッシブだとは思っていなかったのだ。
その時、彼女の口から怒りの声が発せられた。
「うっ! アリシアちゃんの山に、こんな魔人がいたなんて!!」
立て続けに、光の矢が弾丸の如く飛来する。その威力は、被弾した木々を焼き切るほどであった。
全方向からマシンガンのように降りかかる矢を、テュランはポケットに手を突っ込みながら避けきる。
次いで正面から突貫してくる矢を、片手で振り払った。
「私の魔術を素手で?!」
勢いよく飛来した矢が、推進力を失って消えてしまう。その様を見て、彼女の心に緊張が走る。
しかし、意外にも彼女の攻撃はテュランに効いたようで
「……重っ」
と彼は声を漏らした。軽々と捌いたように見えたが、実は彼女の矢にはそれなりの質量が付与されていたのだ。許容範囲を超えなかったとはいえ、テュランの想定以上の火力を持っていたその光の矢は、普通に脅威である。
(このメスの魔術……無から矢を生み出している。だが、魔力の流れから分析するに「
テュランは、意外にもかなり警戒していた。
「失礼だな、軽いわよ」
怨念の籠った小声とともに、彼女の拳から大剣が出現する。黄金のように輝くその刃。たったの一振りで、周囲の木々を揺らすほどの威力である。
「ん…………」
刹那に上半身を傾けたテュランの鼻先に、彼女の刃が横切った。慌てる
「避けた……ということは、この攻撃は効くってことね」
「さぁ、どうかな」
(マセガキめぇ)
「まぁどうでもいいわ——だって!」
彼女の台詞とともに、何十本もの矢が上空から落ちてくる。それに合わせて、彼女の剣技にも拍車がかかった。
だが、その雨の矢はテュランだけなく彼女の身にも降りかかる。にも関わらず、彼女はテュランの動きを抑えるため、自身の攻撃の射程圏内を出ようとしない。
(このガキ……自らを生贄として、オレを道ずれにする気か)
両手で大剣を薙ぎ払い、テュランは統制を崩す。目前に迫った光の矢が二人の頭上に迫りくる。
「あんたも一緒に死ねぇ!!!」
ゆっくりと流れる空間のなかで、テュランの双眸と彼女の血走った眼球が交差する。それを見たテュランは、思わず笑ってしまった。
——このガキ、あいつに似てるな
と思うと同時に、二人の背面に数多の追撃が折り重なった——土砂降りのときに鳴る雨音のようなものが、周囲に拡散する。
その瞬間、灰色の世界に鮮血が舞い散った。華麗に咲く赤いバラのように。
血が散って、砂塵が舞って、地面に倒れるは勇敢なる眼帯の美少女。
その羞恥を、無傷かつ仁王立ちし眺めるは、銀髪の暴君。
「どう、して…………」
喉に突き刺さった矢の根元からは、湯源のように赤色の液体が噴き出る。上半身を貫く四本の矢の隙間には、かろうじて内臓のようなものが残虐にも顔を出していた。
清らかなる青の髪。透き通るほどに透明感のある水色の瞳。右目を隠す眼帯も、形の整った鼻筋も、桜色の可愛らしい唇も……有象無象を魅了したであろうその女神のごとき風貌は、全て真っ赤なバラに包まれている。
そして、その残虐な光景は、意外にもテュランの胸の奥に光を差した。勇者のように挑み、そして散ったこの若き戦闘少女――久方ぶりに熱い戦闘を繰り広げてくれた眼前の戦士に向かって、テュランは勝敗を語る。
「この短時間で、オレの実力を見切り、捨て身の作戦に出たのは素晴らしい一手だった。普通なら力量さを見誤るか、もしくは逃亡に全精力を傾けるはずだ。だがオマエは、自らの命を犠牲にしてオレに挑んだ」
「あ、あんた…………かな、らず、わたしの手で…………」
「だが、オマエの矢も剣も、オレには通用しない。想定以上の火力があると分かれば、それを凌ぐほどの魔力を身に纏えば解決する話。オマエは、自分を犠牲にするわりには、爪が甘いな。命を軽く見過ぎだ」
テュランの肉体には、傷一つ付けられていない。絶命の代償を経て繰り出された彼女決死の連撃も、膨大な魔力によるテュランの防御には意味を成さなかった。
(あいつが来る前に、トドメを刺すか)
脳裏に巡る、”完遂”の二文字。アリシアに、この残酷な光景を見せるのは悪手だと感じたテュランは、自身の魔術で彼女の肉体を木っ端微塵に潰そうとした。
足掻く彼女の身体に向かって、ゆっくりと手を
満身創痍の彼女には、為すすべがない。
「じゃあな、通りすがりの野蛮人」
湧きあがる”充足感”を胸に抑え、テュランがトドメの呪文を唱えようとした——その時。
「—————」
テュランの本性を知る者は、この村には居ない。
つまり、彼の本性を知ってしまったら……。
「…………テュ、テュランくん?」
剣が、地面に落ちる音がする。
木々の合間には、呆然と立ち尽くすアリシアの姿があった。
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