第14話 生かすか、殺すか

 呆然と立ち尽くすアリシアの姿が、テュランの脳裏に焼き印となって残る。アリシアの視線は、テュランと少女の間を何度も移動していた。この状況を理解するために。

 暫しの沈黙のあと、アリシアの表情から涙が浮かぶ。



「……リベラちゃん……リベラちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」



 そして堰を渡ったように、アリシアは泣き叫び始めた。号泣しながら、アリシアは血まみれの彼女を抱きしめる。まるで大事なものを酷く尊ぶように。


 一方、テュランは反応に困った。口を窄めながら、首周りを手で掻き始めた。



「オマエ、ヴィジェノヴァートは殺したか?」


「リベラちゃん! リベラちゃん!!! そんな、どうして…………どうしてこんなことに…………お願い!! 死なないで!!!」


「おい! 話を聴けよ!」



 珍しく、アリシアはテュランの言葉に反応を示さない。



 (この眼帯女、こいつの知人か。かなり重要な奴を殺しちまったな)



「すまんな。こいつがいきなりオレを襲ったのだ。山賊かと思い、対峙したんだが…………オレの勘違いだったようだな」


「あぁぁぁぁぁぁリベラちゃん!!! いやだ、いやだ、死なないで!!!」


「まあ、気にするな。とっとと次行くぞ」



 泣き叫ぶアリシアを置いて、テュランはひらりと身を翻す。自分が歩き始めれば勝手に着いてくるだろうと思っていたテュランであったが、アリシアは一向にその場を立とうとはしなかった。



(面倒くせぇぇぇ~たかが一匹死んだだけだろ)



 人の気持ちを理解できないテュランは、アリシアの涙の意味を知る由も無かった。むしろ歯止めの効かない彼女の涙を見て、彼は次第に苛つき始める。



(こいつ、殺すか? 正直、どうにもならねぇーな。この女は、オレの計画に必要だったんだが…………まぁ、大方結界の仕組みは分かったし良いか)



 言うことを聞かないアリシアに失望したテュランは、号泣する彼女の背中に向かって手を翳した。

 そして、死の呪文を唱える。



圧縮魔ミレスコント——ん、アレは…………」



 呪文を唱える寸前、彼の瞳に意外なものが映り込んだ。

 それは、木々の合間を縫って地面に置かれた三つの骸骨である。眼球の跡には、紫色の煙が放出しており、その姿は非常に不気味だ。

 見てみると、骸骨の首には”紫色の血液”が付着していた。

 まさか、と思ったテュランは、地面に倒れたアリシアの剣の刃に視線に移す。すると、彼女の剣に、同様にして”紫色の血痕”が残っているのが分かった。


 これは、アリシアがヴィジェノヴァートの首を刎ねたことの証明である。しかも、骸骨が三つあるので、彼女は三頭も討伐したのだ。この短時間で、である。


 幻覚を見せるヴィジェノヴァートは、人間の骨のような容姿をしており、その実力はワイバーンに匹敵する。


 つまり、テュランが眼帯少女と激戦を繰り広げている間、アリシアはワイバーンに匹敵する魔物を三体も討伐したのだ。


 その実力は、その辺の冒険者とは比類なき強さと言っても過言ではない。彼女は既に、テュランの求める理想像に限りなく近づいていた。


 となると、テュランの心に一抹の迷いが生じる——アリシアをここで殺すのは、とても勿体ないのでは、という迷いが。



「はぁ」



 生かすか、殺すか——この巨大な命題をまえにして、テュランはため息を漏らした。



(この女の実力は、限りなくオレが求めていたものに近い。あとは…………”仕上げ”を施せば、遂にレシピが完成する。だが、ここでこのガキを殺せば、全てが無になる。非常に勿体ない。惜しい人材だ)



 熟考の末、テュランはアリシアの生存を許した。けれど、依然として彼女は絶望に打ちひしがれたまま。仮に泣き止んだとしても、悲しみと怒りの矛先がテュランに向かう可能性は十二分にある。


 そこでテュランは、”苦肉の策”に出た。



「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「どけ、邪魔だ」



 号泣するアリシアを退けて、テュランは瀕死の美少女に駆け寄る。彼女の横に座ると、血だらけとなった彼女の肩に手を添えた。



「そんなにオレが憎いなら、オレを殺すまで死ぬんじゃねーぞ野蛮人」



 瀕死の眼帯に向かって、テュランはそう語った。

 すると、彼の手のひらから緑の閃光が現れた。その輝かしい光は、徐々に彼女の肉体を包んでいく。



「な、なにを…………!?」


「こいつを蘇生する」



 千年前、テュランは勇者パーティーに加入し、魔王とその一派を鏖殺した。その旅路は非常に長く、人に興味がないテュランでさえ、メンバーの「勇者」と「聖女」については人並み以上に知っている。そのため、テュランは「聖女エスト」の回復魔術にも精通しており、その治癒力はエストに勝るとも劣らない。


 彼は、天変地異が起きても、他人に治癒を施すことはないと断言していた。

 だが、今まさに彼は他者への治癒を始めようとしている。



「そ、蘇生……お、お願い!!! リベラちゃんを、リベラちゃんを助けてぇぇ!!」


「もちろんだ。というか、これはオレの責任だ。こいつを敵を判断したオレのミスだな」


「…………ち、違う。私のせい、なの!」



 泣きながら、アリシアは駄々をこねる子供のように吠えた。



「オマエのせいではないだろう、少なからず」


「ち、ちがうの……リベラちゃんは、いつも私を護ってくれた。リベラちゃんは物凄く強くて元気で、男の子も倒しちゃうくらい。地震が起きたこと、手紙で送ったの。多分、それで……学校を休んで、ここまで来てくれたんだ」


「学校…………もしや、この女、オマエの通っていた学校の生徒か?」


「うん。しかも、リベラちゃんは同じ村人だよ。今は寮で生活してるけど」



 リベラが満身創痍となった原因は、間違いなくテュランの仕業である。ところが、自責思考の強いアリシアは責任の拠り所を履き違えていた。この誤認はとても愚かなる思考であるが、テュランにとってはこの上なく都合が良い。というのも、自分の本性がバレずに済むからだ。



 (この女の処理が面倒だな。唯一、こいつだけがオレの本性を知っている)



 テュランと一戦を交えたことで、リベラは彼の本性を唯一理解している。残虐非道であるということを。

 つまり、目を覚ましたあとの彼女の対応を考えておかなければ、最悪の場合、テュランは村での地位を失うかもしれない。リベラがテュランの本性をばら撒けば。



 (さて、どう調理するか)



 テュランは、分岐点に立たされていた。

 



 






 

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