第7話 壊れる結界
結界の加護を解いてもらい、テュランは村へ招かれた。
テュランが助けた茶髪少女の名前は、アリシア。テュランの予想通り、村長の娘であった。
この村で一番の権力を持つ村長は、村の周辺を取り囲む結界を管理している。外部からの人間を招き入れるか判断するのも彼の役割だ。
幸い、アリシアの母親に気に入られたお陰で村に入ることができたが、もし彼女の支援がなかったら今頃村人を鏖殺していただろう。
村への加入を果たしたテュランは、早速村長の家に案内された。
二階建て構造の木造建築となっており、室内には台所や本棚が散見される。
招かれるがまま、テュランは部屋の中央にあるソファに腰かけた。そして、対面するようにアリシアとその両親が座った。
「いま、紅茶を持ってきますわ。くつろいでくださいね」
アリシアの母親は上機嫌だった。娘の命の恩人が、こんなにもハンサムで逞しい男だったので、彼女の気分も久方ぶりに舞い上がっていたのである。
これは後々判明する事だが、彼女の母親はアリシアをテュランの嫁にしようと考えていた。テュランを見たその瞬間から、「この男は只物じゃない。大物だわ!」と目星を付けたらしいのだ。
必ずしも彼女のテュランに対する推察は間違っていないのだが、別の意味で「只物」ではないので、やはりその判断は誤りである。
とはいえ、アリシアの母親が自分の事を娘の伴侶候補に持ち上げていたと知る由もなく、テュランは彼女の指示通り、部屋のソファでくつろいでいた。
「あの……本当に先ほどはありがとうございました」
アリシアは深々と頭を下げた。
「礼はいらん。ただ、幾つか頼みたいことがあってな」
「なに、かな?」
アリシアの父親が気まずそうに質問した。命の恩人とはいえ、テュランの警戒を解いたわけではない。彼の心には、娘の恩人を全面的に労いたいという気持ちと、この男を信用できないという気持ちで揺れ動いていた。
「オレの目的は、中央諸国にある”バルティエ”という都市に行くこと。バルティエに行くためのルートを知りたいのだ」
「バルティエ……残念だけど、海を渡らないといけないから難しいね」
「というと?」
「昨今、規制が厳しい……色々と準備が必要なんだ。まぁ、私も詳しいことは分からない。人間に紛れる魔人が最近増えて、取り締まりが厳しくなったそうだよ。隠遁する私たちにとっては縁もゆかりもない話だが」
「人に紛れる魔人……懐かしいな」
クローバーの話によれば、この時代に出現した魔王は転生者が葬り去ったと言われている。だが、村長の説明を聴くに、依然として魔人は人間の脅威。
その微妙な矛盾点に、テュランは歯がゆさを感じた。
「あっ! でも、山を下りたところに『メル地区』と呼ばれる巨大な都市がある。そこに行けば何か手掛かりが見つかるかも」
「ほうぅ~それは良い知らせを聞いたな。ところでもう一つ、『魔王』については何か知っているか?」
テュランが質問すると、村長は目を見開いた。
「魔王なら……有名な話じゃんか。賢者様の召喚した勇者さまが魔王を倒してくれたんだ。お姿を拝見したその瞬間に魔王が敗北を認めたって逸聞は、流石の私も知っているがね」
「それは面白い……その勇者さまって奴はかなりの実力者なのだな」
「実力者ってもんじゃないよ……アレは人の姿を神さまだ。魔王率いる魔人の軍勢をたった一人で退き、魔王側に寝返った北部諸国を三日で崩壊させたんだ。あれだけ強いのは、あとにもさきにもいないよ」
(どこぞのクソガキが随分とチヤホヤされているようだな。オレが戦ったらあっさり負ける小物程度に過ぎないのに)
勇者さまの伝説を逸楽に話す村長の態度が、テュランの癪に触ったことは仕方のないことであった。
テュランは、「自分よりも勇者さまのほうが圧倒的に強い」と言われた気がして腹が立ったのだ。が、仮初の嚇怒に身をゆだねることが心体に悪影響を及ぼすこと知っていたテュランは、それを腹の底へと押し殺した。
(バルティエについては、もう十分か。本題に入ろう)
納得のいく情報を掴んだタイミングで、テュランは「結界」を話題に持ち出した。
「村を覆う”結界”について教えてくれ。分かる範囲で良い。出来れば、アレを作用させている魔具を見せて欲しいのだが」
「——それは」
アリシアの父親が、愚図った態度を見せる。
(やはり教えてはくれぬか。信用されてないからな)
村の加護を担う”結界”は、住民の生命線である。もし結界がなかったら、魔物たちに村を破壊されていただろう。
だからこそ、その仕組みを他者に開示するという事は、その情報を掴んだ者に手綱を握らせるということ。
村の命を背負う村長が、テュランの願いに否定的な雰囲気を醸し出すのも理にかなった行動であった。
(やはり娘を人質に取るか……その方が早いかもしれん)
又もや、テュランの心に悪魔のささやきが現れた。
と、その時。
「村長さん、村長さん! 南側の結界が破れたって!!!」
突然、汚れたシャツを着た太っちょの中年男性が、青白い表情をしながら家に駆けこんできた。
そのおじさんは、「ぜぇぜぇ」と息を乱しながら、藁にも縋る想いで村長にしがみ付く。
「どないした? 大丈夫か?」
「お、俺は平気だ。それよりも……南側の結界が壊されたんだ!!!」
「け、結界がッ?!」
村長は驚嘆した。
その様子から察するに、結界の突破は前代未聞の事態らしい。
(あの結界を破ったのか……かなりの実力者だな)
テュランの好奇心が、肥大化していく。
自分をも拒んだあの強力な結界を破壊したのは誰なのか。
胸のうちから湧き上がってくる「正体を突きとめたい」という衝動が、テュランを動かした。
「分かった。取り敢えず現場に向かおう」
「オレも行く」
「えっ?」
村長は目を丸くしてテュランを見た。
驚き満ちた顔である。だが、テュランに構うほど村長には余裕がない。
娘のアリシアと、そしてテュランとともに、結界が破壊されたと噂されている現場にまで直行するのだった。
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