第5話 茶髪の娘

 草原のうえに、茶髪の少女がいた。

 太陽のように輝くルビーの瞳には、涙が溢れている。その少女は数名の男に襲われている最中だった。


 彼女は必死に手を伸ばす。掠れた声で助けを呼びながら。



「たっ……たすけ、て」



 少女はテュランを見て、必死に声を掛ける。

 だが彼の興味を惹いたのは、彼女の安否ではなく「情報収集」だった。



「オマエらに一つ訊きたい、中央諸国のバルティエはどこだ? オレを案内しろ」


「んだてめぇ! 何者だ?」



 少女を襲う男たちが、剣から鞘を抜く。



「やっちまぇ!」



 慌てた様子で男たちがテュランに斬りかかる。

 もし彼の話をまともに聞いていたら、この人たちは死なずに済んだのかもしれない。

 しかし、もう遅かった。

 繰り出された刃は、テュランの常人離れした皮膚に阻まれ折れてしまった。



「な、なにが——」

「まずはオマエから」



 驚く暇もなく、男はテュランに蹴り飛ばされた。

 研ぎ澄まされたその一撃は、男の溝内に入る。男は泡を吹き、無様に白目を曝け出した。



「ちょ、ちょっと待っ――」



 残りの男たちは、その姿を見て狼狽えた。握られた刀には力が入っていない。


 テュランはその隙を見逃さなかった。


 刹那にして彼らの間合いに侵入すると、相手の両腕を圧殺した。ぐちゃぐちゃに捻り潰された手首から、大量の鮮血が噴き出る。パニックになった男たちは「ギャヤヤヤヤヤ」と悲鳴を上げながら、その場を立ち去ろうとした。


 ところが次の瞬間――。



「がッッ!」



 テュランに背を向けた男たちは、苦しそうに声を漏らしながら地面に倒れた。

 口、鼻、目、耳、などの穴からドロドロと血液が体外へ流れていく。

 彼らは、白目になりながら苦しそうに喘ぎ声を出すが、指先が小刻みに震えるだけであった。


 テュランは彼らの心臓を、遠隔で潰したのである。風船を圧縮して萎ませるように、奴らの体内で膨れ上がる臓器や血管を刹那に破壊したのだった。


 彼らにトドメを刺す際、本来ならば全身を潰すハズだったが、女のまえで人体を潰すのは後味が悪いとテュランは思った。というのも、テュランはこの女から情報を訊き出そうと考えたので、あまりにも残虐非道な姿を見せると後々面倒な事態になると邪推したのである。



「貴様、喋れるか?」



 猫のように体を縮こませる少女に声を掛ける。

 彼女の腰まで伸びた茶髪は、男たちの乱暴によって痛んでいた。

 未だ肩を震わせる彼女であったが、その恐怖を振り払ってテュランの質問に答えてくれた。



「は、はい……あ、ありがとうございます。た、助かりました」


「そうか。ならば貴様に問うぞ、中央諸国にあるバルティエはどこだ?」



 クローバーが住むとされる中央諸国の都市、バルティエ。

 当分の彼の目標は、バルティエであった。もちろん、最終的な目標は「転生者」を倒すことである。だが、テュランは物事を長期で見る男だった。自分がしたいことよりも、やらねばならぬことを優先する。



「バ、バルティエですか? バルティエは……えーと……海を渡り、大陸を横断して——」


「よい」



 テュランは少女の言葉を遮った。



(あのメスガキめ……なぜバルティエの近くに俺を封印しなかった? 海を渡る? かなり長い旅路になりそうだ。計画を変更しよう)



 捻りだして考えた結果、テュランはバルティエ行きを一旦保留にした。

 それよりも、この世界に慣れることを優先した。

 クローバーからこの世界の実態について聴いてはいるものの、決して多くを知ったわけではない。

 そのため、まずは人の街へ出向くことを目標とした。



「近くに街はないか? 

ずっと山で生活していたもんで、人に会いたい」


「そういうことなら……私の村を訪ねませんか?」



(このガキの村か……まぁ、いいか。面倒だったら村人全員殺せばいい)



「いいだろう。では案内してくれ」


「は、はい……」



 テュランの返事を聞いて、立ち上がろうとしたとき、少女が訝しげに自身の足を摩った。



「どうした?」


「い、いや……実は」



 気まずそうに座る少女を見て、テュランは事の事態を察した。つい数分前、男たちに襲われていた彼女は、いくら助けてもらったとはいえ、あの時の「恐怖」が肉体に染み込んでいたのである。腰や足に力が入らない。


 よく見ると、未だに肩を震わせている。

 テュランは、蔑むような目で少女を見た。



(雑魚ガキめぇ……)



 テュランには、弱者を重んじる心がない。故に、「思いやり」や「同情」などの感情も湧いてくるはずがないのであった。

 一瞬、テュランはこの娘を殺そうかと考えた。だが、少女の村を拝見せずに終わってしまうのは勿体ないと結論付けたので、直ちに方向性を変える。



「手を出せ、ゆっくりでいい」



 彼女が少しづつでもいいから歩けるように、テュランはゆっくりと手を伸ばした。唯一、テュランが女であれば少女の警戒心や恐怖も半減されていたかもしれないが、やはり少女は怖かった。


 でも彼の手に触れた瞬間、敵意がないことを感じ取り、少女は安堵した。



「では村へ案内してくれ。足元には注意しろよ。あと、座りたいときは遠慮するな」


「は、はい」



 少女が怯えないように、優しく手を握りながら緩やかなスピードで草原を歩いていく。


 なぜかジーッと見つめてくる少女の視線にテュランが気づくはずもなく、テュランはまだ見ぬ農村に想いを馳せるのだった。


 




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