死者の再利用
三鹿ショート
死者の再利用
この世を去ったはずの人間が目の前に現われれば、誰であろうとも驚くだろう。
だが、相手が幽霊ではなく、肉体を持っているのならば、恐れることはない。
何故なら、相手の生命を奪った人間は、私であるからだ。
一度殺めた人間を再び殺めることになるとは想像もしていなかったが、同じことを繰り返せば良いだけの話である。
近くに転がっていた酒瓶で相手を殴り、倒れた相手に馬乗りになると、酒瓶の破片を首に押しつけていく。
身体の内側に吸い込まれていく破片を見つめていると、不意に、相手の身体から力が抜けた。
抜け殻のように動くことが無くなったものの、私が手を止めることはない。
再び私の前に現われることが無いようにするために、手足と首を切断した後、身体を切り刻むと、塵袋に入れていく。
そして、それらを山奥に埋め、海に放棄し、近所の塵捨て場に捨てた。
仕事を終え、自宅に戻ったところで、家の前に一人の女性が立っていることに気が付いた。
彼女は私を認めると、苦笑しながら近付いてきた。
そして、馴れ馴れしい様子で私の肩に手を置くと、
「自分が殺めた人間を前にすると、ほとんどの人間は驚き、自身の罪を告白していましたが、あなたのような反応は初めてでした」
一体、彼女は何を言っているのだろうか。
私が首を傾げると、彼女は己を指差しながら、
「先ほどあなたが捨ててきた女性の身体を操っていたのは、私なのです」
やはり、何を言っているのか、私には分からなかった。
***
いわく、彼女は己の精神を別の肉体に移すことができるらしい。
しかし、誰でも良いというわけではなく、相手がこの世を去っていることが条件だということだった。
「肉体は単なる容器です。相手が生きていると、その容器は一杯であるために、私の精神が入り込む余地はありません。ですが、相手がこの世を去っているのならば、話は異なります。死者の肉体に入り、その肉体を操ることができるようになるのですが、当然ながら、既に肉体を失った死者や、骨と化した死者を操ることは不可能なのです」
にわかには信じがたい話だが、実際に私が殺めた人間を操っていたことを考えると、彼女の言葉は真実なのだろう。
だが、何故そのようなことをするのだろうか。
私が問いを発すると、彼女は親指と人差し指で円を作りながら、
「死者との知り合いの中には、相手に対して罪悪感を覚えている人間も存在しています。私がその死者の肉体を操ってその知り合いの前に出れば、恨みを持っているために現われたのだろうと恐れ、聞いてもいない己の罪を告白することがあるのです。私の目的は、その件を公のものとしないことを条件に、金銭を受け取るということなのですが、失敗したのは、あなたが初めてです」
彼女は私に対して頭を下げると、
「正直に話した理由は、あなたに黙っていてほしいためです。勿論、無料でなどとは言いません。受け取った金銭を分けることに対して、私は何の抵抗もありませんから」
彼女は私の立場が上だと思っているらしいが、私が死体を捨てたことを知っているということを思えば、私もまた脅迫されたとしてもおかしくはない立場である。
しかし、彼女はそのことに気が付いていないらしい。
初めて反撃をされたことが、それほどまでに驚きだったのだろうか。
それならばと、私は彼女の申し出を受け入れることにした。
***
時には彼女の脅迫を手伝うこともあったが、基本的には働く必要が無いほどの金銭を、私は彼女から受け取っていた。
同じ時間を過ごすことも多くなったためか、何時しか私と彼女は一線を越えた。
恋人というほどの関係ではないが、他の人間よりも優先するような関係と化している。
かつては彼女との未来を想像することもあったが、今ではそれを受け入れることができなかった。
何故なら、彼女という人間が、段々と変化していったからだ。
最初は、食べ物の好みが変化したというような些細なものだったが、私の記憶に無い旅行の思い出や、彼女には存在していないはずの姉や弟の話をするようになると、いよいよ異常事態だと考えるようになった。
彼女は肉体を単なる容器だと告げていたが、実際は肉体にもまた、わずかではあるがその人間の記憶が残っていたのではないか。
記憶が残っている肉体に多く入ったことで、何時しか彼女という人間の記憶が、死者によって侵食されるようになったのではないか。
その推測が正しければ、何時の日か、自分が殺められているときの記憶に触れることで、私を加害者だと勘違いし、寝込みを襲ってくるという可能性も、否定することができない。
可能性が生まれてしまったのならば、黙っている場合ではなかった。
私は、彼女が他の肉体に移動しているうちに、彼女の手足を切断した。
だが、彼女が状況を知っては困るために、布団で肉体を隠しておいた。
やがて、仕事を終えた彼女が己の肉体に戻ってくると、即座に悲鳴を発した。
手足を切断されたことによる激痛が一気に襲ってきたことを思えば、当然の反応だろう。
彼女は私に対して疑問の声と、責めるような声を発するが、私は構うことなく、弱っていく彼女を見つめ続ける。
段々と、彼女の声が小さくなっていき、やがて、動くことがなくなった。
彼女が精神を移動させるために必要な距離は知っている。
その範囲には死体が存在していないために、彼女はこの世を去ったということなのだろう。
珍しい人間を失ったことは残念だが、己の身の安全を考えれば、仕方の無いことである。
彼女の死体を処理したことによる安心感からか、その日は良く眠ることができた。
しかし、目覚めた私は、奇妙な光景を目にした。
空中に漂っている私が、動いている私の肉体を目にしているのである。
未だに夢を見ているのだろうかと思っていると、動いている私は空中の私を見上げると、口元を緩めた。
「どうやら、生きている相手の肉体を奪うことができるようになったようです」
それが誰の言葉なのか、私は即座に理解した。
死者の再利用 三鹿ショート @mijikashort
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