第三話 襲撃

船上から客室へと移動してきた雪華と円。ここへ来る間も腕を組みべったりとくっついたままだった。

少し歩きづらさを感じたものの別に嫌な気分はしなかった。


むしろ今まで会いに行くどころか連絡すらとっていなかったのに、こんなにも喜んでくれるとは……。

雪華は申し訳なさと嬉しさ、ほんの少々の照れくささを感じた。


『ここが円の部屋か~、クルーズ船とは違うけどなかなか豪華だね!』

「別に休めれば何でも良い、それより雪華、久しぶりなんじゃから言うことがあるじゃろ!最後に会ってから何億年経ったと思うておる!」

『いやいや億まで経ってたら骨どころか土になってるよ!』

 

やはりその話になるかと思ったが、ボケをかましてくるところを見るとそこまで怒っているというわけではないようで安堵した。


「会いにも来ぬ、連絡もよこさぬ、寂しかったぞ!」

 

ハムスターの頬袋のようにプクーと膨らませるのが可愛くて仕方ない。


『ごめんね、色々とあってさ……、一度八瀬の家に戻ったんだけど、今は特別警務部隊で女中してるの。』

「それはも知っておるのか?」

 

円の言うとはきっと水月院すいげついん家のことだろう。

 

水月院は氏にある通り、五行陰陽道の中でも「水」を扱う能力に長けている家系で、藤江家と同じく元は皇族から派生した一族である。


「水」があるのだからもちろん「木・火・土・金」を司る一族も存在する。

 

雪華は幼い頃からその水月院家で修行やら何やらと沢山お世話になっている、というより育ててもらったと言っても過言ではないのだ。


『知ってるっていうか、多分だけどそこからの指示か何かあって警務部隊の女中になったんだと思う。』

 

おそらくそうだと、何となくだが勘づいていた。中央警務局長だけの判断で派遣が決まるわけない。

特別警務部隊はそれなりに国の重要機関にあたるのだからさらにその上からの命令じゃなければ簡単に入ることなんてできないだろう。

加えて自分自身の身元について隠蔽工作すらされていることもある。


「それならまぁ、納得はしないが仕方ないのぅ。きっと大寿郎おおじゅろう殿が朝廷の者たちに無理言ったのじゃろうな。」

 

大寿郎は水月院家現当主、御年七十三歳だが今でも若い者たちに負けないほどの強さを誇っている。

負けないほどというより勝てる者はいないと言われているのでほぼ化け物だ。


『おおじじ様に言われたら誰も逆らえないもんね。口で勝てるのなんていないよ。』

 

帝やその側近たちをあーだこーだと言いくるめている姿を想像してか、仕方がないと笑う二人。

 

だが雪華はそんな帝ですら対応に困るほどの人物にとても可愛がってもらっていた。

他の子供たちの中でも一番に。

それもあって彼女だけは尊敬と愛を込めておおじじ様と呼んでいる。


「あの者たちは何も知らんのじゃろ?」

『警務部隊の人たちのこと?何も知らないよ、色々戸籍とか調べてたけど八瀬家のことだけしかわからないようになってたよ。』

「勝手に調べるなどちょっといやらしくないか?気に食わぬ!」

 

円はやはり警務部隊が好きではないようだ。


『まぁ国の安全に関わる組織だから、身元調査は仕方ないよ。』

「……わらわのとこに来れば良いのに……。」

 

どうやら円は自分の側に雪華を置きたかったようで、彼女のことをよく知りもしない人間に近づいてほしくないと思っていのだ。

ただの独占欲とヤキモチである。


『ふふ、やっぱり!ヤキモチ妬いてたんだね!』

 

ここへ来る前の樋口たちへの態度や、べったりとくっついて離れない様子でわかってはいた。

「だって、わらわの方が先に出会って、共に過ごした時間も長いし、雪華のことはよく知っておる……。」

 

口をギュッと結び少しばかり潤んだ目を逸らす。

雪華はそんな仕草が可愛くて頬をツンツンと突いた。


『ねぇ円、今までもこれから先も私は……』

 

円の両手を優しく握り、あやすように柔らかい声と笑顔で何かを伝えようとしたその時……


——ドォン! ゴゴゴゴ


どこからか大きな爆発音が聞こえ、船が少々揺れるほどだがビリビリとした衝撃も伝わってきた。




一方で、雪華と円が楽しんでいる間、船上では警護の配置や後の予定を確認していた。

 

円の利用する客室前、そこまでへの通路や入り口等、円に近い所に関しては藤江家側で用意した者たちが警護をし、船上や海上の見張り、船内を警務部隊が交代で巡回しながら警護をすることになっている。

 

翔悟が配置通りになっているか巡回をしているのだが、そこに榊枝も付いてきた。

 

彼は藤江家の護衛筆頭のようで同じように巡回をするつもりらしいが、おそらく警務部隊、もしくは同じような人種に感じたのか翔悟と交流を深めようと試みているようにも見える。


「織田様は第一番部隊長でいらっしゃるとか。」

「様はやめてください、織田とか翔悟でいいです。」

「では翔悟さんと。」

「はい。」

 

自分よりも位の高い人間に様付けされるのは居心地が悪い。

それにこちらも出来ればコネクションを築いておきたいのだ、距離をとってしまうとやりづらい。


(とはいえ、どうすっかねぇ。雪華の周りのことから探り入れてみるか……。いや、やっぱ本人から聞いたほうがいいか。)

 

話題をどうするか思案していると、今はここに居なくていいはずの人物が声を掛けてきた。


「巡回に私も同行して良いでしょうか?」

 

丁寧な口調で話しかけてきた男は樋口だった。


「樋口殿、まだ交代の時間ではないはずですが、良いのですか?」

「えぇ、色々と話したいことなどもありますので。」


彼の色々と話したいこととはおそらく雪華のことだろう。


「でしたら一緒にお話でもしましょう。」

「急な申し出ですのにありがとうございます。」

「樋口殿、そう畏まらずに気楽に話しましょう。此度の件だけでなくこれからもお世話になることもあるでしょうし、何より個人的に仲良くなりたいのです。恥ずかしながら、実は私同年代で同性の友人が居ないもので・・・」

 

クスリと自嘲じみた笑みを溢す榊枝の気持ちを汲み、お堅い雰囲気を解いたいつも通りの樋口に戻る。


「そういうことであれば。」

「はい、お願いします。して、色々とお話したいことは?」

 

おそらく樋口の話したいことは雪華のことだろうと翔悟は予測していたのだが、榊枝も何となく同じように感じていたらしく彼から会話を促してくれた。


「単刀直入に聞きたい、円様と雪華は幼馴染だと言っていたが雪華は結局どういう立場なんだ?」


(わー、樋口さんド直球だなー。さすがデリカシーのねぇヤロウだ。)

 

心の中でも馬鹿にしている翔悟だが、自分も同じことを聞き出そうと考えてしまっていたので二人の会話の邪魔をしないようにする。


「アイツに陰陽師なのか聞いた時はそんなもんだと曖昧な答えだったが、正直今まで見てきた陰陽寮の奴らとは比べ物にならないほどの強さだ。」

 

榊枝はとりあえずただ樋口の話を黙って聞いている。


「式神に饕餮を使役していた。調べたらあの妖怪は何でも喰らい尽くして飢饉を起こせてしまうほどの魔獣だ。そんじょそこらの陰陽師が従わせるのは不可能だろう、一体何者なんだ?円様が幼い頃から側に居たなら知ってるんだろ?」

 

少し興奮気味に強めな口調になっている。

それとは対照的にゆっくりとした落ち着いた口調で榊枝が口を開く。


「そうですね。おっしゃる通りで、円様だけでなく雪華殿の幼少の頃も知っています。ですがそれは……」

 

歩を止め榊枝が樋口に真っ直ぐ向き直った時、

 

——ドォン! ゴゴゴゴ

 

大きな爆発音が三人の耳に入ってきた。


「何だ!?」

「何かが爆発したようです!榊枝殿!」

「すぐに円様の元へ行かなければ!」

 

三人は急ぎ彼女たちの元へ向かった。




あの大きな爆発音と衝撃の後、雪華と円は男たちに囲まれながら移動していた。


(こいつら円の護衛についてた奴らじゃん。)

 

大切なことを伝えようと思ったのにそれどころではなくなってしまい、何が起きたのか確認を取ろうとしていた時、円の客室に鶯色の装束を身に纏った男たちがぞろぞろと無断で入ってきたのだ。


初めは護衛のためにやって来たと思ったが少々おかしな雰囲気が流れていた。


「こちらへ。さもなくば命の保証は無い。」

 

何とも無機質で感情のない話し方がいっそう不穏にさせた。


そのまま円と共に連れられ今に至る。

周りにいる者たちは終始無言で何も伺うことができない。


(円は……。)

 

緊迫した状況で円の様子が気になったが、人の表情などはあまりよく見えない暗い場所だ。


ただ、今通過している場所は大きな機械が立ち並んでいて、おそらく機関室や発電機室辺りのように思える。

機械音と自分と円、取り囲む男たちの衣擦れの音だけが聞こえる。

 

雪華はだんだんこの静けさが気持ち悪くなっていった。


『ねぇ、どこへ行くの?』

「……。」

『もしもーし、聞こえますかぁ~?』

 

一瞬こちらを横目で見たがすぐに前を向き雪華を無視している。


(態度はよくないけど乱暴な感じではないね。一体何が目的だろう?)


巫女様の誘拐?身代金?

いや、そもそもだが誘拐などするなら船が出航する前、合流前にいくらでもチャンスはあるだろう。


(事件を起こして人が慌てふためくのを見て楽しみたいとか?)

 

いや、そんな常軌を逸したような様子は見られない。

それなりに大きな爆発を起こしたにしては何というのか、とても落ち着いて物静かという言葉が当てはまる。

やはりムカムカとする気持ち悪さがある。


(何だろう、やってることがチグハグな気がする……目的は何だ?)

 

ここで色々と突っついて探ることもできるが、あまり刺激して円の身に何か起きても困る。

辛うじて表情が見えたが何の反応もなく、先ほどからあまりにも大人しいので心配なのだ。

とにかく今は様子を見ることにした。


きっと翔悟や樋口、榊枝もこの異常事態に既に動いているはず。

とにかく今は皆と会えるまで私も大人しくしよう。……何より勝手に動くと樋口さんグチグチうるさいもんな。めんどくさ。)

 

命の危機より樋口の小言の方が堪えるのだろうか。

真面目なのかテキトーなのか、円様を預けて良かったのだろうか……。




「樋口さん、どうやらこの非常階段から機関室側に向かって行ったようだぜ。」

「そのまま進むとどこが出やすいんだ?」

「おそらく甲板に上がるのではと、機関室を通って行ったのであれば船の前方へ進みやすいですし、甲板に出るハッチが一番広く造られています。」

 

樋口は榊枝が船内の構造についてこれほど知っているとは、と少々驚いた。


「これでも側近ですから、円様に関わる全てを把握するのは当然かと。」

 

デキる側近だ。警務部隊に欲しいほど。


榊枝の情報を元に隊員たちに連絡をとり自分たちも甲板へ向かった。


「ちょっと心配ですね。」

「円様なら一応雪華がついてる。」

「だからですよ。確かに雪華殿はとても真面目な方で結構頼りがいのある方です。ですが、こちらが思いもよらない突拍子もないことをしでかすではありませんか。」


((……確かに。))


「翔悟急ぐぞ。」

「はい、円様の御身が心配です。」




「へっクショイ!ふぇっクショイ!!」


(誰かに噂されてる?きっと心配してくれてるんだろうなぁ……へへ、私は大丈夫だよみんな!!)

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