第二話 合流

一面がキラキラと輝いている。碧いガラスの中に入った小さな宝石たちが反射しているようだ。

空からは鳥の鳴き声が降ってきている。

雪華はその声につられ上を見上げると、大きな白い帆が風に揺れているのを見ておぉーっと感嘆の声を洩らした。


「船は初めてか?」

 

先程から船上をあちこちと動き回っている彼女に翔悟が近づき声をかけてくる。


『船は乗ったことあるけどこんなおっきいのは初めて!楽しい!』

 

まるで遊園地に来たかのようにはしゃぐ姿に彼も自然と口角が上がる。


「そりゃ良かったね、お上の人がわざわざ海外から買ったらしいぜ、この船。」

『そうなの?めっっっちゃ高そうじゃん、どんだけお金持ちなのその人。』

「個人で購入するかよ。国の金庫開けてるに決まってんだろ。」

 

会話が聞こえてきたのか樋口がツッコんでくるが、簡単に国庫情報をバラしてもいいのだろうか……。本来なら機密情報にあたるはず。


「樋口さーん、それは一応マル秘ですよー。」

「何がマル秘だ。どう見たって個人で買える規模じゃねぇだろ。ったく、こんなことのためにわざわざ国民の税金使うなんてよ。」

『え、今回の任務のためだけに?嘘だよね?』

 

雪華は信じらんないと目を丸くし、一応冗談だよねと笑ってはいるが口元を引きつらせながら聞いた。


「……」

「……」

 

翔悟は何も言わず額に手を当て上空遥か彼方を見渡し、樋口は何も言わず額に手を当て海上遥か彼方を見渡している。

無言の肯定というやつか。雪華は目を細めたウーパールーパーのような、何とも言えない顔で薄ら笑いをするしかなかった。


(私の税金がこれか……。国庫管理部の人たちは脳みその代わりにう○こでも詰まってるのかな……。)

『トイレットペーパーに包んで流されればいいのに……。』

「「え?」」

『ううん、なんでもない!』

 

思わず漏れた本音に二人が反応するが、心の中で思っていることをそのまま言ってしまったら不敬罪にでもされそうなので笑顔を取り繕って知らないふりをする。


『そんなアホな国の話より、いつになったらこの船着くの?』

((アホ……。))


彼女の不遜な言葉に反応しそうになったがいちいちツッコミを入れると長くなるのでここは聞かなかったことにする。というより、正直彼女の思っていることは正しいと思う。


濱杉はますぎ辺りで合流予定だったんだがそこより少し手前の方の港で合流するらしい。」

『え、じゃあなんとか湖とか見れないの!?』

濱谷はまや湖な。つーか観光じゃねぇんだからそんなもん見てる暇もねぇぞ。」

『えー、じゃぁ今野さんたちのお土産どこで買えばいいのー?』

 

仕事であって観光ではない。残っている今野たちのはしゃぎっぷりを思い出してムカムカとしてきたのでお土産なんて無しでいいだろう。


「そんなもんいらん。俺たちはただ任務を遂行すればいいんだよ。」

 

えーつまんなーいとまだブツクサ文句を言っている雪華を放っておいて合流地点について見直しをする。


「そういや本来の地点より手前と言ってましたけどどこになるんですか?」

 

翔悟も変更された内容について詳細は知らないようで樋口に確認をとる。


御後崎ごうごさき港だな。ヤシの木がめちゃくちゃあるらしいぞ。そこで海鮮料理が食いたいとなったんだとよ。」

「ヤシの木に海鮮料理ですか、南国気分で随分お気楽なようですね。」

 

翔悟の言う通り、あちら側が観光気分のようだ。

樋口も後から知らされたのだが、巫女様がわざわざ京から下るのは今後の国の予見について帝と談義するためらしい。

国の未来についての重要な場になるのにこれほど緊張感が無いのも如何なものだろうか。


「さほど重い内容はないということだろうな。」

「ん?」

「いや、なんでもねぇ。」

 

何もないならそれはそれで良い。無事に終わるに越したことはない。


『あ!ねぇねぇ、もしかしてあそこかな?なんか港っぽい!』

 

雪華が船の先を指している。そこには他の船も停泊しているようだ。

『この船より大きいのなんてないね!さすが税金の宝船!』

「お前それ御一行の前で言うなよ、俺らの首が飛ぶ。」

『は~い。』

 

このアホならポロッと喋ってしまいかねない。不敬罪を背負わされそうなので今のうちに釘を刺しておく。


「で、その御一行はどこにいらっしゃるんですかね~?」

 

翔悟が船上からそれらしき影を探すが見つからない。


「あー、今は十三時二十分、合流時間の十分前だな。」

 

東京を出たのが十二時頃、少しゆっくり目にここまで来たが約束の時間前には到着できた。

それにも関わらず姿が無いのは未だ観光でも続けてるのか、何か問題があったのか。前者であって欲しい。

 

少々不安に思っていると、

『ん、なんかそれっぽいの来たよ。』

 

ちょんちょんと樋口の袖を雪華が軽く引っ張って伝えてくる。


「……巫女様にそれとかこれとか言うなよ。」

『も~いちいち口うるさいな~、かぁちゃんか。』

 

こいつ……と少々イラッとしたが、ここで騒いだりなんだりすると特別警務部隊の威信に関わるので我慢をする。


「下に降りてお出迎えしますよ、かぁちゃん。」

「誰がかぁちゃんだ!」

『し~っ、樋口さんはしゃいじゃダメですよ!』

(こいつら後で覚えてろ……)

 

後ろでニヤニヤしている二人を睨みつけ、何もなかったかのように船を降り、班を連れ出迎える。

そして巫女様御一行の前に雪華を除き全ての人間が片膝を立て跪き、樋口が代表して恭しく口上を述べる。


「本日は遠路はるばるご足労いただきありがとうございます。此度、藤江 円様の護衛を拝命いたしました、特別警務部隊にございます。私は班の代表樋口悠次郎と……」

 

長々と重々しくあれこれと挨拶を続けていると、何とも心地よい鈴を転がすような声が樋口の言葉を遮った。


「雪華!久しぶりじゃのう!」

 

その声の主は今ここで一番偉い御方、円様だ。そしてその一番偉い御方は膝をつく人々の間を抜け、なぜだろうか、ここで一番一般人である雪華に駆け寄り抱きついているではないか。


(((……は?)))

『円!久しぶりだね!』

「ほんに、何年振りじゃろうか!なかなか会いに来ぬではないか!」

『ごめんごめん、ちょっと色々と忙しくて……』

「忘れられたのかと寂しかったぞ!」

『そんなわけないじゃん!』

 

まるで時が止まったかのようにただ呆然とその不思議な光景を見つめる隊員たち。

流石にこの状況には頭が追いつかないのか、珍しく目を見開いて驚いている翔悟。

そして何とかこのおかしな場を必死に飲み込もうと、眉間にギュッと皺を寄せながら目を瞑り深く息を吐く樋口。


「円様、護衛隊員の方達の衆目がありますよ。そのような行動はお控えください。」

 

混沌とした空気の中を水が流れるような涼やかで、落ち着きのある声が通る。

平安時代の衣冠をもう少し軽くしたような服装で他のお付きたちが皆鶯色の中、一人だけ孔雀の羽のように冴えた青色を纏っている男が巫女様を軽く嗜める。


「何じゃ榊枝さかきはいちいち口うるさいの~、まるで母様のようじゃ。」

 

今度は目を伏目がちで優しそうな雰囲気から一転、能面のように感情の無さそうなにっこり顔で不気味なほど優しい声で嗜める。


「お着物をまた汚されるおつもりですか?」

 

むぅっと小さな子供のように頬を膨らませ、唇を尖らせながら紫色の袴をぎゅっと握りいじける円を見て眉をハの字にして雪華が笑っている。


『榊枝さんも相変わらずお元気そうでよかったです。』

「雪華殿も。久しく見ない間に少々大人っぽくなったように感じますね。」

『え!?本当?どの辺?やっぱりおっぱ……』

「あ、何も変わって無いですね。」

『ちょっと!失礼しちゃうわ!』

 

雪華も頬をプクーっと膨らませ唇を尖らせる。フグ二匹いっちょ上がりだ。

何だか一部だけで和気藹々とした雰囲気になっているところ、樋口がやっとのこと声を掛けてきた。


「あの、ちょっと状況がイマイチ飲み込めないんですが……」

 

能面のような表情から柔和な笑顔になった彼は自己紹介を始めた。


「これは大変失礼いたしました。私 榊枝さかき と申します。円様が幼少のみぎりよりお世話と教育、またそば近くでお仕えし護衛も努めて参りました。」

 

円たち一行の護衛隊長のようだ。樋口たちに丁寧にお辞儀をする。


「そうでしたか、今回、特別警務部隊の副隊長である私樋口と、左手にいる第一部隊長の織田、隊内でも腕の立つ者十五名で巫女様の護衛を務めさせていただきます。」

 

樋口と翔悟、隊員たちも丁寧にお辞儀をする。


「どうぞよろしくお願いいたします。」

 

お互い何者かわかったところで、誰もが気になっているであろうこと、というよりもうそれしか目に入ってこないだろうという程、未だにいちゃついているおなごたち二人について翔悟が質問をする。


「あのすいませんけどお宅の巫女さんとうちのアホ娘は一体どういった関係で?」

 

何とも不躾な聞き方に、樋口が思わずぶちかましそうになる。目が血走り鼻がヒクヒクと引き攣り、前歯をギリギリと歯軋りさせている。


「あぁ、ウチのお子ちゃまなアホ巫女さんとお宅の少々下品なアホ娘は幼馴染なんです。」

(さらに酷くなったー!!!!!)

「いや言い過ぎ言い過ぎ!アンタそれでも側近!?」

 

思わず樋口がツッコむ。


「これは失礼いたしました。つい本音と日頃の鬱憤が。笑」

 

あははと笑う彼はとっつきにくい堅物なのかと思ったが、意外とノリもよく面白い人間のようだ。翔悟と気が合いそうに見える。


「あーわかりますわかります。」

『おいこら何か失礼なこと話してるだろ。』

 

談笑する三人の間に雪華と円が割って入ってくる。

 

久しぶりに会えたのがそれほど嬉しかったのか円はもうべったりくっついている。


「円様、そろそろ御出立になりますのでお部屋の方に移動しましょう。」

「うむ、雪華も共に来るのじゃ!」

「いえ、雪華殿は護衛の者たちと共に……」

「いやじゃ!雪華はわらわと居たいじゃろ?のう?」

 

ギューっと抱きしめたまま雪華に確認をとる。円の方が十センチ程背丈が低いので少し上目遣いで拗ねている小さな子のように見えとても可愛い。

 

隊舎内ではどちらかというと子供っぽい扱いの雪華も、円の前では妹を甘やかすお姉さんのようにふやけた表情になっていた。


『榊枝さんここは私に任せてもらってもいいですか?円のことなら私が守ります。』


ね?と円の目を見てニコリと微笑む。円の顔がプレゼントを貰った子供のようにパッと明るくなった。


「いいじゃろ榊枝?」

 

幼い頃から互いをよく知っている二人だ、このまま任せてしまっても不安は無い。おそらく数年振りに会うから二人きりで話したいことも沢山あるのだろう。

 

榊枝も流石にここで邪魔をするほど野暮な男ではない。

結局今日も円のわがままを許すことになる。


「はぁ……、畏まりました。雪華殿、申し訳ないのですが円様のわがままにお付き合いください。」

「わがまま言うな!」

『ふふ、私も一緒に居たかったんでうれしいですよ。』

「雪華……」

 

円の瞳がチワワのようにうるうるとする。

そしてそのまま円専用の居室へ下がろうとした時、雪華が榊枝にコソッと耳打ちをした。


『あの、隊のみんなには私の家のことは言わないでもらえたら……』

「畏まりました。私から勝手に話したりはしないのでご安心ください。」

 

彼女のお願いに快く頷くと今回の依頼主である円から皆に激励の言葉でも掛けてもらおうと言葉を促した。


「では円様、皆様に激励のお言葉をお願い致します。」

「あ、そうじゃ、警務部隊だったかの、何だかよう知らぬがお前たちはわらわの部屋には立ち入ってはならぬ。よいな。ふんっ。」

 

樋口や翔悟らに強い口調で命じ、気に食わない様子で鼻を鳴らし、雪華と腕を組み歩いて行った。激励もへったくれもない、とんでもなく敵視しているではないか。


((え、何かスゲー嫌われてる……?))

 

その様子を見ていた榊枝が謝罪をする。


「申し訳ございません、三歳児だと思ってどうかお許しください。」

((三歳児……))

「いや、まぁ俺らがどうのこうの言える立場じゃないんで……むしろこちらが不快な思いさせてたら申し訳ない。」

 

もしかしたら何か失礼なことをした可能性もあるので樋口も一応謝罪をした。


「いえ、そのようなことは無いですよ。むしろあんなお子ちゃまに腹を立てずに頭を下げるだなんて……、今回の件を任せて良かったと私は感じておりますよ。」

「ありがとうございます。」

 

榊枝が眉尻を下げて少々困ったような顔で笑うものだから、樋口も仕方ないと笑顔で返す。


「では、此度我々特別警務部隊、計十五名で巫女様の警護を務めさせていただきますのでどうぞよろしくお願い致します。」

「こちらこそよろしくお願い致します。」

 

何とかこれで任務を遂行できそうだ。

少々不穏なところはあるが何とかなるだろう、いやなってくれと樋口は願うばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る