第四話 改めて

火車事件からしばらく経ったある日。

四人の男が膝を突き合わせて何やら深刻そうな顔をして談義していた。 


「……一応樋口さんに言われた通り調べたのですが……。」

 

この重々しい空気の中、更に気まずそうな雰囲気で各々の顔を伺う隠密部隊長の中西。

 

そして四人の前に“極秘”とたった一言のみ記載された書類が有り、全員がそこに視線を落としていた。


「ん~、情報がこれしか無いのもなぁ……。」

 

普段は笑顔ばかりの今野も眉間に皺を寄せ唸っている。


「お前ちゃんと調べたのか?まさかサボってたんじゃねーよな?ん?」

 

中西をジロリと鋭い目線で突き刺す樋口。


「ちゃんとやりましたよ、でも本当にこれしかなかったんですぅ!この書類だって手に入れるのなかなか苦労したんですよ!」

 

ぷくりとむくれながら言い返す中西は少し童顔寄りなので可愛く見える。

その隣で二枚綴りの書類をペラリと捲り静かに内容を確認している翔悟。表情が全く読めない。


「“八瀬雪華 養女 養父:八瀬昭宏 養母:八瀬菜津子” 弟:刹帆”  ふーん、養子なんですねぇアイツ。」

 

翔悟が読み上げたのは雪華の戸籍事項だ。

あまり人様の家庭事情や出生について勝手に覗き見るのは良くないが、やはり雪華に関しては不可解な点が多い。

どうやら今回の事件での彼女の行動や能力を受け、詳細な情報を元に処遇をどうするか話し合うつもりのようだ。


「そもそもなんですけど、雇う時に面接やら何やら行ったのは誰なんですか?」

 

翔悟の問いに三人が顔を見合わせた。


「俺は何も知らねぇぞ。今野さんから急に言われたからな。」

 

樋口の言葉に二人の視線も一匹のゴリ……今野に集まる。


「いやぁ……それがなぁ……」

 

頭の後ろをポリポリと掻きながら言葉を濁している。


「何だ?何かあるならはっきり言ってくれ。」

「う~ん……。口止めされてるんだよなぁ。」

「口止めって誰にですか?何で口止めされてるんですか?」

 

樋口と翔悟に問い詰められ、ゴリラが縮こまってとても小さく見える。子ゴリラだ。


「正直俺も詳しいことは本当に何も知らないんだが、上からの頼みでなぁ。」

「上からって言うと警察官吏省ですか?」

 

中西の言う警察官吏省とは国内の警務に関わる全てを司っている一番上の機関である。


「いやいや!!そんなに上からじゃぁ俺でなんて請け負えないよ!いや、まぁ多分間接的には関わっているとは思うが。」

「じゃあ中央警務局ですね。しかも今野さんに直接頼むってことはおやっさんでしょうね。」

「まぁそう言うことだ。」


翔悟の推測通りのようで今野も素直に認め困ったように笑っている。

 

ちなみに警務局とは官吏省の一つ下の部局で各地域に配置されている。

中央は国の中心にあり上へ行くと北、下へ行くと南警務局が存在し、更にその各警務局から警務部隊や見廻部隊が派生している。

 

今野ら特別警務部隊は中央からのみ設立されているので北や南、東西には存在しない。

 

そして翔悟の言うおやっさんとは中央警務局のトップ、警務局長 杉上すぎうえ 隆盛たかもり のことで、何かと特別警務部隊を目にかけ引き立ててくれるので皆からおやっさんという愛称で親しまれている。


その中でも今野や樋口、翔悟ら三人は職務とは関係ない所でも付き合いがあり、個人で頼まれごとをされたり呑みに連れて行ってもらうなどもしているのだ。


「おやっさんの頼みごとなんて厄介なことが多いだろ。大丈夫なのか?」

「う~ん……俺も詳しいことはほんと何も知らないんだよなぁ。なんか知り合いに頼まれたからよろしく!って。」

「おやっさんの知り合いなんてどうせ碌でもねぇ奴でしょうよ。」

「こら翔悟!あれでも中央警務局長なの!そんなこと言っちゃダメ!」

 

呆れる翔悟にめっと注意する今野だが、他二人も同意見のようで小さくため息をついている。


「まぁとにかくだ、中西がどれだけ調べても雪華に関する書類がこれしか出てこないのは、おそらくだがおやっさんとその知り合いとやらが何かしら手を打って情報が回らないように止めてるってことだろうよ。」

「つまりその知り合いっていう方は結構な権力者ってことですか?」

「だろうな。」


樋口も中西も少し懸念している。

今野は指をイジイジとしながら、二人の顔を不安気に、そしてすまなそうに眉を八の字にしながらチラチラと見ている。


重い空気が流れる。


「でも今回の事件、アイツのおかげで解決したも同然でしょう。俺も樋口さんも命救われたようなもんじゃないですか?」

 

翔悟が沈黙を破り樋口を真っ直ぐに見つめている。


「それに俺たちの職務的にかなり役立つ能力でもあると思います。」

 

そうなのだ。正直に言うと喉から手が出るほど欲しい人材なのである。

今までの現場では陰陽師たちが現場に来るまで、場繋ぎとはいえ難局を凌ぐために、隊員達にもかなり無理をさせてしまっている。

 

だが雪華が加わればどうだろうか。別に陰陽師を待たなくても問題は解決できるし、そこに割く人員だって減らすことができる。

時間を無駄にせず負担を軽減できるなんてこんな美味しいことは無い。

無いのだが、問題がいくつか出てきてしまう。


「仮に雪華を加えたとして扱いはどうするんだ?一般人だぞ。世間から見たらただの若い娘さんだ。それにここでは隊員でもなく女中として雇ってるんだ。そんな人間連れ歩いてホイホイ事件解決して周ったら悪目立ちするし、上に目をつけられたら始末書なんかじゃ済まねぇだろう。最悪ここがお取り潰しになる。」

 

樋口の問いかけに翔悟は少し得意げな顔をしている。


「それなら、事件解決後の指導をしてもらうっていう形に収めりゃ良いでしょう。あくまで試験的という形ですし、こちらが全てを引き受けるという訳ではありませんからね。陰陽師の方々も負担が軽減されるのではと提案すればきっと頷きますよ。自分たちが得すればそれで良い人たちですからね。」

 

うむ、確かに翔悟の提案内容はなかなか良いと思える。

さすが、屁理屈や言い訳をさせればピカイチなだけはある。


この案なら任務遂行がスムーズになるし、陰陽寮の方も結局はお偉い位置さえ崩されなければ納得がいくだろう。

 

樋口は腕組みをして少し思案している。


「でも簡単に意見が通るでしょうか?俺たちは特別に任務を与えられているいうことだけでも元々かなり疎まれてますよ。」

 

中西も心配そうな顔で問う。


「それこそおやっさんの知り合いに頼めば良いじゃねぇか。中央機関である俺らのところに簡単に人を入れられちまうぐらいだ。かなり上の方にも顔がきかねぇとそんなこと出来ねぇだろ?ま、ものは試しってやつだ。ダメなら他の手を考えりゃ良い。」

 

翔悟の考えには今野も樋口も納得の様子だ。


「よし!それなら早速おやっさんに頼んでみるか!あ、それと、家のことや家族のことは本人が話してくれるまで追及しないこと!いいな!!」

 

今野が気合を入れ手のひらをパンッと軽く叩き樋口や中西も目を合わせ頷いていると、翔悟は不意に立ち上がり障子を開けて誰かに話しかけた。


「こういうことだ。よかったな。」

 

話しかけられたその人はまさか立ち聞きがバレているとは思わず、慌ててその場を離れようと走り出し、勢いよく転んだ。

顔面からしっかりと倒れたものだからおでこをゴツんと床にぶつけている。


「わー!雪華ちゃん大丈夫!?」

 

後ろから今野と中西が慌てて駆け寄ってくる。


「どこか怪我とか、あ、おでこ赤くなっちゃってるね、冷やさないと!」

 

中西が支えて体を起こしてくれ赤くなったおでこを確認する。

 

雪華は恥ずかしいのと、立ち聞きがバレていたのとで目をキョロキョロさせている。

 

樋口は軽く息を吐き、アホだなというような目で見ている。だが普段のような鋭い冷たさは感じず、むしろ優しい温かさを含んでいるように思える。

 

翔悟は雪華の前に回り込み、目線を合わせてしゃがむとピンと腫れたおでこを軽く弾いた。


『いたっ、何するの!』

 

むぅっと頬を膨らませ上目遣いで怒る彼女に、ふっと笑いかける。


「追い出されねぇか不安だったんだろ。」

 

図星だったようで少し目を見開いている。


「追い出すわけねぇだろ。こんな美味しい人材逃すなんてバカなことあるかよ。これからビシバシ働いてもらうからからな。」

 

樋口がニヤリと笑う。


「こらこらゆうじ!女の子をコキ使おうだなんてダメだぞ!すまんな雪華ちゃん、俺らの仕事を少し手伝ってもらったりとかあるかもしれねぇ、任務内容によっては危険なこともあるかもしれねぇがここに居てくれないか?」

 

今野は優しい微笑みを浮かべて話しかける。


『……良いんですか?本当に?』

「もちろんだ!それにどんなに危険なことがあっても俺らが守るよ。だから頼む!」

 

手のひらを擦り合わせ軽く頭を下げながら、お願いお願いと頼んでくる。

そんな姿に雪華はクスッと笑みをこぼす。


『しょうがないですねぇ~、今野さんがどうしてもって言うならお手伝いしますよ!』

「マジでか!?ありがとうな!やったー!」

 

よっしゃー!と喜び、興奮のあまり自分のシャツを破こうとするゴリラを樋口が必死に抑える。


「アホかやめろ!公然猥褻罪になる!」

「ウッホーーーー!!」

「ドラミングするな!ゴリラか!中西手伝え、止めろ!」

 

そんな様子を翔悟と二人で笑いながら見ている。


「晴れて正式にうちの一員になれるってことだね。よろしく祓い屋さん。」

『ふふっ、祓い屋さん?何それ。』

「陰陽師だと仰々しすぎるだろ。それに女中も兼任で何でも屋みたいじゃねぇか。」

『確かにそうだね、それなら私にどーんと任せなさい!』

 

雪華はえっへんと得意げに胸を張る。


「頼んだぜ。」

『うん!じゃあ……改めてよろしくだね!』

 

少し照れくさそうに、はにかみながら手を差し出し握手を求めた。

 

包み込む彼の手は優しく、とても暖かかった。

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