早朝のカフェ

向井みの

第1話 早朝のカフェ



 早朝からカフェに行ったのだ。寝起きのうす闇、カフェの店内は特に暗くないのだが、寝起きというだけで世界はうす闇に覆われてはいないか?


 カフェの店主が私に勧める席を考えている間、私はぼうっと突っ立っていた。気を抜くと眠ってしまいそうなのだ。あー、こんな時タバコ吸ったら最高なのになとつま先をむずむずさせる。家から近いというだけでやってきたこのカフェは禁煙だ。


 すぐ隣から、2人の女がくっちゃべる声が聞こえて来て、おかげで瞼は下りなかった。片方は店員、もう片方は席についた常連のようだ。店員と客という垣根がぐにゃぐにゃになって、楽しげにくっちゃべっている。

「ほら、美咲ちゃん。もう時間でしょ?早く学校行かないと」

「うぅ、嫌だよう、行きたくないよう」

 毛量が多く長い、やや茶色がかった地毛を後頭部でもっさりしばった常連の女は美咲というらしい。ふーん、あなたも美咲っていうんだ。大して驚かないよ、私たちの世代に美咲って名前は多いもの。保育園で「美咲ちゃん」と呼ばれて、私以外にも振り向く女の子が3人はいたもの。驚かないよ。


 気がつくと、私は常連の女と向かい合って立っていた。席についてコーヒーだかココアだかを飲んでいる女を、立って見下ろすように。すると常連の美咲が照れたようにはにかんで、

「これから料理教室なんです」

 と言った。うーん、会話が始まってしまった。私は寝起きのうす闇の中で、あなたと目が合っているのかすらわからないのに。

「そうですか。朝からやっている料理教室とは、珍しいですね」

 私の返答に常連の美咲はフフフと笑う。肩を上下して、ついぞ私がしてこなかった可愛い笑い方をする。やれ困ったなと目を伏せた時、店主が私を「こちらへどうぞ」と呼んだ。私がふり向くと同時に、視界の隅で常連の美咲が席を立ち、軽やかにカフェを出て行った。たっぷり荷物の入ったクリーム色のトートバックを肩にかけていた。カッコつけてポケットに財布をねじ込み、手ぶらでやってきた私とは似ても似つかない。


 私の名前も美咲といいますと言ったら、常連の美咲はバツグンの反応を見せるだろうな。おお怖い、言わなくてよかった。

 奥まった和室に通された。四畳のスペースの個室、座布団と黒い文机がある。犬のような美咲は入口に近いイスとテーブルの席で、トカゲのような美咲は和室か、なるほど。トカゲ気分と早朝のうすら寒さが相まって、私はコーヒーをそのまま頼んだ。そのままのコーヒーが一番安いんだ。卓上に備えられたミルクの個数をいちにいさんし・・数えて安心。


 店主が和室を出て行く。早朝のうす闇うすら寒さに、静かにトンと引き戸を閉める音が鳴った。


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早朝のカフェ 向井みの @mumukai30

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