第3話【繋】
与太2
【繋】
「あなたはあなたのままでいい」ことに気がつくのが本物の関係への近道よ
水無昭善
第三章【繋】
「白波」
「・・・・・・」
「交代するよ」
「ん。林人と大地は?」
「家で留守番させてる。だから早く帰ってあげて。2人ともちゃんと眠れてない感じだから一緒に寝るといいよ」
「・・・お前は?」
「俺は平気。この辺で適当に寝れるし」
「わかった」
星羅に名前を呼ばれ目を覚ました白波は、まだ目を覚まさない調を見る。
ただそこに横たわる調に、一抹の不安を抱える。
「・・・大丈夫だよ。兄貴なら」
「・・・そうだな」
「ほら、早く帰って」
星羅から鍵を受け取ると、白波は今見るにはあまりにも眩しすぎる朝日に目を細める。
家に帰ると林人が泣きながら玄関に走ってきて、白波は林人を抱きよせて背中をぽんぽんと叩く。
調がすれば簡単に泣きやむのに、自分ではどうも上手くいかないと思いながらも、しばらくすると落ち着いたのか、林人は白波に抱きついたまま寝てしまった。
靴を脱いで林人を抱っこし中に入れば、そこには正座してじっとしている大地がいる。
白波の方を見るその目は、泣くことはなくても何かに耐えているように揺れている。
「大地もこっちおいで。ちょっと横になろう」
いつもより弱々しい白波の声に、大地は一度頷くと大人しく寝床についてくる。
林人を横にさせその隣に白波が寝ると、大地は定位置に横になろうとしたため、白波は大地を自分の方に引っ張る。
「大地、こっちおいで。兄貴がいなくてお前だって不安だろ。俺も同じだ。だから一緒に寝よう」
そう言えば、大地はまた一度頷き、白波のパジャマをぎゅっと掴む。
林人と大地の背中を両手でそれぞれぽんぽんと叩いていると、そのうち2人とも寝てしまい、白波も徐々に眠くなってきて目を閉じる。
大地は、昔から動物に好かれていた。
さらに動物と話せることもあってか、近所にいる動物たちにしょっちゅう話しかけていた。
だからなのか、不審そうな目を向けられることも当然あった。
「なにあの子。さっきからずっと犬に話しかけてるわよ」
「この前なんてカラスに話しかけてたわ」
「変な子ね」
「一緒に遊ばせたくないわ」
「障害者かしら」
などと言われることもあったが、あまり気にしてはいなかった。
「大地―帰るぞー」
テテテ、と小走りに走ってきた大地の手を握ると、調は今日はどんな動物と話したのかなど聞いてきた。
「ただいまー」
「おかえり」
家に帰ると、林人がテレビにくぎ付けになっていた。
「!!!」
しかし、一瞬にして大地の顔が険しくなり、それに気付いた調はチャンネルを替える。
「あー!僕が見てたのに!」
「ごめんな林人。兄ちゃんどうしてもこのお笑いが見たいんだ」
「いいよ!楽しいもん!」
「ありがとな」
テレビに映る動物たちの声も聞こえてくるようで、楽しいものなら良いのだが、密猟や人間の食料となる映像などになると、大地はぐ、と唇を強く噛みしめる。
白波と星羅はそういったテレビを見ないようにしているのだが、まだ林人はわからないため、こうしてチャンネルを替えたり、調が大地を抱っこして寝床へ避難したりしていた。
「林人、明日の幼稚園の準備したのか?」
「してない!」
「嘘を吐かねえのは偉いけどな。兄ちゃん何て言った?」
「明日の幼稚園はお休み!」
「それ数日前のやつな。水筒は?出したか?お知らせノートはどうした?」
「あのね、いっぱいお絵かきしたんだよ!」
そう言って、林人は自慢気に親と先生の間で連絡を取り合うお知らせノートを見せてきた。
「おっと・・・。こりゃまた盛大に描いたな。これなんだ?かまぼこ?」
「かにかまぼこ!兄ちゃん惜しい!」
「林人と感性似てんのかな、俺」
「この場合、林人が兄貴に似たんだと思うよ」
白波が冷静にそう突っ込んだ隣で、大地はせっせと自分の準備をしている。
その様子を見て、調が大地の方に寄っていって胡坐をかきながらそこに頬杖をつき眺める。
「大地のこの几帳面なのは誰に似たんだ?」
「俺だろうね」
「星羅、お前自分が几帳面だと思ってんのか。大きな間違いだぞ」
「兄貴と白波と俺だったら、一番几帳面なのは俺でしょ」
「お前のどこが几帳面なんだよ」
「ちゃんと靴並べるし物を定位置に置くし洗濯だって綺麗に畳んでるよ」
「でも俺の読んでた本が落ちても拾わねぇだろ」
「白波のだから」
「は?」
「あ?」
「お前らのそういうところを見て大地が自己学習したんだろうなぁ・・・」
調は呑気にそんなことを言いながら、林人よりも早く準備を終えた大地の頭を撫でる。
それを見て、林人は自分も頭を撫でてほしかったのか、倍速のような動きで準備を終わらせる。
その動きがあまりにも面白くて、それと同時に可愛くて、調は自分の口元を手で覆って笑いを堪えていた。
林人がまだ準備をしている間に、大地は調の膝の上に座る。
「ずるい!僕も抱っこ!」
泣きそうな顔をしながら、林人は急いで準備をすると、大地がそこをどくまで待っていたのだが、大地が一向にどかないため、目をうるうるさせながら調を見る。
調は頬を膨らませ笑わないように気をつけながら、大地に少し場所をずらすよう伝えると、大地は大人しく言う事を聞く。
開いたスペースに来るよう林人に伝えれば、林人はぱあっ、と顔を輝かせて調に抱きつく。
「兄ちゃん!今度のお遊戯会来てくれるでしょ?!」
「兄者、オレのも」
「あ、そっか。お遊戯会な。行く行く。いつだっけ?」
「明日!」
「わお。今度とかいう言葉に騙された俺が愚かだった」
と言いつつ、調は2人のお遊戯会にちゃんと参加するのだ。
「林人、あれは何の役だったんだ?」
「ふんころがし!」
「立派なふんころがしだったぞ。微動だにせず。堂々としたもんだった」
「へへへ」
林人が気になってしまい、何のお話しだったのかはわからなかった。
大地は大地で何も喋らない銅像の役だったらしく、2人とも見事に台詞は無かったのだが、調はずっと褒めていた。
「大地、片方の腕ずっと自由の女神くらいあげてたけど疲れなかったか?」
「疲れた」
「だろうな。ほれこっち来い。兄ちゃんが直々にもみもみしてやっから」
調は胡坐をかくとそこに大地を呼び、大地の小さくてむにむにした腕をマッサージしていく。
「・・・・・・やべ、すげー気持ち良いんだけど」
「兄貴が癒されてどうすんの」
「子供体温やべー。俺もうこのまま寝れそうなんだけどどうするよ」
「知らないよ。眠いなら寝れば」
そんなことも日常茶飯事であった。
ある日、大地を迎えに行くと大地はとても暗い顔をしていた。
白波に林人と風呂に入るよう伝えると、調は大地と2人で風呂に入る。
「大地」
鼻の下まで湯に浸り、ぶくぶくと泡を出して遊んでいる大地に声をかける。
「幼稚園で何かあったか?」
「・・・・・・」
「何か言われたか?」
調の言葉に、大地は顔を横に振る。
「じゃあ、体調でも悪いか?」
それにも顔を左右に動かす。
ならどうしたのかと思っていると、大地はまっすぐ調を見てくる。
「兄者」
「ん?」
「人間と動物の命は違うの?」
「・・・・・・」
意外な、というほど意外ではないのだが、大地がそういうことを言うとは思っていなった調は、少しだけ驚いたような表情を見せるが、すぐに笑う。
大地の頭に手を置きながら、こう答える。
「大地はどう思う?」
「・・・オレは、みんな、同じだと思ってる。みんな、生きたいって思ってて、死んじゃうのは悲しい。痛いのも嫌だ」
「なら、同じだ」
「・・・兄者は?」
大地にしては珍しく不安そうな顔をしているため、調は数回瞬きをしたあと前髪をかきあげる。
「俺も同じだと思う。けど、そう思ってねぇ奴らが多いことも確かだな」
「・・・どうして?」
「人間を特別な存在だと思いこんでんだ。一番強いと思って、一番偉いと思って、一番尊いと思ってな。ただのサイコ野郎もいるだろうけど」
「サイコ?」
「んー、まあ、そこはいい。とにかく、世の中には色んな奴がいるんだ。色んな環境で生まれて、育って、それぞれ違う景色を見て、違う思考や価値観を持つ。だけど自分と違う思想を持った人間を受け入れたり、認めたり、理解することがまだ出来てない。だから、動物の命を軽視するような奴もまたいる」
「・・・・・・難しい」
「ははは。そうだな。まあ、大地は大地が思ったように生きてみろ。もし間違ってたら兄ちゃんが注意してやっから」
「うん」
なんだか少しこの場の空気を緩くしたくて、調は手をお湯につけてぴゅっと大地の顔にお湯を飛ばす。
すると大地はどうやってやるのか聞いてきて、調はまだ小さい大地の手を掴みながら一緒に風呂場で遊んでいた。
「で、逆上せたわけ」
「悪い・・・」
「まったく何してるの」
お風呂からあがるとバタン!と大きめの音がして、星羅が風呂場へ向かうと調が床に倒れていた。
大地は立った状態で遊んでいたためか平気だったのだが、調は思いっきり逆上せてしまったようだ。
星羅は調をソファまでざっくり運ぶと、水を手渡す。
「あー、やべぇ」
「白波、大ちゃんの着替え手伝ってあげて」
「じゃあ星羅、林人のトイレ手伝ってやれ」
「大ちゃん、こっちおいでー。パジャマ着ようねー」
林人のトイレより大地の着替えを選択した星羅は、暴れることもしない大地に、前以て用意しておいたパジャマを着せていく。
どうしても林人のトイレが嫌というわけではないのだが、林人と一緒にトイレに入って林人が用を足している間、じーーーーっと林人はこちらを見てくるのだ。
調と白波は特に気にしていないのだが、星羅はまだ慣れないらしい。
じゃー、とトイレを流す音が聞こえて来たかと思うと、林人はまだソファで横になっている調のもとまで一直線に向かって行く。
「兄ちゃん!でかいの出た!」
「良かったな。よくその小せぇ身体に大物潜ませてたな」
「林人、手ぇ洗え」
「はーい」
「え、なに、林人もしかして洗ってねぇ手で俺の髪触ったわけ?林人―、手ぇ洗ったら兄ちゃんとこ来い。説教だ」
「はーい」
説教の意味がわかっているのかいないのか、林人はまだ手がびちゃびちゃな状態で調のもとへと戻ってきた。
洗ってきたことは分かったため、調は上半身を起すと林人の身体をひょいっと持ちあげて自分の膝の上に乗せる。
「いつも言ってるだろ。トイレの後はちゃんと手ぇ洗うんだぞって。お前いっつも用足し終わると自分のケツ触る癖あんだから」
「ケツだって!兄ちゃんケツって言った!へへへへ」
「こいつめ」
まったくもって説教されている様子のない林人は調の言葉にニコニコしている。
調はそんな林人の腹を後ろからむにむにして「おしおきだ」と言っていた。
ケタケタ笑っている林人の近くへ、星羅にパジャマを着せてもらった大地が近づいて行くと、大地は林人のことをじーっと見ていた。
「どうした大地」
「兄者、オレもお説教される」
何も言ってこない大地に調が声をかけると、大地は自分もお説教されると言ってきた。
あれはじゃれてるだけでお説教ではないぞ、と教えたかった白波と星羅だが、大地の真剣な眼差しに何も言えなかった。
「よしよし。待ってろ」
そう言って調は林人を膝から下ろすのだが、林人はまだむにむにしてほしいらしく、再び調の膝に乗ろうとしたため、白波が林人を抱っこして連れ去る。
「林人はこっちに来て星羅から正式なお説教だ」
「やだー!!!!!」
その隙に大地は調の膝に乗ると、調は先程と同じように大地の腹をむにむにと触りだす。
林人ほどはしゃぐことはないのだが、それでも大地は表情を緩めて楽しそうにしていた。
「林くん、トイレっていう場所はね、みんなが排泄物を扱う場所であって、とっても不衛生な場所なんだよ。しかもそこで林くんは自分のケツを触るという行為をしていて、これもとても不衛生な行動でね」
淡々と星羅から説教を受けている林人は、星羅の前でちゃんと正座をさせられているのだが、口を一文字に結びながら涙目になってプルプルしている。
1分もせずに林人は調たちに助けを求めるようにうるうるさせた目を向ける。
それからすぐ、調は笑いながら言う。
「星羅、その辺にしといてやれ」
「・・・兄貴甘いよ」
「お前だって林人くらいの時、トイレから出てきて素っ裸で走り回ってたときあったぞ」
「・・・・・・」
「兄ちゃん!!怖かった!!!」
「よしよし。でもトイレ出たらちゃんと手ぇ洗うんだぞ。約束な」
「わかった!!」
まだ大地が調の膝にいるというのに、林人は調にダイブする。
思わず林人の脚が大地に当たりそうになり、調は大地と林人の間に自分の手を入れて阻止した。
「林人あぶねぇ」
「兄ちゃん!お菓子食べたい!」
「星羅に聞いてみ」
「・・・・・・」
“星羅”という単語を聞くと、林人は眉を下げながらそっと星羅のほうを見る。
星羅はため息を吐きながら「いいよ」と小さく答えると、林人は丁度冷蔵庫を開けていた白波の脚にしがみつき、棚の上に置いてあるお菓子を取ってくれと頼む。
白波は適当にその中からお菓子を取って林人に手渡すと、大地にも渡すように伝えてもう1つお菓子を渡した。
そして大地と一緒に調の膝に座りながらお菓子を食べる。
「・・・俺は椅子なの?」
翌日、大地を幼稚園まで迎えに行った調。
少し早く着いてしまい、特に声かけをすることもなくしばらく様子を見ていた。
すると、大地は友達の方をじっと見ていた。
一緒に遊びたいのだろうかと思ってそちらを見ると、そこには、蟻を見つけるたびに指で簡単に潰している子供や、かまきりを捕まえると手足を引き千切っている子供がいた。
大地は目を強く瞑り、両耳を塞ぐ。
調はすぐに敷地内に入って行き、大地を抱っこする。
「あ、大地君のお兄さん」
「兄ちゃんだ!」
「ありがとうございました。林人帰るぞ」
早足でそこから離れると、少ししたとき、後ろから林人の声が聞こえてくる。
「兄ちゃん待ってぇえぇえ!!!」
「林人、ごめんな」
短い足で出来る限り調の後ろを追ってきた林人だが、結構な差がついてしまっていた。
調は林人に謝ると、林人は肩で息をしながらも大地のことを見てなにか感じたようだ。
「大地具合悪いの?」
「・・・ああ、そうだな」
気付けば、大地のリュックを林人が自分の分と一緒に持っていたため、調は2人分のリュックを持とうと林人に手を差し出すが、林人は「大丈夫!」と言って放さなかった。
「ありがとな、林人」
にぱ、と笑いながら、抱っこしてとせがむこともなく調の隣を歩いていく。
家に着くと星羅が制服のまま玄関まで来る。
大地の様子に気付いたのか、星羅は林人の手からまずはリュックを受け取ると、林人を連れてリビングに向かう。
調は器用に抱っこしたまま大地の靴を脱がせると、そのまま寝床に行って寝床の扉を閉める。
「林人おかえり」
「白兄ただいま!」
「白波、林くんの着替えと風呂掃除と夕飯の準備どれやる」
「・・・林人の着替え」
「珍しいね」
「今日は大人しい気がする」
「じゃあ着替えさせたらうどんでも茹でておいて」
「おうどんだー!!!やったー!!!!」
うどんがそんなに嬉しいのか、林人は終始ずっとニコニコしていた。
思っていたよりも大人しくしていた林人の着替えが終わると、白波は林人にテレビを見せておいて、その間にうどんを茹でる。
しばらくして星羅が風呂掃除を終えて戻ってくる。
「・・・大ちゃん大丈夫かな」
「まあ、兄貴がついてるから」
その頃、調は胡坐をかいてずっと大地を抱っこしたまま背中を摩っていた。
未だ目を瞑り両耳を塞いでいる大地は、身体を小刻みに震わせながら、身体を出来るだけ丸めて調に隠れるようにしている。
なかなか寝床から調と大地が出てこないため、白波と星羅、そして林人は先にご飯を食べて就寝する準備をする。
8時を回ったころ、調が1人で寝床から出て来た。
「大地寝たの?」
「おう。もう部屋入っても大丈夫だ」
「・・・幼稚園で何かあったの?」
白波の問いかけに、調は水道水をコップに注いで椅子に座りながら答える。
「んー、まあ、なんてーか、ほら、あのくいらの子供って、残酷なことも平気でするからよ」
「大地優しいからな」
「お前らみんな良い子に育って兄ちゃん嬉しいよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
調の言葉に、白波も星羅も口を紡ぐ。
調はそのまま水を飲み干すと、風呂に入ると言って着替えの準備をしてから風呂場へ向かった。
林人がうとうととし始めたため、星羅は林人を抱っこして寝床へ連れて行く。
横にした林人のほっぺを数回むにむにと触ったあと、星羅は静かに扉をしめるとグレープジュースをよそって椅子に座る。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
数分間、2人とも何も話さずにいたのだが、欠伸をした星羅が椅子から立ち上がり、コップを洗いながら口を開く。
「兄貴のお陰かな」
そうボソッと呟けば、聞いているのかいないのか分からなかった白波は、頬杖をついたまま、同じようにボソッと呟く。
「だな」
翌日、無理に幼稚園に行かなくても良いと大地に伝えたが、大地は首を横に動かした。
林人と一緒に幼稚園まで送り届けると、調は大地が教室に入るまで、教室に入ってからも少しだけ様子を見ていた。
「あ、帰ってきた」
「そりゃ帰ってくるだろ」
「今日は1日大ちゃんを見てるのかと思ってた」
「見てても飽きねえだろうけど。兄ちゃん不審者で捕まるよ」
「林人が五月蠅そう。兄貴のことずっと呼び続けるよ、きっと」
「そりゃまた近所迷惑だな」
「早めに迎えに行くでしょ?」
「そのつもりー」
生活に必要な物を買いに行って、弁当の仕込みやらご飯の用意やらをして、洗濯したり掃除をある程度してれば、あっという間に迎えに時間になる。
いつもより少し早めに家を出て幼稚園へ向かうと、同じように早めに迎えに来ている親たちが待っている。
時間になって林人と大地が出てくるのを待っていると、珍しい光景があった。
「・・・・・・」
思わずぽかん、と口を開けてしまった調が見たものは、林人が大地の手を握って調のもとまでテトテトと歩いてくる姿だった。
「やべ。チョー可愛いんだけど」
と調が言っていたことなど知らないだろう。
「兄ちゃん!」
「どうした林人」
両膝を曲げて林人と大地を迎えると、2人の頭を撫でる。
「大地がね、兄ちゃんにお願いがあるんだって」
「?お願い?」
そもそも林人と大地が手を繋ぐなど、買い物に行くときなど、どうしても調の手が片方ふさがってしまうときにさせているくらいで、こうして自主的にというか、それ以外で手を繋ぐなどほぼない。
「(ていうか、林人がお兄ちゃんしてる)」
調がそのような失礼なことを思ってしまうのも無理はないのだ。
「なんだ、大地?」
「・・・・・・」
言いにくいのか恥ずかしいのか、大地は林人の手をぎゅっと握って少し下を向いている。
目の前の珍しい光景に、調は大地の言葉を静かに待つ。
すると、林人が大地の手を優しくクイクイと引っ張る。
「大地、兄ちゃんが教えてって言ってる」
「・・・・・・」
「・・・大地、家帰ってからにするか?」
「・・・・・・」
すると、なんということでしょう。
大地が林人の後ろに隠れるように顔を埋めてしまい、それを見てまた調は発狂しそうになる。
なんとか叫び声を抑えると、林人が調の方を向いてこう言った。
「兄ちゃん!帰ろ!お腹空いた!」
「・・・そうだな。よし。ひとまず帰るか。大地、言えるときでいいからな」
「・・・・・・」
未だ大地は林人の手を握ったままのため、調は林人の手を握って家に帰ろうとする。
だが、なぜか大地は歩こうとしない。
林人も大地の方を見て首を傾げる。
そのとき、とても小さい声で、蚊の鳴くような声で、ようやく大地が顔をあげて口を開く。
「兄者・・・」
「なんだ?」
「・・・助けて、あげたい」
「・・・・・・」
大地の目には涙が溜まり始め、ぎゅっと林人の手を握ったまま、口を一度横に強く結ぶ。
調は急かすこともなく、大地の言葉を待とうとするも、林人は事情を知っているようで調に思い出したように言う。
「猫だ!」
「猫?」
「うん!あのね!幼稚園にいた猫がね、すごく細くてね、泥だらけでね、痛そうだったの!大地ね、ずっとお水あげてた!」
「・・・・・・」
どうやら、幼稚園の敷地内に迷い込んだ猫がいるようで、棄てられたのか迷子なのか、とにかくその猫のことらしい。
「大地」
「・・・助けてあげたい・・・」
やっとのことで振り絞った大地の言葉に、調はニッと笑って大地の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
そして大地と視線を交わらせる。
「任せとけ」
両膝に手をついて立ち上がった調だが、林人が自分の頭を調に突き出してきたため、林人の頭も同じようにワシャワシャと撫でた。
「で、猫を連れて帰ってきたわけ」
「だってよ、林人と大地が手ぇ繋いでんの。チョー可愛いんだけど。チョー癒されんだけど。なんなの?なんでこんなに可愛いわけ?なんでこのミニマムたちは俺に癒しを与えてくれるわけ?」
「猫の話してるんだけど」
「しょうがねぇじゃん。弟のお願いを聞いてやるのが兄ちゃんだろ。だって可愛いんだもの。ずっと林人の手握ってんの。あの大地が。あの大地がよ?林人の手をさ、この林人のだよ?手をずーっと握ってるわけ。このもみじ饅頭のような手がさ、もみじ饅頭の手を握ってるわけ。むにむにとむにむにがさ、最強タッグ組んだわけ。俺もうどうしていいかわかんない」
「わかった」
「白波、面倒臭いからって受け入れないでよ」
「しょうがねぇじゃん。兄貴だぞ。それに、確かに大地が林人の手を握るなんて10年に一度、いや、20年に一度あるかないかの大事件だ。もうどうでもいいよ。連れてきたもんはしょうがねぇもん」
「・・・兄貴に似てきたね」
「にゃんにゃんにゃーん♪大地よかったね!」
「うん」
「うわもう破壊的可愛さ。なにうちの子。こんなに可愛いともう外に出すの心配」
「兄貴、ここペット禁止じゃなかった?バレたらやばいよ」
林人と大地は連れて帰ってきた猫を撫でていた。
それを調は頬を緩ませて見ている。
そこに冷静に星羅が忠告するが、調は平然と返答する。
「大丈夫大丈夫。ちゃんと話してあっから」
「話したんだ」
「後々何か言われんの嫌だろ。飼い主探しもするからーって言っておいた」
「そういうところはちゃんとしてんだから」
「明日動物病院連れて行くわ」
「兄ちゃん!僕も行く!」
「オレも」
「お前ら幼稚園あるだろ。兄ちゃんに任せておけって」
少しだけムスッとした下2人だったが、その表情さえ可愛かったらしく調は悶絶していた。
大地は猫の方をじーっと見ると、普段は見せないような笑みを浮かべる。
それを見て、白波も星羅も思わず顔をほころばせる。
「な?可愛いだろ?」
2人の緩んだ顔を見てそう調に言われると、白波も星羅も視線を外す。
食事をして風呂も入り寝る準備をしていると、腰に手をあてて水を飲んでいる調のもとへ大地が近づいてくる。
「兄者」
「どした」
「猫と寝る」
「猫と?いいけどさすがにまだ寝床には連れていけねえぞ」
「うん。こっちで寝る」
そう言って、大地はソファを指さす。
「・・・わかった。じゃあ、兄ちゃんも一緒にこっちで寝るか」
「えー!!!大地いいなー!!!じゃあ僕もこっちで寝る!兄ちゃんと寝る!!」
「え、星羅と2人とか無理。俺もこっちで寝る」
「俺の方が無理だから」
1人で寝床に寝るのでも良かったが、結局、星羅も他と一緒にリビングで寝ることにした。
翌日、林人と大地を幼稚園まで送っていったあと、調は猫を病院へ連れて行く。
幸い病気などにはなっていなかったが、ワクチンを打って、ご飯もしっかり食べさせるよう言われた。
家に帰ると、白波と星羅で猫の飼い主を募集しているという紙を作成していた。
「兄ちゃん!猫は!」
「元気だぞ」
家に帰ってくるなりすぐに猫のもとへ向かう林人と大地。
それから2週間も経たずに飼い主になりたいという人が見つかり、猫の状態などを伝える。
それを聞いて寂しそうにしている大地。
「白波と星羅にも視てもらって、本当に猫が好きみたいだし。今も飼ってるみたいだし。安心だな」
「・・・・・・」
ずっと猫を撫でたまま何も喋らない大地の横で、調は両膝を曲げて不良座りの格好で大地の横顔を見つめる。
「大地」
「・・・・・・」
声をかけても黙ったままの大地だが、そこに林人が小走りで近づいてくる。
「良かったね!猫、家族見つかって!兄ちゃんもいるんでしょ!僕と一緒だ!」
「・・・・・・」
林人の言葉に、大地が反応する。
今飼っている猫がオスかメスかはわからないが、大地は調の方をちらっと見る。
無事新しい飼い主のもとへ猫が旅立つとき、猫は大地の方を見て鳴いた。
大地は少し驚いたような顔になったあと、まるで林人のように口を大きく開けて笑った。
「・・・・・・」
「林人何拗ねてんだよ」
「だって!ずっと大地が兄ちゃんのとこいるから!僕が抱っこしてもらえないんだもん!ずるい!」
「今日は譲ってやりな。林くんはお兄ちゃんだろ」
「僕ね、兄ちゃんのこと好きなんだよ!」
「知ってるよ」
家に帰ってきてからずっと、大地は調に抱っこしてもらっていた。
ずっとほっぺをむにむにとされているが、怒ることも何か言う事もなく、ただ調の温もりの中でじっとしている。
ふあああ、と調が欠伸をしたとき、大地は顔を動かすことなく調を呼ぶ。
「兄者」
「んー?」
「・・・ありがとう」
「・・・どういたしまして」
ほっぺを触っていた手を大地の頭へ移動させると、大地は小さく笑う。
「大地」
「なに?」
「あの猫、お前に『ありがとう』って言ってただろ」
「兄者も動物の声聞こえるの?」
大地の質問に、調は肩を揺らして笑う。
「聞こえなくてもな、わかるもんなんだよ」
「兄者すごい」
「だろ?兄ちゃんはすごいんだ。何でもわかるんだ」
ケタケタと笑いながらそんなことを言っていると、調の首に強い衝撃が走る。
「兄ちゃーーーーん!!!僕も!僕も抱っこしてーーー!!!!!頭ぽんぽんしてーー!!!!一緒に寝て!一緒にトイレ行って!一緒にご飯食べて!!!!」
「はいはい、わかったわかった。とりあえず兄ちゃんの首がイカれる前に抱っこしてやるからこっち来い」
調が首筋を摩っている間に、林人はにこにこしながら調の膝に勢いよく座った。
それをまた、恨めしそうに見ている弟たちがいることを、調は知っている。
「星羅、お兄ちゃんなんだから林人と大地に譲ってやれよ」
「・・・わかってるよ」
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