第2話【漣】

与太2

【漣】



  なみだは人間の作る一番小さな海です


            寺山修司






































 第二章【漣】




























 「白波!何があったんだよ!」


 「落ち着けって」


 「落ち着けるわけねぇだろ!!兄貴が事故ったってどういうことだよ!!」


 「まだ何も分からねえんだよ」


 「分からねえってなんだよ!!」


 「だから落ち着けって!!!!」


 お互いにハアハアと息を切らせながら、白波と星羅はにらみ合う。


 クン、と白波の服を引っ張る小さな力に気付き、白波は目線を下げる。


 そこには、不安そうな顔をしてこちらを見上げる小さな2つの顔があった。


 「兄ちゃんは?」


 「兄者、怪我した?」


 「・・・・・・」


 つい先ほど、白波のもとへ連絡があった。


 それは、耳を疑ってしまう内容で、白波は最初冗談かと思っていたほどだ。


 しかし伝わってくる緊迫した空気に、白波は慌てて星羅にも連絡を入れ、現在に至る。


 白波は林人と大地の頭を撫でながら膝を曲げて座ると、出来るだけいつもの感じで2人に話しかける。


 「大丈夫だ。兄貴はちょっと怪我しただけだ。すぐに良くなるよ」


 「・・・・・・」


 小さい弟たちにそう話している白波から、病室にいる調に目線を移す星羅。


 そこにいる調は、沢山の管に繋がれており、周りにはよくわからない機械も数台並び、医者や看護士たちもバタバタしている。


 調自慢の髪型も崩れており、ただただ、唇を噛みしめて見つめることしか出来ない。


 「あの」


 その時、スタッフだろうか、1人の女性が白波たちに近づいてきた。


 「遊意調さんのご家族の方ですか」


 「はい、そうです」


 「あの、これ」


 そう言って差し出されたのは、調がいつも持ち歩いている祖母からもらった数珠だった。


 数珠は罅割れており、ボロボロ崩れる箇所もあった。


 「ありがとうございます」


 白波がそれを受け取ると、スタッフは林人と大地にお菓子とジュースを渡してくれた。


 いつもなら林人と大地はすぐに食べ始めるのだが、元気なく受け取ると、ただただ白波と星羅の脚にしがみ付いて離れなかった。


 「・・・星羅、今日は俺ここに残るから、林人と大地連れて帰れ」


 「・・・わかった。明日は俺が代わるから。何かあったら連絡して」


 「ん」


 「兄ちゃん、今日は一緒に帰れない?」


 「そうだな。今日はちょっと難しいかな」


 「明日?」


 「んー、どうだろう」


 「いつ帰ってくる?」


 「・・・・・・」


 林人の質問に答えることが出来ないまま、星羅は家へと着く。


 1人病院に残った白波は、欠けてしまった数珠を握りしめながら、そこにいるのであろう祖母に祈るのだ。








 中学校に入学した白波は、なかなかクラスに馴染めずにいた。


 馴染めなかったというよりも、無理に馴染もうという考えもなかったし、なんなら1人の方が気楽だからいいや、という感じだった。


 ただ、周りのクラスメイトたちは、なぜかそんな白波を見て「1人で可哀想」という謎のレッテルを貼っていた。


 それを気にすることも無かった白波だが、だからといって勉強が好きなわけでもなく、運動が好きなわけでもなく、友達がいるわけでもないため、学校という鳥籠というのか牢獄にとでもいうのか、そこにいるだけで窮屈であって退屈だったのは確かだ。


 不満なわけではないのだが、ただつまらなかった。


 周りの同じくらいの年齢の子供たちは、感情豊かに怒ったり笑ったり泣いたりと、なんと忙しいんだろうと思っていたくらいだ。


 入学してすぐくらいの英語の授業で、ぽかぽか陽気に寝て下さいと言われて仕方なく寝ていた白波は、突如先生に指名されてしまった。


 寝ぼけ眼で顔をあげれば、黒板に書かれた単語の意味を答えろと言われた。


 「・・・わかりません」


 辞書を使って調べることもなく正直にそう言えば、先生はにっこり微笑みながら言う。


 「じゃあ辞書で調べてみようか」


 「なんで?」


 「え?」


 「なんでその単語の意味をわざわざ調べないといけないんですか」


 白波の質問に、先生だけでなくクラスメイト全員が呆気に取られる。


 英語の授業なのだからそんなの当然ではないかという顔を白波に向けてくるが、白波は先生が何も答えないためまた机に顔を伏して寝ようとした。


 慌てた様子の先生が、なんとか答えを探す。


 「これからこの単語を使った英文を訳していきます。そのためにもこの単語の意味や使い方を理解しないといけないんですよ」


 また寝ようとしていた白波の頭は、なんとか再び覚醒していく。


 教科書を開いて黒板にその内容を書き、単語の意味をひとつひとつ調べていき、最後に文章の意味を解き明かす。


 「・・・・・・」


 まだ開ききらない目で黒板を見ていた白波に、先生はまた笑みを向けながら優しく声をかける。


 「遊意くん、辞書持ってるよね?先生と一緒に調べてみようか」


 「・・・だから、なんで?」


 「え、だから」


 ここでようやく白波は上半身を起こし、自分に怪訝そうな顔を向けてくる先生を見つめながらため息を吐く。


 「文章を読むのに単語の意味を理解する。それくらいはわかってる。俺が聞いてるのは、なんでその文章を読む必要があるのかっていうこと。その文章を読めたからなんなの?ていうかそもそも日本人が日本語をまともに扱えていないのに日本語を学ぶ前に英語を学ぶってどうなの?確かに今後世界を目指す人にとっては必要かもしれないけど、まずは日本語をちゃんとマスターしないとじゃないの」


 「・・・・・・えと」


 「日本語って難しいらしくて、日本語での表現を英語とかに変換すると、っていうか変換自体が難しいらしくて、似てる言葉にしようと変換すると結構長くなるって。ただでさえちゃんと読めない人が続出してその読み方さえ正解にしましょう、っていう流れになってるのに、正しい日本語を学ぶ前に英語を学ぶってそれってどうなの?俺は世界で羽ばたく心算は一切ないし、道端で海外の人が話かけてきたとしても、交番に連れて行くとか解決策はあるわけだし。どうせなら道徳とか国語の時間をもっときっちり取った方が良いと思う」


 「・・・あ、そ、そうだね」


 言いたいことだけ言うと、白波はそのまま寝てしまった。


 クラスメイトたちがざわざわしていたことくらいは分かるが、そんなこと白波は興味がなかった。


 どの授業もつまらなくて、どの先生も形ばっかりで、白波はあまり学校に行かなくなった。


 「白波、休むの?」


 「うん。林人幼稚園に送って行ったら買い物して家に帰る」


 「わかった。兄貴―、行ってきます」


 「あいよー、いってらー」


 短い手足を必死に動かして幼稚園の制服を着た林人の頭に黄色い帽子を被せている間に、白波はリュックの中に水筒を入れる。


 大地を抱っこしながらその様子を見ていた調に、白波は首を傾げる。


 「何」


 「見てこれ。大地めちゃ大人しいんだけど。林人のときと全然違う」


 そう言いながら両膝を曲げる調は、抱っこしている大地のほっぺをむにむにしながら白波に言う。


 「学校行かねぇのか」


 「・・・行けっていうなら行くけど」


 「別に行かなくてもいいけど」


 「いいんだ」


 「いや、行かせる義務はあるけどな。学校がいかにつまらねぇかは俺も知ってっから」


 「・・・・・・」


 「小学校だってあれだろ?給食食いに行ってただけだろ?」


 「うん。わかめごはん好きだった」


 「まあ、なんか好きなことでも見つけて、やりたくなったらやりゃいいよ。興味がねぇと頭に入ってこねぇからな。でも兄ちゃんがこの前渡したドリルだけはやれよ。約束だからな」


 「うん。・・・兄貴」


 「ん?どした?」


 「・・・大地が林人のことめちゃ蹴飛ばしてる」








 「まいごのまいごのこねこちゃんー!あなたのおうちはどこですかー!」


 「林人、リズムと音程とらないと、子猫に話しかけてるただの人だぞ」


 「ぱおーん!ぱおーん!」


 「ゾウだ」


 そんな感じで好き勝手している林人を幼稚園まで連れて行くと、白波は林人に手を振ってスーパーへ向かう。


 調に買ってくるように言われた物を買って帰り、昼間は調が買ってきた中学生用のドリルを進める。


 そしてたまに、学校へ行くだけ。


 数日経って久しぶりに学校へ行くと、クラスメイトの1人に黒い靄がかかっていた。


 「・・・・・・」


 入学以来あまり出席していないため、ほとんど話したことなどないが、1日観察することもなくすぐに原因は分かった。


 「おい、一緒に飯食いに行こうぜ」


 「早くしろよ」


 「う、うん・・・」


 クラスの中でもリーダーのような男に声をかけられ、その男についていく。


 「・・・・・・」


 ふと、白波は気付いた。


 鞄の中に入れたはずの弁当が入っていないことに。


 どうしてだろうと自分の今日の朝の行動を思い浮かべたとき、思い出した。


 「・・・キッチンに置きっぱなしだ」


 仕方なく購買で買おうと足を向ければ、そこには先程のクラスの男子たちがいた。


 特に興味もなく見ていると、リーダーの男とその仲間たちが、1人の男に自分たちの分のパンと飲み物を買うよう催促しているようだった。


 「で、でも昨日も一昨日もだったから、もうお小遣いがなくて・・・」


 「は?なに?俺たち友達だろ?」


 「でも」


 「あー、なに?俺達にはパンさえ買ってくれないってことか?酷いなぁ」


 「ちょっとこっち来いよ」


 「えッ・・・」


 半ば強引にリーダーの男たちに連れて行かれると、誰も来ないような裏庭でその男を取り囲み、まず膝裏を蹴飛ばして跪かせる。


 それから少し周りの男子より出ている腹を蹴られ、前に蹲ったところで今度は横から蹴りが入る。


 ダンゴムシのように身体を丸めて自分の身を守っている男を見て、リーダーの男たちは楽しげに笑っている。


 近くを誰かが通る声が聞こえると、リーダーの男たちは「もういいや」と言って、1人男を残して去っていく。


 その日の放課後、白波はお腹が空いたから早く帰って何か食べようと思っていた。


 「・・・・・・」


 ふと、昼間の男がまたリーダーの男たちに連れられてどこかへ行くところだった。


 最初こそ家に向かう方へ足を進めていた白波だが、眉間に深いシワを入れて悩んだあと、ため息を何回も吐いて方向転換する。


 男たちの後を付いて行くと、何処かの店の近くで何かを話しこんでいた。


 リーダーの男に背中を叩かれ、男はびくびくしながら店に入っていくが、リーダーの男たちは笑いながら去っていった。


 白波は店に入っていった男の様子を窺う。


 キョロキョロと回りを見渡したあと、男は棚に並んでいるガムをひとつ手にとる。


 「・・・・・・!!」


 男の腕を掴み、白波は店から出る。


 そのまま少し早足で近くの公園まで向かうと、ここでようやく掴んでいた男の腕を放す。


 「お前警察に捕まりてぇの?」


 「・・・・・・」


 何も言わない男に、白波は後頭部をかきながら盛大にため息を吐く。


 そしてそのまま帰ろうとすると、男が小さい声で何か言ったような気がした。


 「なに」


 「・・・あ、あの・・・」


 「・・・あのさぁ、嫌ならもっとはっきり言えよ。言わねえからあいつらも図に乗ってんだよ」


 「で、でも・・・言ったら余計にやられるから・・・」


 「なら先生にでも言えばいいだろ。親に言うとか」


 「先生も見て見ぬふりだし・・・。親だって何も言えないと思う・・・」


 「じゃあ自分でなんとかしろ。自分の意見があるならあいつらにちゃんと言え。結局周りの奴らはみんな他人なんだから、助けてもらえるなんて思うな」


 「・・・でも、君は助けてくれた」


 「助けたわけじゃねぇよ。あいつらみたいなの嫌いなんだよ」


 「な、なら、君が・・・えっと、ゆ、遊意くん、だよね?遊意くんが学校に来てくれれば!!」


 「なんで俺がお前のために学校に来ないよいけねぇんだよ。さっき言ったろ。自分でなんとかしろよ」


 「お願い!僕は無理だよ。遊意くんみたいにはっきり何か言うなんて出来ない・・・。怖いんだ・・・。お願いだよ!学校に来て僕と一緒にいてよ!」


 「はあ!?」








 「って言われた。面倒臭い」


 「行ってやればいいじゃねえか」


 「えー・・・・・・」


 「すっげ嫌そうな顔」


 家に帰ってからすぐに調に先程のことを話した白波だったが、調は大地の脚をぽてぽてしながら呑気に答えた。


 すでに帰ってきていた林人は、調に抱っこしてもらおうと、随分前から調の横で両手両足をぴっちり揃えて立って目をキラキラさせて待っているのだが、大地にご飯を食べさせたりオムツを替えたりしている調に一向に抱っこしてもらえていなかった。


 そのうち徐々に目に涙を溜めプルプルし始めたため、調は大地を一旦白波に任せて林人を抱っこする。


 やっとのことで調に抱っこしてもらえた林人は、幼稚園児とは思えないほど強い力で調の身体に巻き付いた。


 林人の丸い身体を気持ちよさそうにむにむにしながら、調は白波に言う。


 「お前のこと頼ってくれてんだろ?少しくらい力貸してやっても罰は当たらねえぞ」


 「・・・・・・」


 「うおりゃ!」


 「きゃー!!!」


 自分の腰にしっかりと抱きついていることを確認した調は、林人の脚を掴んで林人の身体を逆さにする。


 ぷらんぷらんと身体を揺らしながら、林人は楽しそうにキャッキャッと騒ぐ。


 再び林人の身体を上下戻して抱っこし、高い高いをしている調を見た後、白波は自分の腕の中で寝てしまっている大地を見つめる。


 翌日、イヤイヤ言いながらも白波は学校へ向かった。


 白波が連日学校に来ることが相当珍しいようで、クラスメイトも先生も驚いた表情を見せる。


 「遊意くん!き、来てくれたんだ!」


 「・・・別に。兄貴に行けって言われたから来ただけ」


 「ありがとう!」


 それからというもの、なぜか白波はその男と行動することが多くなった。


 白波を相手にすることが面倒だと分かっているからなのか、リーダーの男たちはあまり近づいてくることがなかった。


 「くそっ」


 「なんであいつ来てんだよ」


 自分が標的にされなくなり、男は安心しきった様子だ。


 それが気に入らなかったリーダーの男は、ただただ舌打ちをする。


 平穏というのか平凡というのか、とにかくなにもない日々が続いたある日、白波は寝坊したため学校へ遅刻した。


 すると、いつもなら真っ先に自分のもとへ来るあの男が来なかった。


 違和感はあったものの、学校に来てしまったものは仕方が無く、そのまま席に着いて授業中は気持ち良く寝ていた。


 そして時間になって帰ろうとしたとき、あの男に声をかけられる。


 「ゆ、遊意くん、ちょっといいかい?」


 「・・・・・・」


 薄ら視えたその色に、白波は悪い予感しかしなかったが、そのまま男の後ろを付いて行く。


 校舎裏まで来たところで、数人の男たちが白波の周りに集まってきた。


 「なんだよ、俺早く帰りたいんだけど」


 「本当に生意気だな」


 「い、言う事聞いたんだから、もう、これ以上は」


 「うるせぇな」


 男たちはどこから持ってきたのか、手にパイプやバットなど、殴りやすそうな物を持っていた。


 ゴングなど鳴るはずもなく、いきなり殴りかかられ、白波はなんとか腕などで自分を防衛するものの、男たちは加減という言葉を知らないのか、どんどん殴りかかってくる。


 「ちょ、ちょっと!約束だからね!」


 「だからうるせえって!!!!」


 「!!!」


 自分をここへ誘導した男ではあるが、白波の身体は自然と動いていた。


 男の前に出たことで、白波の頭に振りまわされたパイプが見事に辺り、白波はそのまま気を失ってしまった。


 それからしばらく、身体などを殴られていたのだろう。


 目が覚めたとき、あちこち痛かった。








 「気ィついたか」


 「・・・兄貴」


 「警備のおっちゃんがお前のこと見つけて連絡してくれたんだと。大丈夫か?」


 「・・・痛い」


 「だろうな。全身打撲、あとなんだっけ。腕は折れてはいねぇみたいだけど」


 「・・・・・・」


 病室には、大地を抱っこした調がいた。


 少しして、外で走ってきたのだろう林人と、その林人を追っていたのだろう星羅が息を切らせて入ってきた。


 「あ、起きてる」


 「白兄!元気ですかー!」


 「元気じゃねえから静かにしような」


 顎を突き出して誰かのモノマネをしながら叫んだ林人の頭を撫でた調は、近くにあった椅子を星羅に出す。


 星羅は林人を膝に乗せてその椅子に座った。


 「白波、何があった」


 「・・・別に」


 調がいつもより少し柔らかい口調で聞いてみるが、白波は天井を見たままぶっきらぼうに答える。


 その答えに、星羅がとげとげしく反応する。


 「出たよ。白波の『別に』。こんな怪我して『別に』で済むわけねぇだろ」


 「話したくない」


 「なにそれ。白波っていっつもそう。いっつも自分の中に全部入れこんで、大事なこと話そうとしない」


 「・・・・・・」


 この場の空気が重いことに気付いたのか、星羅の膝に座っている林人が不安げな表情で調を見る。


 それに気付いた調は、微笑みながら林人の頭をぽんぽんと叩く。


 「白波、別に俺たちは、お前をこんな目に遭わせた奴を見つけ出してボコボコにしてやろうなんざ思っちゃいねぇ。ましてや、お前から無理に話を聞こうなんてのも思っちゃいねぇ」


 「・・・・・・」


 「白波が自分でなんとかするってんなら、俺はお前を信じて見守るよ」


 「・・・・・・」


 「けどな」


 ふと、調から漂う空気が変わる。


 それは決して怖いとかそういうものではなく、緊張感のようなものだ。


 「どうしようもなくなったら、必ず俺に、俺達に助けを求めろ。お前1人の手に負えないって思ったら、すぐに言え。約束だ」


 「・・・・・・わかった」


 少しの間があったものの、白波は素直に返事をした。


 「それからな、正直、今俺は結構怒ってる」


 「え」


 「弟こんな目に遭わされてんだ。当然だろ」


 「・・・・・・」


 「まあでも、今回はお前に一旦任せるよ。俺も大地の可愛いあんよと林人の可愛いケツを触るっていう大変な仕事があるからな」


 「それ仕事なの」


 調たちは翌日また来ると言って病室を出ていった。








 翌日の朝早くから調が病室に来て、白波にと着替えや食べ物、飲み物などを持ってきた。


 大地を身体の前側に抱っこした状態で、てきぱきと物を置いて行くと、今日はスーパーで肉の大セールをやるらしく、今から隣町まで行くと言う。


 気をつけてね、とだけ伝えると、また夕方来ると言われたため、今日はとりあえずもう来なくていいと伝えた。


 ちょっと拗ねられたが。


 「ふう・・・」


 有り難いことに病室にはテレビがついているため、白波はとても快適に過ごせていた。


 ぼーっとテレビを見て1日が終わろうとしたとき、1人の訪問者があった。


 「ゆ、遊意くん・・・」


 「・・・・・・」


 「ご、ごめんね、その・・・」


 「もういいから、帰って」


 「で、でも・・・」


 男は白波の見舞いに来たようだが、白波にはそう思えなかった。


 なぜなら、男の言葉と色が、違っていたから。


 「は、早く学校に来てね」


 男は見舞いにと持ってきた、購買で買ったのだろうパンを置いて行くが、白波はパンをちらっとも見ることはなかった。


 1カ月くらいで白波は退院することが出来、家に帰ると盛大なパーティーが待っていた。


 まさかのホールケーキまで用意されていた。


 「白波、学校どうすんだ?」


 「・・・行くよ。決着つけないと」


 「そっか」


 それ以上深く聞くこともなく、翌日、白波は少しだけいつもより真剣な面持ちで学校へと向かって行った。


 軽く手を振って白波と星羅を見送った調は、大地を前側にセットして林人の手を握り、幼稚園に向かう。


 「・・・・・・」


 学校に着いた白波は、まるで決闘でもあるかの如く、気合いを入れていた。


 教室に入ればそこには男たちがいて、先日自分の見舞いに来てくれた男もみな、白波を見た。


 席に座ろうとしたとき、白波は自分の席を見てググ、と鞄の紐を強く握りしめる。


 特に何も言わずにそのまま席に座り、鞄から荷物を出そうとすると、男たちが白波の周りに集まってきて、白波の教科書やノート、辞書などを奪って窓から落としていく。


 あの男も、みんなと一緒になってやっていた。


 チャイムが鳴り、白波は適当に寝て過ごしたのだが、お昼になってどこかで弁当を食べようと席を立つ。


 調が作ったオムライスを食べていると、またしても男たちがやってくる。


 「こんなところにいやがった」


 「こいつオムライスなんか食ってるぜ」


 「ちゃんと水分も取った方がいいぜ」


 そう言いながら、男たちは白波にバケツの水を被せた。


 しかもそれは綺麗な水ではなく、学校の敷地内にある池の水のようで、コケの生えた濁っていて臭いもあるものだ。


 「ハハハハ!汚ねぇ!!」


 「写真撮っとこうぜ」


 「よく学校来れたよな!」


 「そこで何してる!」


 「やべッ」


 先生でも通ったのだろう、声が聞こえてくると、男たちはさっさと逃げて行く。


 頭を左右に振った白波は、そこに1人残っている男を見ることもなく、自分についてしまった臭いを確認する。


 家を出る前、星羅に言われて一応着替えを持ってきておいてよかったと思う。


 白波は着替えをして平然と教室に戻ると、午後もまた寝て過ごした。


 授業も終わって、白波はリーダーの男から決着をつけようと声をかけられる。


 白波は黙って男たちに付いて行くと、そこには当然のようにあの時の男も後ろの方に立っている。


 「俺が勝ったら、二度と学校来んなよ」


 「・・・義務教育だから来てただけなんだけど」


 「そういうのがムカつくんだよお前!」


 そう叫びながら、男が白波に飛びかかってくる。


 白波はそれをひょいっと避けると、男の脚を自分の脚で引っかけて転ばせる。


 見事に地面に抱きつくように転んでしまった男は、転んだことが恥ずかしいのか、白波に転ばされたことが恥ずかしいのか、人前で転んだことが恥ずかしいのか、とにかく顔を真っ赤にしていた。


 「この野郎!!!」


 白波が身構えると、近くにいた男たちがいきなり白波の身体を拘束し、動けなくなった白波を男は悪いとも思わず殴っていく。


 退院したばかりだというのに、白波は痣をつくり、口、鼻からは血を流している。


 「ほら、お前もやれよ」


 「で、でも・・・」


 「お前、こうなりたくないんだろ?中学の3年間、平凡に暮らしたいんだろ?」


 「それは・・・そうだけど・・・」


 「ならやれよ!」


 ずっと後ろに隠れるようにしていた男に気付き、白波の前に立たせる。


 すでにボロボロの白波を見て、男は白波から顔を逸らせるが、他の男たちによって急かされる。


 「早くやらねえと、お前も同じ目に遭わせるぞ」


 「・・・!!」








 「・・・・・・」


 目を覚ますと、誰かの背中におぶさっていた。


 見間違えるはずがない、いつも見ている、キラキラと輝くその金髪。


 「・・・兄貴?」


 「お、起きたか」


 「なんで・・・俺・・・」


 「林人がな、お前がピンチだって言ってたから様子見に行ったら、案の定ってとこだ」


 「・・・・・・」


 調の背中から伝わるぬくもりを感じながら、白波は調の肩に頬をくっつける。


 「決着ついたのか」


 「・・・・・・わかんない」


 「そっか」


 調が歩くたびに感じる小さな振動は、なんとも心地良い。


 無意識に白波は調の服をぎゅっと掴んでおり、それに調は気付いたものの、何も言わずにしばらく歩いていた。


 少し経ってから、調が口を開く。


 「なあ、白波」


 「・・・ん」


 「お前は、お前の出来ることを精一杯しっかりやった。それは、俺達がちゃんと見てる。知ってる。・・・それでも、人間は弱い。自分じゃない誰かのために、必死になって戦ったって、裏切られるなんてザラにある。みんな、自分を守ることで必死なんだ」


 「・・・・・・」


 「悔しいか?それとも悲しい?」


 「・・・・・・わかんない。なんかもうどうでもいい感じ」


 「どうでもいい時ってどんな色なんだ?」


 「知らない。自分の感情は視えないから」


 「今日何が食いてぇ?」


 「寿司」


 「寿司かよ。回転寿司にでも行くか?」


 「今なら100貫くらいいけそう」


 「出前だな」


 「茶碗蒸し食べたい」


 「風呂掃除するなら頼んでいいぞ」


 「えー」


 「じゃあ林人と風呂入るか?」


 「究極の2択」


 「究極なのこれ」


 家に帰ると、早速調は出前の寿司を注文し、寿司が届く前に白波は風呂掃除をすることとなった。


 なぜかその日、林人は白波とお風呂に入ると言ってきかないため、結局林人と一緒に風呂にも入る。


 風呂から出ると丁度寿司が届いたところで、白波は一足先にエンガワを口に放り込む。


 「あー!白波がパンイチでもう食ってる!」


 「兄ちゃん!僕ちゃまご!」


 「林人用にサビ抜き頼んでるから大丈夫だぞ。ちゃまごもきゃっぱ巻きもあるからな」


 「きゃっぱ巻き!僕の!」


 「まずは白波も林人もパジャマ着ろよ。腹壊しても知らねぇぞ」


 白波と林人は手づかみでどんどん口に入れていく一方、星羅は箸を使ってまぐろやイクラを頬張っていく。


 「俺の分も残しておけよー」


 「兄貴何食うの」


 「まぐろ」


 「もうない」


 「甘エビ」


 「もうない」


 「ねぎとろ」


 「もうない」


 「・・・中トロ」


 「もうない」


 「タコ!」


 「ない」


 「イカ!」


 「ない」


 「た、たまご!」


 「ない」


 「おいいいいい!!!むしろ何が残ってんだよ!!!!サーモン!?サーモンならあるか!?」


 「ない」


 「・・・何があるわけ?」


 「・・・ガリ」


 「兄ちゃん!僕のきゃっぱ巻きあげる!」


 「林人ぉぉぉぉぉぉぉお!!!お前はなんていい子なんだ!!!!」


 そう言って林人が調用にと出しておいた皿に置いたのは、林人が一度口に入れたのだろう、林人の唾液がびっちょりとついたかっぱ巻きだった。


 それでも調は林人の頭を撫でながら嬉しそうに食べていたとか。








 「何」


 「あ、あの・・・遊意くん、また学校に来なくなったから・・・その・・・」


 「・・・悪いけど帰って」


 「え、あ・・・」


 数日後、朝っぱらからインターホンが鳴って起こされてしまった星羅が玄関を開けると、そこには1人の男が立っていた。


 白波を呼んでくれと言われたため起こしたところ、白波は冷たくそう男に言い放ち、再び寝床へ向かう。


 その様子を見ていた星羅は、玄関にいる男に向かってこう言った。


 「あんたさ」


 「えッ」


 星羅の声に身体をビクつらせた男だが、星羅は気にせず言葉を続ける。


 「また白波に助けてもらおうとしてるなら、調子良すぎると思うんだけど」


 「べっ、別に・・・」


 「・・・俺なら、あんたのこともブン殴ってるよ」


 「え・・・」


 「良かったね。あいつで」


 「・・・・・・」


 パタン、と閉められたドアの前で、男はしばらく佇んでいた。


 「兄貴、何してるの」


 「星羅、あれ見ろ」


 寝床に戻った星羅は、調が身体を横向きにして肘で腕を立たせそこに頭を乗せた状態で、じっと何かを見ていた。


 調の目線の先を追ってみると、そこには白波に抱きついて、白波のパジャマに涎をたっぷり垂らしている林人の姿があった。


 「うわ。悲惨」


 「あれくらいで怒らねえって俺は信じてるぞ」


 「あれを許せるのは兄貴くらいだよ」


 「俺だって出来れば避けてぇ量だけど」






 何か冷たい感覚で起きた白波が、目の前にできた謎の液体溜まりに首を傾げたのは、それから1時間ほど経った後の話だ。






 「・・・え、寝汗?」

















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