与太2

maria159357

第1話【昴】








第1話【昴】




与太2

【昴】





 登場人物




             遊意 調


             遊意 白波


             遊意 星羅


             遊意 林人


             遊意 大地


































 どんなに暗くても、星は輝いている。


           エマーソン






































 第一章【昴】




























 「ブンブンブ―ン、ブブンブーン♪」


 鼻歌を歌いながら、調は夜道を歩いていた。


 白い棒に丸い飴玉がついているお菓子を口に入れてコロコロ転がしながら、空に浮かんでいる満丸お月さまを眺める。


 「今日も明るいなー」


 などと呑気なことを言いながら歩いていると、道端でたまに見かける占い師と思われる人物に声をかけられた。


 「そこのあなた」


 「ブンブブーン、ブンブーン、ブンブンブ―ン♪」


 「・・・そこのあなたですよ、お兄さん」


 「ブンブーン、ブンブン♪」


 目の前の男に声をかけるも、一向に占い師を見ようとしない男に、占い師は足元にあった石ころを投げつけてみる。


 ここでようやく男、調は占い師に気付く。


 「え?なに?俺?」


 「そうです、あなたです」


 「なんすか?今弟にコンビニの限定アイスが食いたいって言われて長男を買いに行かせるとは何事だ。じゃんけんで決めるぞって自分から言って一発で負けて肩を落としながらコンビニに行ったら棒付き飴をおまけしてもらえてちょっと嬉しくてルンルン気分で帰ってるところなんすけどなんか用すか」


 「・・・それは大変申し訳ない。ただ、あなたに死相が見えまして」


 「死相?」


 調は特に距離を縮めることもなく、飴を舐めながら話を聞く。


 頭からかぶったローブのようなものは肩あたりまでの長さで、口元もザ・占い師といった感じで隠している。


 少しだけ覗く前髪も、ちらっとだけ見えるくらいで色もよくわからない。


 「・・・ふーん。死相、ねぇ」


 そう言いながら、調は占い師へと近づいて行く。


 コロコロと口の中の飴を弄びながら、占い師の前にある椅子に腰かけると、頬杖をつきながら占い師にこう言った。


 「その死相とやらは俺はわからねぇが、死神はいねぇから大丈夫だ」


 調の言葉に、占い師は少し笑った気がする。


 それだけを言って立ち上がった調は、再び歩きはじめる。








 「星羅君、遊ぼうよ!」


 「わー!!!星羅君すごいね!」


 遊意家三男、星羅は思考を視ることが出来る。


 みんな視えるものだと思っていたが、自分だけなのだと知ったのは幼稚園に入る少し前くらいだ。


 家にいるときは当たり前のように相手の思考を口に出して言っていたのだが、それは他の人の前では言わない方がいいぞ、と調に言われた。


 「あう、だー!!!」


 「ゲッ!兄貴!!林が食ったもん吐き出した!」


 「しょうがねえだろ。まだ1歳なんだから。お前だって吐き出してたぞ。俺のお気に入りのシャツのど真ん中にキャノン砲かと思うくらい勢いよく吐き出してたぞ」


 「学校行くのに!また着替えないと」


 もう5分もせずに学校に行こうと準備をしていた星羅の服に、林人が先程食べたばかりの野菜をすりつぶしたものを遠慮なく出してしまったのだ。


 白波は先に行くと言って出ていってしまい、星羅は急いで着替えて同じように出て行く。


 「行ってきまーす!!」


 「おー、いってらっしゃい」


 「だー!」


 走って白波に追いつこうとしたのだが、そんなこと気にすることもなく、白波はマイペースに歩いていた。


 遅刻することなど気にしてもいないのだろう。


 そんな白波を放っておいて、星羅はさっさと走って学校へ向かっていく。


 チャイムと同時に席に着くと、周りのクラスメイト、教室に入ってきた先生の思考が次々に入ってくる。


 「次、遊意君」


 「はい」


 勉強もスポーツも得意な星羅だが、気楽に喋るような友達もいなければ、信頼出来る先生もいなかった。


 「遊意、お前本当にすげぇよな」


 『お前なんかいなくなればいいのに』


 「今度勉強教えてくれよ」


 『こいつを利用すりゃいいんだ』


 「俺のチームに入ってくれよ!遊意がいれば絶対勝てるって!!」


 『本当は入れたくねえけど仕方ねぇよな。このくらい我慢しねぇと』


 『なんだこいつばっかり』


 『まじムカつく野郎だよ』


 『なんでこんな奴と一緒のクラスなんだよ』


 「確か兄貴いるんだっけ?今度遊びに行かせてくれよ」


 『どうせ兄貴もろくでもねぇんだろ』


 「遊意くん!何してるの!!!」








 思考など視えたところで、邪魔でしかなかった。


 表面上の付き合いだけでも上手く出来たなら良かったのだが、生憎、星羅はそれが上手く出来なかった。


 頑張っていた時期もあるのだが、言葉よりも思考は正直だ。


 例えそれが先生であっても。


 「遊意くん、どうしてお友達を殴ったりしたの?謝りなさい」


 「・・・・・・」


 「こいつ!いきなり殴って来たんだ!!!俺何も言って無いのに!!!」


 「俺も見た!遊意がいきなり殴ってた!」


 「遊意くん!ちゃんと謝りなさい!」


 「・・・・・・」


 先生にも一方的に罵倒され、星羅は先生を睨みつける。


 それから、こう伝える。


 「俺の兄貴のこと馬鹿にしただろ」


 「は?」


 「俺の兄貴のこと!ろくでもねえって思っただろ!!!何も知らねえくせに!!」


 「な、何言ってんだこいつ」


 「そんなこと言ってねぇよ!今度遊びに行かせてくれって言っただけだろ!!」


 「お前の考えてることなんて分かんだよ!兄貴のこと馬鹿にしやがって!!!」


 「こいつ、おかしいんじゃねえの・・・」


 そのときは、先生からの注意喚起というだけで終わったのだが、星羅は納得できないまま謝ることとなった。


 家に帰ると、そんな不機嫌な顔の星羅に気付いた調が声をかけてくる。


 「星羅、般若みてぇな面してどうした。また何か言われたのか」


 「別に」


 「んだよ。別にって。お前も白波も頑固だな。林人を見てみろ。このだらしなく開いたムチムチのあんよ。そしてチギリパンの腕。まったくもって閉じねぇ口。どこ見てんのか分からねぇ目線。垂れてくる鼻水。後ろ斜め45度あたりから見ると絶対に触りたくなるほっぺ。マジ可愛いんだけど。ハムハムしていいかな」


 「・・・・・・」


 林人のほっぺを背後から抱っこしながらハムハムし始めた調を見て、星羅は自分が何で不機嫌だったのか少しわからなくなる。


 その時、白波が帰ってきて、調が林人のほっぺを貪っているのを見て引いていた。


 「またやってんの、兄貴」


 「このよ、わかる?下向いたときの口の三角。なにこれ。やべ」


 「うん、そうだね。河童みたい」


 「河童!?まじで言ってる!?・・・ああ、でも確かに河童もこんな感じかも。え?じゃあ河童って可愛いのか?可愛い部類に入るわけ?」


 「知らない。あ、兄貴雪見だいふく食いたくなった」


 「ほら、ここにあるぞ。味もしねぇ腹も満たされねえ。でも心は満たされる雪見だいふくが」


 「林人のほっぺはいらないよ」


 星羅が風呂から出てくると、林人はすでに寝ていた。


 その隣で調も横になって目を瞑っていた。


 「お前また今日誰か殴ったんだって?」


 「なんで知ってんの」


 「同じ学校なんだから耳に入ってくるよ。てか先生から『星羅くんを注意しておいて』って言われた」


 「あっそ」


 「なんで殴ったんだよ」


 宿題もせずにのんびりテレビを見ながらオレンジジュースを飲んでいた白波に言われ、星羅は少しムッとする。


 自分のジュースを用意しながら、尖ったような声を出す。


 「白波に関係無い」


 「・・・・・・」


 ドン、と強めにコップをテーブルに置きながら椅子に座ると、星羅は椅子の背もたれ部分に肘をかけて頬杖をつく。


 その表情はまだ何か納得していないようだ。


 眉間のシワがどんどん濃くなっていくと、白波が欠伸をする声が聞こえる。


 それからしばらく、テレビの中のバラエティーに出演している人たちの声だけが部屋に響く。


 それに飽きたのか、白波がチャンネルを替えるのがわかる。


 見たいものがなくなったのか、白波はテレビを消してコップを洗う為シンクに立って水を出す。


 洗い終えて定位置へコップを戻すと、また大きな欠伸をした。


 「星羅」


 「なに」


 「寝坊しないように寝ろよ」


 「わかってるよ」


 白波が寝床に行ってから、星羅はしばらくそのままでいようかとも思ったのだが、ジュースを飲み干してすぐに寝床へ向かった。








 「本日からみんなの担任になります、よろしくお願いします」


 季節外れの異動だろうか、大人の事情はよくわからないが、星羅のクラスの新しい担任の先生のようだ。


 これまでの先生となんら変わらないだろうと思っていた星羅は、いつも通り生活をする。


 その日の体育の授業中、サッカーだったためグラウンドへ出たのだが、他のクラスとの合同授業で試合待ちの間、星羅のクラスの男たち数人が星羅の周りに集まってきた。


 「遊意、お前ブラコンなの?」


 「気持ち悪ィ」


 「この前俺のこと殴ったの覚えてるよな?めちゃくちゃ痛かったんだからな」


 「・・・・・・」


 数人の男子生徒にいきなり蹴られ始め、星羅は抵抗をする。


 やり返そうとすると他の男子が星羅の身体を押さえつけてきたため、今度は足で抵抗を試みる。


 「ちょっと!そこで何してるの!」


 「やべっ」


 「いえ!ちょっと・・・試合を想定して練習を・・・」


 どうせそのクラスメイトの言葉を信じるのだろうと思い、星羅は何も言わなかった。


 だが、新任のその先生は星羅のもとへ近づいてくると、怪我の具合をみる。


 「あなたたち、これはいじめよ?みんなでよってたかって」


 「だって先生!こいつ、前に俺のこと!」


 「だからといって、やり返していいことなんてないのよ!言いたいことがあるなら本人に直接、1人で言いなさい!」


 「・・・はい。すみません」


 その先生の言葉に、クラスメイトたちは星羅のことを睨みつけながらも、去って行った。


 「大丈夫?保健室行く?」


 「・・・大丈夫です」


 「何かあったら先生に言ってね」


 そんなことを言われたのは初めてだった。


 調以来かもしれないと、星羅はその先生に少しずつ心を開いていく。


 「遊意くんは勉強も運動も出来るのね。何かクラブ活動には入らないの?」


 「兄貴が1人で生まれたばかりの弟の面倒見てるから。早く帰って手伝いしたくて」


 「あら、偉いのね。無理にとは言わないけど、もしやってみたいこととかあったら言ってね。毎日じゃ無くても、出られるときだけ出てもらっても構わないから」


 それからしばらくは平穏な日々が続いた。


 クラスメイトから嫌がらせなどを受けることもないし、思考は視えるから邪魔だと思う事はあるが、それでも少しはマシになった。


 「先生結婚するの!?おめでとう!」


 「ありがとう」


 そんなある日、その先生の結婚が決まった。


 「先生、ちょっとお話が」


 「はい、なんでしょう」


 教頭先生に呼ばれた先生が次に教室に戻ってくると、少し暗い顔をしていた。


 思考は脳内を占める割合が多いものが優先して視える。


 何かに没頭している時や少しでも別の事を考えていると、途端に思考はそれのみとなってしまう。


 『私は教師としてどうすれば・・・』


 「・・・・・・」


 だがすぐにパッといつもの表情へ戻り、いつものように授業を進めていく。


 その頃から、またしてもクラスメイトたちが星羅にちょっかいを出してくるようになった。


 「先生に泣きついてももう無駄だぞ」


 「もう先生はお前の味方じゃねえからな」


 「最近生意気だったもんな。大人しくしてろよ」


 殴られ蹴られ、それを黙ってされているだけの星羅でもなく、やり返していたのだが、以前であれば助けてくれた先生は、その光景を見ても声をかけてくることはなくなっていた。


 野球の授業中にバットで星羅が殴られていても、水泳の授業中に顔を水に押し当てられていても、理科の授業中に星羅に薬品をわざとかけても。


 何も。言わなくなった。


 「おやすみ」


 「おー。おやすみ」


 星羅がさっさと寝床へ行ったあと、林人を寝かしつけてリビングへ戻った調は、いつものようにテレビを見てだらけていた白波に声をかける。


 「あいつなんかあったのか?毎日傷だらけだけど。傷だらけの星羅だけど」


 「知らない」


 「えー、薄情・・・」


 「しょうがないじゃん。何も言わないんだもん。俺は思考は視えないから」


 「そうだけど。知ってっけど」


 「それは兄貴の役目だから」


 「兄ちゃん今暴れん坊林人の世話で結構疲弊してんだけど」


 「可愛い可愛いって言ってたじゃん」


 「可愛いけど。あいつ涎すげぇんだけど。それと絶対にオムツ交換のときに本番の小便するんだけどなんで?」


 「なに、本番の小便って」


 「ちょこっとだけな、気持ち小便をするんだよ。あれだ。地震の余震みたいな感じで小便するんだよ。でもこれがまた量は多くて」


 「わかりにくい」


 「でよ、すっげぇスッキリした顔してっから『ああ、交換するか』と思ってオムツ取った途端に本番だよ。オムツの容量知っててわざと調整してんのか?ってくらい。小便小僧だよ。これぞとめどなくって言うんだろうな、っていうくらいとめどねぇんだよ」


 「なのに浮腫んでるんだ」


 「浮腫んでるわけじゃねえだろ。赤ちゃん体形だろ。いや、いいんだよ林人の小便話なんて」


 「兄貴が始めたんだよ」


 「頼んだぞ、白波」


 「面倒くさい。星羅なら自分でなんとか出来るよ」


 ぶっきらぼうにそう言う白波に、調は白波の髪を遠慮なくガシガシとかき乱しながら、ニカッと笑う。


 「いざってとき助けてやるのが兄ちゃんだぞ」


 「・・・・・・」








 「・・・・・・」


 教室に入った瞬間から、分かっていた。


 なぜなら、思考が視えるから。


 星羅が教室の扉を開けると、星羅の登場に気付いたクラスメイトたちは、皆クスクスと笑いだした。


 いつもの決まったメンバーからだけのものではなく、クラスメイトほぼ全員からのメッセージとして受け取ることになるのだろう。


 ほんの一部の男子と女子は、参加はしていないのかもしれないが、それはこの際関係ない。


 『来た来た』


 『見てあの顔。ウケる』


 『このまま帰ってくれないかな』


 『てかもう学校来るなよ』


 『どんな反応するんだろう』


 『もっとリアクションしろよ、つまらねえな』


 『折角面白動画でアップしようと思ってたのに』


 次々に視えるクラスメイトの思考に、星羅は怒りを通り越していた。


 ふう、とため息を吐くと、どこからか星羅の様子を写真で撮っている音が聞こえる。


 だが、今はそんなことどうでもよかった。


 「みんな、おはよう・・・」


 チャイムと同時に教室に入ってきた先生は、まだ席に着かずに立ちつくしている星羅に気付き、また、それがどうしてかの原因にもすぐに気付く。


 だが、星羅と目があっても何も言わない。


 おどおどとした様子で朝の「朝の会」と始めると言いだした。


 その時、チャイムなど聞こえていないかのように平然と扉を開ける音が聞こえた。


 「星羅―、筆箱忘れて・・・」


 思いもよらない白波の登場に、クラスはシーン、と静まり返る。


 沈黙を破ったのは、先生だった。


 「遊、遊意くんのお兄さんですね。ありがとうございます。でももう朝の会が始まってまして」


 小走りに扉にいる白波の方まで向かっていくと、白波は反発する心算など毛頭ないのだろうが、抵抗するように颯爽と教室の中へ入って行く。


 クラスメイトはざわざわとしているが、白波は平然と筆箱を星羅へ手渡しする。


 「ほら、忘れ物」


 「・・・ありがと」


 「お兄さん、もうそろそろ・・・」


 「星羅、これどうしたんだ」


 「・・・・・・」


 白波は、星羅の机の上を指さして聞く。


 星羅が何も言わないため、クラスメイトたちに目線を移動させてみるが、誰一人として何も答えない。


 それは、先生も合わせて。


 「お兄さん、あの、授業もあるから」


 「先生」


 「え?」


 白波は先生の方を見ると、目線を合わせるわけでもなく、ただ先生の顔周りやその後ろあたりを視ていた。


 そして、星羅の机の上を指さしたまま聞いた。


 「これは一体なんですか」


 「え、あ、これは・・・」


 口をもごもごさせてしまった先生に対し、白波は特に怒るわけでもなく、淡々と言葉を綴る。


 「先生もわからないということですか」


 「ごめんなさい」


 本当に謝っているのか、とにかくこの場を丸く収めたいからなのか、それは今はどうでもいいことだった。


 先生が謝ってからすぐ、星羅のクラスメイトの1人である男子が席を立ちながらこう言った。


 「俺達が綺麗な花を飾ってやっただけだよ!それの何が悪いんだよ!!!」


 その男子の言葉を聞いて、他数人の男子たちも同意の声を出す。


 「そうだよ!文句言われる筋合いなんかねぇぞ!!」


 「早く出て行けよ!」


 「・・・・・・」


 次々に浴びせられる言葉にも、星羅は何も言わずにいた。


 それをじっと見ていた白波だったが、男子たちの言葉に何か言おうとした白波よりも先に、先生が口を開く。


 「そ、そういうことだったのね。お兄さん、そういうことみたいだから、もう教室に戻ってもらって」


 「先生も含めて全員無知ってことか」


 「え」


 黙っていた白波だが、この場に似つかわしくないほど至ってほのぼのとした口調だが、先生も星羅のクラスメイトたちも、みな呆然としていた。


 星羅さえ、驚いたように口を開いている。


 そんなことお構いなしに、白波は大きな欠伸をしてからこう続ける。


 「こういうのは死んだ奴に対して敬意を表してやってやることだって知らねぇんだろ?知らねぇからやったんだよな。ならしょうがねえ。知らねえんだから。な、先生。そういうことだよな?」


 「・・・・・・」


 「勉強が出来てもこういうところ無知だと怖いよな。よかったよ、星羅はわかってたみたいで」


 そう言いながら、白波は花瓶をそのクラスメイトの男子のところへ持っていき、その子の机の上に置く。


 「気ィ使ってもらってありがたいけど、生憎、使い方が間違ってる」


 「なっ・・・」


 そのままスタスタと扉まで向かうと、「あ」と言ってクラスメイトを見渡す。


 「言わなくても良かったんだけど、もし星羅にこれ以上何かしたら・・・」


 その場にいた全員が、無意識にごくりと唾を飲み込む。


 白波は先生の方にも視線を向ける。


 「俺も兄貴も黙っちゃいねぇからな」








 それから数か月後、先生はまた異動することとなった。


 泣く者ももちろんいる中、星羅は特に泣くことも先生に近寄って話をすることもなかった。


 最後に先生から、クラスメイト全員へ手紙が渡されたのだが、星羅はそれを読むこともなくランドセルにしまいこんだ。


 先生が最後の挨拶をし、それぞれが先生との別れを惜しむ中、星羅はさっさと家へ帰る準備をする。


 「おかえり」


 「・・・なんでいるの」


 「林人のオムツ買ってきた帰り」


 そう言いながら、調は手に持っているオムツを見せる。


 星羅がそのオムツを調の手から受け取ると、後ろから名前を呼ばれる。


 「遊意くん!」


 息を切らせながらやってきたのは、先程まで教室でクラスメイトに囲まれていた、あの先生だ。


 調は星羅のことをちらっと見るが、星羅は先生を一瞥したあと、返事をすることもなく帰り道の方を見る。


 先生は調を見ると、慌ててお辞儀をする。


 「遊意くんのお兄さんですね。遊意くんのクラスの担任をしておりました」


 簡単に自分の紹介をした先生は、星羅に深々と頭を下げる。


 「遊意くん、ごめんなさい!!」


 「・・・・・・」


 「教師として、最低だった。本当にごめんなさい・・・!」


 「・・・・・・」


 「星羅、なんとか言え」


 「・・・・・・」


 調に肘でくいっとつつかれるが、星羅は赦すことも罵ることもしない。


 それを見て、調はやれやれと軽くため息を吐いてから、先生に顔をあげてくれるよう声をかける。


 ゆっくりと顔をあげた先生は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 「先生、こいつ、人の考えてることがわかるんだ」


 「え」


 「別に信じなくてもいい。信じられないと思う。それが普通だから。でも本当のこと」


 「・・・・・・そう。だからかな」


 「え」


 案外あっさりと調の言葉を信じた先生に、調だけでなく星羅も思わず顔を向ける。


 先生は困ったように、悲しそうに、眉を下げながら笑う。


 「なんだか、遊意くんに嘘は吐けないような気がしてたの」


 「・・・・・・」


 「先生、最低だよね。教師として、遊意くんを守れなかった。弱くてズルい大人だった。沢山傷つけて、本当にごめんなさい」


 「・・・・・・」


 「・・・っだー!!星羅!何か言えって!先生が謝ってんだろ!」


 「・・・先生だけじゃないよ。弱くてズルいのは大人だけじゃなくて子供もみんな同じ。だから気にしてない」


 「そういうことじゃねえんだけど」


 「兄貴、俺先に帰ってる」


 「おい・・・」


 調が制止したのも聞かず、星羅はオムツを持ったまま背中を向けて去っていく。


 「・・・人は損得勘定や保身で動く。それは仕方ない。でもね、先生。あいつは、多分信じたかったんだよ、先生のこと」


 「え・・・」


 「さっきも言ったように、星羅は相手の考えてることがわかっちまうから、自分に近づいてくる意味っていうか理由っていうか、それがわかるんだ」


 本当に誰かのために、見返りを求めずに動くことが出来る他人がどれほどいるだろうか。


 見知らぬ人のために傷つく覚悟がある人が、どれほどいるだろうか。


 「星羅を最初助けたとき、きっと、先生の言葉に嘘は無かった。あいつのためにやったことだ。だからあいつは信じたかった」


 「・・・・・・」


 「先生に何があったのか、それは俺にはわからない。でも、あいつはきっとわかってる。だから先生を責めることは出来ないってのもわかってるんだ」


 調の言葉に、先生はまだ小さく見える星羅の後ろ姿を見つめる。


 「別に先生のこと恨んでもないと思う」


 「そうでしょうか」


 「俺の弟だからな。そんな小さい男じゃないよ」


 そう言って笑う調に、先生は少し穏やかな表情になる。


 どこからか先生を呼ぶ声が聞こえて来たため、調は星羅の後を追っていく。


 家に着くと、すでにオムツを定位置に置いてアップルジュースを飲んでいる星羅がいた。


 「ちゃんと挨拶しなくてよかったのか」


 「なんで」


 「お前あれだぞ。彼女が出来てもうまくいかねぇぞ」


 「別にいいよ」


 「うっわ、見て。林人の寝顔チョー可愛い。涎がすげぇ。腕むちむち足むちむち。むちむち林人だ」


 「・・・・・・」


 星羅は頬杖をついて興味もないニュースを流す。




 『まさか結婚相手が遊意くんをいじめてる子の父親の弟だったなんて』


 『あの子の父親は有名大学の理事長』


 『最悪結婚破棄、もしくは教師自体辞めさせられるかも』


 『妊娠してるのに、もし結婚が無かったことになったら』


 『でも遊意くんにしていることを黙って見ているなんて』


 『私はなんのために教師になったの』


 『教師を続けたい』


 『そのためには』




 「うおっ!星羅!ランドセル机の上に置くなよ!落としたぞ!ごめんな!」


 よっこいしょ、と言いながらぶちまけてしまったランドセルの中身を戻していく調。


 「・・・お?」


 ふと、何かの手紙が入っていることに気付く。


 星羅の方を見るが、調は小さい声で「読むぞ」と伝えて封筒をゆっくりと開け、中身を見る。


 それを読むと、調は小さく笑った。


 そして封筒に中身を戻すと、ランドセルの上にその封筒を置いておいた。


 星羅がその手紙を読んだかは、また別の話。








 「白波」


 「なに」


 「・・・なんでもない」


 「・・・はあ?なんだよそれ」


 「白波の顔見たら言うの嫌になったからいい」


 「はあ?喧嘩売ってんのかよ」


 「五月蠅いな」


 「お前が話しかけてきたんだろ」


 仰向けでぼーっとしている白波の上を林人がハイハイしていた。


 「林人は星羅みたいな弟になるなよ。もっと可愛げのある弟に育つんだぞ」


 「それは白波次第だろ」


 「お前さっきから何なんだよ」


 「はいはい、白波も星羅も林人の良い兄貴になろうなー」


 「「・・・・・・」」


 互いに不機嫌そうな顔を見せながら、笑顔満開の林人を見る。


 「あだー!ばー!」


 そして長男は呑気に言うのだ。


 「すっげぇ涎。遊意家の新記録だ」














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