黒鉄の徒

 シンヤの全身が黒い光と共に爆ぜた。


 爆風は血肉を吹き飛ばし、代わりに崩れた肉体を黒い重金属が覆ってゆく。そして金属は幾重にも折り重なり、鋼鉄の鎧を形作った。


「…………」


 顔に鬼の面をあしらった黒鋼の鎧────シンヤは自らを、その姿へと全身を作り替えたのだ。


「二人を返せよ」


「なっ……」

 ネノは思わず絶句してしまう。這いつくばっていたシンヤが、その場で軽々と立ち上がったのだから。


 依然、ゴウマの磁力ノ戒放(マグネット・リベレート)は生きている。シンヤの背中に打たれた刻印は未だ消えず、S極とN極の間にも磁力だって生きている。それでも尚、眼前の黒い鎧は容易く立ち上がった。


「赤い瞳……それに武器への完全変態、まさか、お前!」


「なのなの喋りはどうしたよ、クソガキ?」


 鎧と化したシンヤが吐いて捨てる。


 今のシンヤは〈封印師〉にあらず。己の魂を武器に移し、異形を祓う戦闘の申し子、〈武器師〉と化していた。


「な、なんで⁉」


 問答無用と言わんばかりにシンヤは一瞬で彼女たちとの間合いを埋める。


 磁力による拘束、これまで蓄積したダメージ。そこからは想像もできないほどの加速だ。


「ヒナミは返してもらうぞ」


 ネノとの間に割り込んで、シンヤはヒナミの頭にそっと触れた。姿形を鎧に変えて、瞳を赤く染めようとも、その眼差しは優しかった。


「このッ! なんなんだよ、テメェは!」


 代わって吠えるのは、彼女の中に詰められたゴウマの魂だ。


 だが さっきと打って変わって、シンヤはその赤い瞳に冷酷さを宿す。ありったけの殺意を込めて、それでいて理性だけは氷のように冷たく、一言を放った。


「俺の後輩のなかから出てけよ、クソ野郎」


 その一言は容易くヒナミの中からゴウマの魂だけを破裂させる。一片の欠片も残さず、塵と消えるまで。


 今のシンヤには、それだけのことが出来た。黒い鎧へと変形した彼は、それだけの潜在能力を秘めているのだから。


 彼の本当の名は「凱奥・鬼丸」。

 かつて〈八災王」を封印した〈封印師〉の一族が黒鋼家なら、シンヤの生まれは八災王を封印した〈武器師〉の一族、時雨沢家だった。故にシンヤは生まれながらにして、武器への変形能力を持ち、その血に流れる力はかつて〈八災王〉すら殺した最凶の権能であった。


「せ……先輩」


「大丈夫。お前の中の悪いものは全部消えたぞ」


 その一言のおかげでヒナミの中の緊張の糸が解けたのだろう。彼女はヘナヘナとへたり込む。


 そして、シンヤは彼女の手に握られた雨斬へと手を伸ばし、


「……」


 それを手に掴もうとはしなかった。


「トウカさん。ヒナミを連れて、ここから離れるんだ。あのクソガキとは俺がケリをつけるから」


「…………えっ?」

 これ以上、トウカたちを危険には晒せない。それに、今の凱奥・鬼丸(自分)にとっては彼女でさえも足手まといにすぎないのだから。


「待たせたな〈解放者〉」


 ネノにはもう言葉を取り繕う余裕すら残されていなかった。それでも刻み込まれた強がりが虚勢を張らせる。


「ははっ! 良いの? 刀は取らなくても?」


「必要がねぇんだよ。これ以上、彼女が傷つく必要なんて、どこにもねぇ。お前だろうと、〈八災王〉だろうと全部俺が独りでぶっ殺してやる」


 そのフレーズの後半はネノの逆鱗にも触れた。


 全身全霊を持って、目の前の身の程知らずを殺せと、〈解放者〉としての矜持が叫んでいるのだ。


「王を殺すだと? 笑わせんなァ! お前がいかに身の程知らずか教えてやるよォ!」


 地面に触れて、魂を流し込み、無数の土人形を形成する。玩具ノ戒放(トイ・リベレート)の応用であろう。


「フンッ」


 シンヤは軽く腕を払った。それだけでも、ネノの戒放によって生産される泥人形たちを破壊するには十分だったから。


 だが、土人形たちの真骨頂は、その生産性にこそある。


 生まれてくる泥人形達の核は、彼女の魂のほんの一パーセントから二パーセントを糧に生産することが出来る。その代償として戦闘能力を極めて低いが、形成にかかる時間もコンマ一秒と掛からないのだ。


「この物量なら、潰せるッ!」


 数百、数千と。絶えず生まれ出でる土人形はシンヤを押し潰そうと迫った。


 いくら、その潜在能力が発揮されたと言えど、シンヤも所詮は〈武器師〉なのだ。〈封印師〉の制御もなしで〈武器師〉が力を使えば、その源たる魂はすぐに枯渇する。


 ネノは次第に余裕を取り戻していた。このままシンヤが魂を使い切るまで物量で圧倒して、そのあと、改めて殺せば良いと。


「押し潰すのッー! 私の可愛い兵隊さんッ!!」


 その瞬間だ。


 触れていた地面から土人形が生まれなくなった。彼女の指先からは魂が出力されない。


「は?」


 先に魂の底が尽きたのはネノの方だ。


「もう終わりかよ?」


 崩れゆく土の人形を押し除けて、黒い鎧は侵攻する。その内側に内包される魂の圧は減少するどころか総量を増していた。


 今、この瞬間もシンヤの魂の総量は増えて、際限なく湧き出る湯水の如く、その圧も増すばかりであった。


「俺……つーか、時雨沢家の力なんだけどよ。俺は周囲の魂を吸収できるみたいなんだ」


 時雨沢家の〈武器師〉に相伝される力は、八災王や異形の生態を模したものであった。異形たちように周囲の魂を喰らい、絶えず必要な量の魂を補充する。〈武器師〉の欠点でもあったスタミナ切れを補う、自己完結した術である。


「なっ……なっ……」


 ネノは絶句するしかなかった。魂が空っぽになった彼女にこれ以上、攻撃の手段はない。


「ッッ!! ふざけんな!! 死ね!! 今すぐ死んじまえ!! このクソ〈武器師〉ッ!」


「そうかよ。なら、テメェは黙っててくれ」


 絞りカスになったネノは殺す価値さえもない。


 負けを認めず吠える彼女を手刀で黙させると、シンヤは八災王の魂を感じる方へと向き直る。


 凱奥・鬼丸はかつて、〈八災王〉をも殺した武器の力だ。魂を喰らうことのできる性質を持ってすれば、〈八災王〉の全てを喰らい尽くすことさえも可能だった。


「あと、もう少し……もう少し、頑張ればいいんだ」


 ただ、少し冷静になって考えれば分かることがある。


 シンヤの力が爆発的に跳ね上がったのは、今も尚、〈八災王〉から垂れ流しになっている魂を喰らい続けているからだ。そして、たった今覚醒したばかりの未熟者に、〈八災王〉の全てを喰らい尽くせるのだろうか?


 シンヤは小さな器でしかないのだ。いくら周囲の魂を喰らう力を持とうと、小さな器に入る総量には限界がある。


 そんな状態で王を喰らおうとすれば当然、器が溢れるのは必然だった。

「がぁはっ……がぁ!! あぁ!!」


 鎧となった身体に亀裂が生じ、全身から喰らいきれなかった魂が溢れ出す。


 とっさに亀裂を塞ごうとしても、一度漏れ出した魂は止まる事を知らなかった。

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