同調
時雨沢シンヤが黒鋼家に預けられることになったのは、偶然ではなく必然だった。両家同士は、かつて共に戦い〈八災王〉を封じた一族なのだから。
十一歳の頃、トウカは自ら生み出した哀しみの異形に殺されかけたことがあった。
外は酷いくらい雨が降っていたのを覚えている。それを助けようと力を使ったのがシンヤだったことも。
今より身体もずっと小さく、己の力の使い方も知らない。それでもシンヤは自らを盾に、目の前の異形からトウカを守ったのだ。
彼女を守り切ったシンヤはボロボロだった。いくら凄まじい潜在能力を秘めていようと、十一歳の子供だ。鎧に変化した身体中にヒビが入り、吸収しきれない魂が内側から漏れ出して満身創痍だった。ほとんど死にかけといっていいだろう。
武器化が解けてシンヤがその場に伏せたとき、トウカは怖くなった。父が消え、母が亡くなった次はシンヤが死んでしまうと。
─────もう、家族にいなくなって欲しくなかった。それが彼女の願いだ。
◇◇◇
凱奥・鬼丸の「魂喰らい」は格上である〈八災王〉を殺すための力。足りない魂を敵から補うことで常に対等に立つ、王殺しの切り札。だが、その力は不安定で脆い。使い方をロクに教えられなかったシンヤが御しきれる程、甘くもなかった。
それでも彼は、大切な人を守るために力を使うのであろう。
器が壊れて、自身の身が崩壊しようと構うことはない。あの雨の日にトウカを守ったように。
「がぁぁッ!! がぁッ!! あぁぁぁ!!」
シンヤの内から魂が溢れ続けている。
少しでも彼が気を抜けば、行き場を無くした力は爆ぜて、周囲を灰燼と帰すのだろう。
今のシンヤに出来るのは、苦しみながらでも、内で暴れる〈八災王〉の魂の断片を抑え込むことだけだった。
「シンヤ先輩ッッ!!」
隠れていたヒナミが駆け出す。傷ついたシンヤを癒そうと、少しでも彼の役に立とうと。
だが、トウカはそれを止めた。
「待って、ヒナミちゃん!」
「トウカ先輩ッ……嫌だ! 私がシンヤ先輩を助けなきゃ! 先輩、凄く苦しそうなんですよ!」
「わかってる」
「先輩、あのままじゃ死んじゃうよぉ!!」
「わかってるてばッ!」
思わず怒鳴ってしまった。ボロボロと涙を流すヒナミの横顔をみて、トウカはハッと我に返る。
「……ごめんね、ヒナミちゃん。今のシンヤの傷は貴女の力じゃ癒せないの」
ヒナミの力はあくまでも自身の魂を分け与え、補給する力。万能の回復能力には遠く及ばない。それどころか、今魂が溢れ出している状態のシンヤに、これ以上の魂を供給してしまうのは逆効果だ。
「じゃあ……どうすれば!」
「……ッッ」
その方法をトウカは知っていた。
あの雨の日と同じだ。トウカの血筋に宿る力の本質は〈武器師〉よりも〈封印師〉寄り。潜在的な才能なら、カサネとだって勝ると自負できる。
その〈封印師〉の才を持って、〈武器師〉としてのシンヤを封印すればいい。
「私は……」
十一歳の雨の日に。彼女は一度、シンヤに封印を施した。これ以上、戦って傷つく姿を見たくなかったから。
だから、彼の〈武器師〉としての力を封印し、その才が発現しないようにした。記憶にまでも封印を施し、自身の力のことさえも忘れさせた。
「……」
今のカサネなら、あの日よりもっと強い封印だって施せる。
今度はシンヤの魂に完全なる制限を設け、〈武器師〉としては勿論、〈封印師〉としての力すら完全に封じることが出来る。
「私が……私が今度こそッ!」
トウカはその手を前に構えて、シンヤへと狙いを絞る。
ずっとシンヤを戦いから遠ざけたかった。自分が戦えば、シンヤが傷つくことはないのだから。
だから嘘だって吐いたし、心にない罵倒だってした。彼を拒絶し、遠ざけようと、その度に泣いて、後悔もした。
だが、最初からこうすれば良かったのだ────。
「封印道の玖……禁錮ノ獄・苦渋空柱」
トウカの背後に数多の鉄柱が現れる。合計、九十九本の鉄柱。それら全てをシンヤの内側に突き立てれば、それで終わりだ。
「…………ごめんね」
これで、シンヤは戦う才を無くすだろう。
ずっとその事を望んでいた。なのに、何故だ。どうして自分の手は震えている?
「────ダメですッッ!」
ヒナミの体当たりが、トウカを弾く。そのせいで集中が乱され、展開された鉄柱は霧散してしまった。
「ッッ……ヒナミちゃん、何するの⁉」
「そんなことしちゃダメです!!」
自分を抑えるヒナミを振り払おうと、力を込めた。それでも彼女は負けじと力で抵抗する。
「ダメなんです……とにかくダメなんです!!」
「何がダメなのよ! あの姿のシンヤを助けるにはこれしか手がないのッ!」
「気づいてないんですか! トウカ先輩、凄く辛そうな顔してます! だから、とにかくダメなんです!!」
言われてハッとした。
酷く感情的だが、それがトウカに自覚させる。何故、自分が震えているかを。
「…………」
トウカはほんの少しだけ、その目を閉じた。瞼の裏に映るのは、傘を差し出してくれたシンヤの姿だ。
────貴女が俺を守るなら、俺が貴女を守る。その言葉が再び彼女の中で蘇った。
「……ありがとうね、ヒナミちゃん。私も目が覚めたわ」
感情の整理がついた。
心を沈めて、雨斬へと姿を変えたトウカは、その柄をヒナミ握らせた。
刀身には存分に〈封印師〉としての力を込めている。
「ヒナミちゃん……ちょっと私と無理してよ?」
「えっ……?」
「私の刃をシンヤに突き刺すの。そうすれば、今のシンヤを制御できるかもしれない」
柄を握るヒナミの腕からは震えが伝わってきた。それでも彼女は雨斬の刃を強く握って、瞳には覚悟を宿す。
「……わかりました。不詳柊ヒナミ。全身全霊ってヤツを賭けてやりますッ!」
今のシンヤの身体からは攻撃的な魂が溢れ出していた。刺殺能力がある攻撃が絶えず吹き出ている状態に近い。
そしてヒナミの目には魂の流れが見えない。すなわち、それは不可視の攻撃でもあった。
「ッッ……来るな、ヒナミ!! 力が抑え……られねぇ!!」
「お断りします、シンヤ先輩!!」
駆け出すヒナミは危機感知能力だけを頼りに、それを避けようとする。
「ッッ……!」
ほぼギリギリ。
頬に攻撃が掠って血が流れた。あと少しズレていたら眼球が貫かれていただろう。
だが、それで彼女は完全に日和ってしまった。
「無理ですッ! やっぱ無理でした!」
「ううん、もう十分な距離! あとは私がッ!!」
トウカがヒナミの手から離れた。
柄から魂を放出し、それを推力代わりに加速。暴れ狂う黒い鎧へと、雨斬の刃が接触し火花を散らした。
「大人しくなさい、馬鹿シンヤッ!」
鋼鉄の刃が鋼を穿ち、その奥まで喰い込でゆく。
「うぐッ……離れろッ! 離れてくれトウカさんッ!」
「嫌よッ! 貴方は私が助けるんだからッ!」
頭の中でイメージを探した。この暴れ狂う力をどう制御するか。魂の波長を合わせて同調しなければ、この力を抑えることはできない。
「雨が……雨が降っているッッ!!」
シンヤがそう答えをくれた。
そうだったと思い直す。どうやっても、二人から雨を切り離すのは不可能だった。二人の因縁にはいつだって雨が付き纏っている。
「「雨が降っている」」
二人は波長を重ね合う。手を取り合うように、ようやく二人の波長は繋がった。誤解も嘘も取り払い、二人の魂は共鳴を始める。
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