自問自答の果て
「ッッ……返せ! 返せよッ!」
シンヤはひたすらに立ち上がろうとした。それでも背中に打たれた磁力の刻印からは逃れられない。
内臓が圧迫され口から血が溢れた。背骨が砕け、折れ全身が軋む。だがシンヤは、そんな苦痛がどうでも良くなる程に目の前の光景から目を逸らしたかった。
傀儡にされたヒナミが雨斬を折ろうとしているのだ。血塗れになった手で刀身を握り、力任せに折ることを強要されている。
「ッッ……」
「嫌ッ……!! シンヤ先輩!! 私、嫌ァァ!!」
苦痛の声を小さく漏らすトウカ。弄ばれるヒナミ。二人のそんな姿は見ていられなかった。
「このクソリベレーターがッ! 待ってろ、テメェは俺がぶっ殺してやる!」
「ははは! そんな状態で凄んだって、全然怖くないのー!」
雨斬の刀身にはヒビが走る。ヒナミの指には刃先が食い込み、断ち切られる寸前で会った。
いつもこうだ。
シンヤは今日まで自分の弱さを何度も悔やんできた。その度に強くなろうと何度だって誓って来た。それなのに、待ち受ける結末は、いつも総じて何もできず這いつくばることだけだった。
迷鬼神の一件で、ヒナミとユウを護りきれなかった時。
ゴウマに手も足も出ず、負けた時。
いつも自分一人では何もできず、土の味ばかりを噛み締めて来た。
「畜…………生ッッ!」
トウカに雨傘をさせなかった時。その時、誓った筈だった。彼女を守ると。
人器一体を成しえた時。トウカと誓い直した筈だ。彼女に守ってもらう代わりに、自分も彼女を守ると。
それなのに何故、自分は這いつくばっているのだ?
ヒナミを助けなければならないのは誰だ?
トウカを守らなければ、ならないのは誰だ?
答えは明確であろう。それなのに何故、自分はここで這いつくばっているのだ?
「結局……俺は口だけだったのか」
シンヤは己の脆弱さを自覚した。本当の悔しさを知った。何もできない無力さを理解した。
ふと、シンヤの閉ざされた記憶が開いた。
ずっと昔にも、こんな感覚を味わったことがあるのだ。
確か、あれは十一歳の時。カサネとトウカの母の葬式の後────
◇◇◇
シンヤとトウカが十一歳の時。彼女の母、黒鋼(カナエがこの世を去った。
それでもトウカは泣かなかった。カサネがわんわんと泣いている横で、トウカは必死に涙を堪えていた。
きっと、シンヤの為に泣くのを我慢してくれていたのだろう。
シンヤは既に本当の母親を失っているのだ。一度母を失うのがこんなに悲しいなら、育ての母を失った心がどれだけの哀しみに包まれているのかを、幼い彼女は察してくれたのだろう。
トウカはそんなシンヤを守る為に、自分の哀しみを押し殺して、彼の震える手をずっと握っていた。
本当は自分が手を握ってもらいたい筈なのに。あの優しかった母に、涙を拭いて欲しかっただけなのに。
葬儀から二日後。泣かないトウカの代わりに、外はドシャ降りの大雨だった。
そんな時、トウカの哀しみから異形が生まれた。ずっと溜め込んできた思いは遂に彼女の許容量を超えて、溢れ出して来たのだ。
哀鬼(あいき)。────濡れた髪を揺らし続ける、ボロボロの異形だ。
そんな哀鬼の異様に痩せ細った手が彼女の首元に伸ばされる。
◇◇◇
「……雨が降っていた……そうだ、あの日も雨が降っていたんだ」
シンヤは思い出した。あの日トウカが異形に殺されかけたことも。その異形を自分が殺した事も。
気付けば、シンヤの意識はまた檻の中に囚われていた。
相変わらず、重々しい鉄で囲まれた狭苦しい座敷牢だ。
「今なら……この空間がなんなのかも理解できる」
全てを理解した脳内には、今まで思い出せなかった記憶が溢れてくる。一つ一つの要素が己の中で繋がり、完結された。
何故〈封印師〉の家系であるトウカが、頑なに〈武器師〉になると聞かなかったのか?
つい最近まで、どうして人器一体が成せなかったのか?
そもそも、トウカがシンヤを守るなんて言い出したのか?
その全てが今、理解できる。
「トウカ……思い出したぞ。全部」
胸の奥から湧き上がる感情は、怒りや憤りに近かった。
「にしても、雑な封印だな」
全てを思い出したシンヤを閉じ込めるのに、この檻は少々狭すぎる。
しかし、それは妥当でもあった。
この封印は十一歳の少女によって施されたのだから。寧ろ、こんな拙い封印でシンヤの力を封じ込めていたのは、それだけ彼女の思いが強く籠められていたからであろう。
今、一度シンヤは叫んで見せる。瞳を赤く染めて、武器として己の名を。
「──纏いて、砕け。凱奥・鬼丸(がいおう・おにまる)ッッ!!」
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