嘘つきトウカ

 人器一体の修行はいつも失敗で終わる。


 今日もその例に漏れなかった。


「あのさ……姉さん。もっと早くシンヤを止めれたよね?」


「ん?」


 人型に戻ったトウカは、気絶したシンヤに寄り添いながらに、自らの姉を睨んだ


「聞き方を変えるわ。〈武器師〉と〈封印師〉の魂の量や質が伴わない場合、劣ってる方の魂は傷つき、そのダメージは肉体にも反映される。姉さんなら知ってるルールよね?」


「そんくらい、私が知らないわけがないじゃない。けど、私の見立てでは、そろそろ一回くらい成功しても良さそうなのよね」


 カサネの観察眼が間違っているとも思えない。


 シンヤが怨鬼を屠るまでに放った手数は、十発を下回る。ライセンス持ちの〈封印師〉が異形を倒す際の手数が二十前後と言われているのだから、筋自体は決

して悪くないのだ。


「けど……」


 シンヤの右腕から生傷が絶えることがない。トウカを握るたびに塞がりかけていた傷が開き、また塞がり、開きの繰り返し。そんなことをしていては傷も癒えるわけがないのだ。


 トウカは傷だらけになった腕を傍目に、瞼を伏せる。


「シンヤのことは私だって心配よ。けど敢えて酷いことを言い方をするのなら、別に今に始まったことじゃないでしょ?」


「だけど……」


「ねぇ、トウカちゃん。なんか最近、悩んでるんじゃないの?」


 カサネは直球で聞いた。特に目立った兆候が見られたわけでもない。


 ただ、なんとなく、そう感じた。強いて言えば姉としての勘だろうか。


「……正直、私とシンヤじゃ、やっぱり釣り合わないと思うの。……姉さんだってわかるでしょ。腕がこんなふうに壊れるのは、私の魂にケンヤが押し負けている証拠だって」


「それで?」


「……私はシンヤを説得すべきだって思ってる。人には向き不向きがあるんだし、シンヤにはもっと自分に向いていることを見つけて欲しいって」


 その言葉は、真面目で堅実なトウカらしからぬものだった。


 少なくとも、それは共に戦う〈封印師〉に向けるべき言葉ではない。


「つまり、シンヤにはトウカちゃんほどの才能がないから、〈封印師〉をやめるべきって言いたいの?」


「そうじゃないッ! ……けど、」


「アンタの言いたいことは、そういうことよ」


 日に日に彼女から感じる違和感はなんだろうか? シンヤとトウカの会話は、姉の目線から見ても少なくなっている。


「トウカちゃんはシンヤが〈封印師〉になるのが嫌なの?」


「……うん。……私はシンヤに〈封印師〉をやめてほしい」


 トウカの言葉は、自身の内側に沈んでいた重々しいもの引き上げてきたようだった。


「トウカちゃんは、こんなふうに戦うシンヤを見たくないの?」


「うん……シンヤは私と違って、修行で異形が見えるようになった。けど、修行をやめれば」


「そうなれば、確かにこの子は〈封印師〉じゃなくて、普通の男子高校生に戻れるわね」


 トウカ達、〈武器師〉は憑代の武器に魂を移した瞬間から、異形を見るために瞳が赤く染まる。


 対してシンヤやカサネの目は黒いまま。封印師は日々の鍛錬重ね続けることで、異形を見るための目を維持しているのだ。


 カサネなりに妹の主張をまとめるのなら、「幼馴染のシンヤを危険に晒したくない。異形と戦うことも止めてしまえばいい」と言ったところだろうか。


 たしかに、聞いているだけなら、それはトウカなりの優しさにも感じられる。

〈封印師〉や〈武器師〉は異形が見えるからこそ、その恐ろしさと醜悪さを一番に知っている。だから、彼女の言い分は筋も通っていて、納得できる物だった。


「なるほどね、んじゃ、お姉ちゃんからアドバイス……というか警告なんだけどさ。やっぱり嘘はよくないと思うの」


「え……?」


「聞こえの良い言葉で、本音を取り繕うのはやめなさい。下手なラッピングほど痛々しいものもないわよ」


「そんな。私は嘘なんて!」


 トウカの言い分全てが嘘ということはないのだろう。


 トウカは確かに、シンヤのことを安じて〈封印師〉を止めさせようとしている。


 だが、彼女が嘘をついているのは明確だ。


「悪いけど、トウカちゃん。アンタが嘘をついたら、誰にだってバレちゃうと思う。────だって貴方は真面目がすぎるんだもの」

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