苛烈なる鍛錬とお姉ちゃん③

 カサネは何処からか、伊達メガネを取り出して教師の真似事のようなことを始める。


 本人はカリスマ女講師のつもりなのだが、ジャージ姿のせいで体育教師感が拭えずにいた。


「まず第一に、人器一体とは!」


「〈封印師〉が〈武器師〉を手にした状態を指す言葉で、〈封印師〉が得意とする封印道の技と、〈武器師〉の得意とする隠形の技に加えて、その複合技である魂隠道を操れるようになる……でしょ」



 トウカが淡々と答えた。

〈封印師〉も〈武器師〉も、魂隠道に至れて初めて一人前と認められるのだ。正式な〈封印師〉と〈武器師〉として活動するには、対異形機関の用意した試験を経て、ライセンスを獲得する必要がある。だが、魂隠道に至れた時点でその実力も、ライセンス所持者に相当するのだ。


 カサネから見て、シンヤとトウカの実力は、充分にライセンス所持者と遜色がないと思っている。


 しかし、それはあくまでも個人としての話。


 二人はこれまで、何度「人器一体」を試しても成功できずにいた。カサネが注意深く原因を観察しても、不思議なくらい上手くいかないのだ。


 だから、最近はこうして基礎理論を反復させてから修行に入るようにしているのだが、果たして────


「んじゃ、シンヤ。魂の一番代表的なルールを言ってみなさいな」


「魂に干渉できるのは魂だけってやつか?」


「正解。それで、その最たる例外こそが、トウカちゃん達〈武器師〉なの」


 カサネはトウカへと手を伸ばし、彼女の武器としての名前を呼ぶ。


「我が手に来たれ、雨斬」


 カサネの声に応えるように、トウカの全身が一振りの日本刀へと変化した。雨に濡れた黒髪のように妖しく輝く二尺三寸の刀身と、紫陽花型の鍔を持つ刀。それが武器としてのトウカの姿だった。

  

 雨斬を握るカサネの人器一体の姿は様になっている。さすが姉妹と言うべきか。仮にシンヤが雨斬を握るより、彼女が握る方がよほど似合っているようにも思えた。


「〈武器師〉ってのは、魂の憑代を武器にしている状態。けどルールに則るなら、武器という物質の時点で魂に干渉できないんだから、憑代に出来るはずもない……けど、何故か〈武器師〉はそれができるのよね」


 そもそも〈武器師〉の歴史というものは、遥か昔に〈八災王〉を封印した後に、殆どが失われてしまっている。


 そのためか、人間の肉体から武器へと魂を移す方法は受け継がれてきても、何故その方法で魂のルールを無視して出来るのかはよくわからないままなのだ。


「まー、そんなわけで〈武器師〉のことは実際、わかってないことの方が多いの。けど、異形を倒したいのなら、〈武器師〉を用いるのが一番楽ってのは、さっき見てもらった通りよね?」


 シンヤが何度も拳を打ち込み倒した怨鬼を、武器師たるトウカは一撃で屠って見せたのだ。それは魂に対して肉体の縛りというリミッターがないからこそ、出来る荒技でもある。


「さて、そんなわけでシンヤに問題! そんなルールから逸脱した〈武器師〉を最も有効活用するにはどうすればいいでしょうか?」


「〈武器師〉たちのデメリットは出力に制御が効かないことだ。なら、魂のコントロールに長ける俺たち〈封印師〉が、出力を調整してやればいいってことだろ」


「またまた正解!」


「〈封印師〉は世間一般で異形を封印してる職だと思われてが、最近の異形は昔に比べてずっと弱くなっているから倒すことの方が多い。むしろ、俺達が封印してるのは、その手に握る〈武器師〉の力である。────このイメージを持って望むのが人器一体を成功させる一番の基本である……だったよな?」


「よろしい。私の教えたこと、しっかり覚えるじゃない」


 カサネは満足気に指を弾く。


 異形を倒せるだけの攻防能力を持つ代わりに制御が効かない〈武器師〉と、魂の流れを操る技術を持つ代わりに肉体的な縛りのせいで、今ひとつ出力に欠ける〈封印師〉──ならば、〈封印師〉が〈武器師〉を制し、互いの弱点を補えばいい。これが大まかな理屈であった。


 理屈だけならシンヤだって百も承知だ。しかし、理解するだけで出来るほど人器一体は甘くない。


 いくらカサネがインテリぶったところで、最後は実践あるのみなのだ。


「それじゃあ、正解のご褒美に、カサネちゃん特製・怨鬼が封印された壺をプレゼント!」


「んなもん、いるかよッ!」


 待ったなし。またもや唐突に最後の壺を投げつけて、割ってしまうカサネ。断じて彼女に悪気はない。


「クソッ!」


 消耗した身体を無理やり動かし、シンヤは割れた壺との距離を取る。


 壺の中から這い出て来る怨鬼は、二人が倒した個体よりも一回りか二回りは大きな個体であった。


「ギュぃぃぃぃぃー!!!!!!」


 その絶叫はシンヤの中に残る魂を直接揺さぶりに来た。


「さぁ、シンヤ。生きて帰るには、トウカちゃんを使いこなすしかないわよッ!」


 天才肌なカサネはどんな無理難題に対しても、簡単だと笑い飛ばしてしまう悪癖がある。そのことを咎めたいシンヤであったが、少なくともこの巨大怨鬼を倒さなければ、それも叶わない。


 軽く呼吸を整え、全身を巡る魂を落ち着かせる。波紋ひとつない水面のイメージで残っている魂を制し、敵たる異形を真っ直ぐと見据えた。


 イメージも覚悟も十分だ。カサネが簡単にやってみせたように、ただトウカの武器としての名前を呼べばいい。


 焦る心にシンヤは何度だって言い聞かせる。


「俺に力を貸してくれ、雨斬ッ!」


 カサネが握っていた雨斬がシンヤの声に応えて、まっすぐ飛んできた。傷だらけの右腕で彼女をしっかりと掴むと。決して手放さないよう全神経を集中させる。


「ぐうッッ!」


 次の瞬間、右腕に激痛が走った。 


 その痛みをどう評するかは難しい。まるで血管に液体窒素を流し込まれたような冷たさ、或いはドロドロに溶かした鉛を浴びせかけられたような熱。骨の軋むような痛みや、筋肉が繊維にそって引き裂けれてゆくような痛み。それらの苦痛が総じてシンヤの右腕を潰そうとする。


 そのすべてが魂の傷つく痛みであった。


『シンヤ! 私を離して!』


 その苦痛に歪んだ顔を一番近くにいるトウカは見ていられない。


 すぐに自分を手放すように迫るも、苦痛と葛藤を始めたシンヤには聞こえていなかった。


 シンヤはひたすらに、頭の中で痛みを緩和するイメージを走らせる。魂の流れを制して、掌の中で暴れ出す雨斬を制しようとありったけの力で抗った。


『シンヤ! ねぇ! シンヤってば!』


 次いで、魂の傷が肉体へと反映され始める。皮膚が裂け、塞がっていた傷口から血が滴る。


「────そこまでッ!」


 ついに見守っていたカサネが、待ったをかける。


 だが、シンヤは聞かなかった。歯を食いしばり、尚も雨斬を制し人器一体を成そうとするのだ。


「カサネ姉も……トウカもちょっと黙ってろよ! 今日こそ……今日こそ、俺はッ!」


「このバカ弟子が!」


 カサネがシンヤの間合いへと踏み込んだ。手加減したボディブローを溝内に食い込ませ、シンヤの肺を押し潰し意識を刈り取る。


 手放された雨斬をキャッチ。さらに、爪先を軸に身体を反転。迫る怨鬼と対峙した。


「ごめん、怨鬼ちゃん。シンヤがこんなんだから修行は中止。もう一回私に封印されてくれない?」


「ギュぃぃぃぃぃい!!」


 異形にとっては、そんな事情も関係ない。大口を開けて三人の魂を喰らおうと突っ込んでくる。


「ったく。今日はオフなんだけど……仕方ないわね」


 カサネは拳に魂を集める。その構えはシンヤも使った封印道ノ壱・魂滅のものだ。


「オラぁッ!」


〈封印師〉十席に名を連ねる夜叉の彼女は、わざわざ技名を唱えることも必要としない。大きく飛び上がると、ありったけの怒号に合わせ、巨大怨鬼を頭上に拳を叩き落とす。


 その威力は並みの〈封印師〉に出せるものを遥かに上回っていた。魂の量と質が違いすぎるのだ。


 思念同士の継ぎ目を完全に破壊したカサネは何事もなかったかのように着地してみせる。

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