苛烈なる鍛錬とお姉ちゃん②
「封印道ノ壱・魂滅ッ!」
シンヤの拳はまっすぐと怨鬼を捉え、その一撃を叩き込んだ。殴ったというよりは、全身を巡る魂を拳へ集中させ、ぶつけるイメージに近い。
「ッ……!」
だが、その一撃は、怨鬼を怯ませる程度の威力しか持たない。「魂滅」だなんて大層な名前でも、シンヤが〈封印師〉である限り、出せる威力には限界がある。
肉体という外殻によって、自身の魂に制限を掛けているせいだ。
〈封印師〉は〈武器師〉のように、魂を外へ垂れ流しにしない分、スタミナはある。しかし、異形を倒すに至るまでの攻撃力は極めて低かった。
「キぃ?」
怨鬼が首を傾げながら、腹のあたりをポリポリと掻き出す始末だ。完全は挑発されている。
「舐めやがって……封印道ノ弐・魂爆撃ッ!」
殴ってダメなら、蹴ればいい。
足の筋肉量が腕の筋肉量に勝るように、シンヤの体内を巡る魂の量が多いのも、また足である。
今度は確かな手応えもあった。トウカに習うように放たれた蹴り技は、怨鬼の顎を砕くだろう。
だが魂の結合を解くには至らず────
「クッソ! やっぱ威力が足りねぇ」
「コラ! 集中を乱すな! 心の乱れは、そのまま魂の乱れにつながるぞ!」
カサネの指摘通り、シンヤの魂は揺らいでいた。異形は思念から生まれた魂の固まり。それに有効打を与えたいのなら、自身の魂を決して揺るがない、それこそ鋼のような状態に保ち続けるしかないのだ。
少なくとも、今のシンヤの苛立ちが混ざった軟弱な魂では有効打になり得ない。
今度は怨鬼の両拳がシンヤに迫ってくる。何とか、後ろに飛び退いて攻撃を避けるも攻撃の応酬はやまなかった。
「ッ……!」
異形は物理的な破壊力を一切持たない。現に怨鬼がシンヤを仕留めそこなったせいで殴りつけられた山道や木々には傷一ついていなかった。
魂に干渉できるのは魂のみ。このルールに則り、異形は建物の壁を破壊したり、人を傷つけることもできない。それどころか、〈武器師〉や〈封印師〉以外の目に映ることすらないのだ。
だが、そのかわり──異形の攻撃は肉体をすり抜け、魂への直接攻撃へと繋がる。
さらに魂の負ったダメージは肉体にもフィードバックされ、万が一にも魂が壊れるようなことがあれば、それは人の死にだって直結する。
魂を操るもの同士のぶつかり合いは、互いに防御不可能な攻撃を押し付け合う、一切の油断が許されない殺し合いなのだ。
「キィィィィィ!!」
シンヤの魂を叩き潰そうと、怨鬼の平手が降ってきた。
本来はこういった実践的な修行を行う場合、ある程度の調教が済んだ異形を練習台に用いるのが通例である。
だが、カサネのことだ。それでは修行にならないと、未調教の怨鬼を使っているに違えない。
ギョロつき血走った目はシンヤに向けて、荒々しい殺気を放っていた。
「チッ……舐めんじゃねぇ……封印道ノ参ッッ」
しっかりと地面に靴裏をこすりつけ、踏ん張りを利かす。手の平で放出する魂量を調節。そのまま、シンヤは自身の前面に魂で防御壁を形成した。
「断続魂壁ッッ!」
怨鬼の攻撃を、シンヤの防御壁が弾いた。
トウカたち〈武器師〉の武器化した部位からは、常に一定量の魂が放出されている。その放出された魂で、異形の魂を相殺するのが彼女らの防御手段だ。イメージとしては、常にバリアを纏っているようなものだ。
では、シンヤはどうだろうか?
〈封印師〉は常に魂を放出していない。それでも魂を狙う異形の一撃を、自身も魂を用いることで相殺し、防御する技術が求められるのだ。
〈武器師〉が常にバリアに守られているのに対して、〈封印師〉は敵の攻撃に合わせて、ピンポイントにバリアを貼るイメージを持つ必要がある。さらに、その難易度は想像よりも数段高い。
「シンヤ! 今の防御、タイミングがギリギリよ。もっと余裕を持ってガード! あとガード後も気を緩めない!」
「……ったく、わかってるんだよ!」
頭でわかっていても、肉体と魂が理想のイメージに追いついていない。大切なのは、今の自分の限界とイメージを噛み合わせること。
静かに。そして波立つ魂を落ち着かせろ。
「〈封印師〉見習い時雨沢シンヤの名の下に、その怨嗟を今断たん。封印道ノ壱・魂滅ッッ!」
防御壁に退く怨鬼の額へと、再び魂滅を叩き込む。
だが、今度はシンヤの視界が一瞬ブレた。さっきの防御壁を形成するのに内包する魂を使い過ぎてしまったのだろう。
「ッ……!」
いっそ、ジリ貧になるくらいなら、このまま肉体の中の魂量が尽きるより早く、ラッシュに転じる。
「魂滅ッッ! 二連打ァ!」
拳を交互に振るって、怨鬼に畳みかける。シンヤの目には解れつつある怨鬼の継ぎ目が見えた。
そこへさらなる一撃を叩き込むべく、シンヤは魂を手の平に集め、凝固させるイメージを脳内で走らせる。
「コイツで決めてやる……封印道ノ肆・突魂弾ッッ!!」
継ぎ目へとシンヤの魂が爆裂した。怨鬼の腹にまんまるの穴が空いて、そこから解れ、消滅してゆく。
突魂弾は魂を放出と同時に円錐状に形成し、それをドリルのように回転させ撃ち放つ技だ。
封印道の技は壱から拾まで。数字が進むにつれて、効果の質が上がっていくが、それに伴い技の難易度と消耗する魂量も上がっていく。シンヤの放った突魂弾は「肆」。とても見習いが扱うには、そぐわない技だった。
「ッッ……」
ごそっと全身から魂を出し切ったシンヤはその場へと倒れ込む。
「そこまで! 〈封印師〉のウリはスタミナなんだから、倒れるような魂の使い方はするなって、何度も教えたはずだよね」
「なら……どうしろってんだよ」
「例えば、さっきの突魂弾。体外へ放出された量が百だとしたら、実際に形成されたのは四十程度。残り六十はアンタの制度と速さが遅いから空気中に分散してるのよ。封印道の壱と弐はただ放出するだけで簡単だけど、参からはそこに形成の過程が入る。まずはそこで魂の無駄遣いをしないことね」
カサネは細かなシンヤの魂の流れまで見ていた。同じ〈封印師〉の先輩としてのアドバイスも的確なものだ。
「……」
トウカも這いつくばるシンヤをただ、黙って見ていた。その赤い瞳が何を考えているのか、は分からない。
それでも、何となく苛ついていることは伝わってきた。自分を扱う〈武器師〉がこのザマでは、トウカが苛立つのも無理はないだろう。
そう結論を出して、彼女から逃れるよう視線を逸らした。
◇◇◇
魂がカラカラになるまで消耗しきり、途方もない疲労感に襲われるシンヤたちだが、カサネの特訓は終わらない。
その手元には最後の壺が握られていた。
「さて、それじゃ肩慣らしはここまで!」
カサネは本当に簡単に言ってくれる。
山登りの後に、実戦を強要させ、さらにそれを肩慣らしというカサネの特訓は、相当にスパルタである。怨鬼だって、本来ならば〈武器師〉と〈封印師〉が協力して倒す敵だ。それぞれ単独で倒せるような異形じゃない。
だが、彼女は既に知っているのだ。なんだかんだと言いつつ自分の弟子たちが優秀なことも、負けず嫌いなことも。
トウカが歯を食いしばって立ち上がると、シンヤもそれに負けじと続いた。
「わかった……次は何をすればいいの、姉さん?」
「俺もだってまだやれる……トウカさんに負けてられないんだよッ!」
「ふふ……その根性だけは昔の私より立派なんだから。もうひと頑張りいくわよ、見
習いども!」
トウカはひたすらに強さを求め、その為ならどんな努力も惜しまない。
その渇望はもはや執念とも言っていいだろう。姉からしたら、もっと普通の女の子らしく育って欲しかったのだが、トウカは頑なに〈武器師〉になると聞かなかった。
なら、カサネに出来ることは彼女が死なないよう鍛え上げるだけだった。
シンヤだってそうだ。トウカの後を必死に追いかけて来けて、強くなろうとする。ならば、将来的には自分より強い〈封印師〉になってもらわなければ話にならない。
指導をするカサネ自身も気を引き締める。
「これからやるのは、いつもアンタらが躓く『人器一体』の修行よ! すこぶる気合を入れなさいな!」
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