炸裂! トウカキック!

 実のところシンヤがトウカ絡みのことで他人から羨ましがれることは少なくない。皆が二人の少し特別な関係を知っているからだ。


 ……といっても、普段のシンヤはトウカのおまけぐらいにしか認識されていないのだが。


 〈武器師〉と〈封印師〉は二人一組で戦うのが基本である。それは見習いであっても同じこと。トウカの場合なら日本刀に変化し、それを持って戦う役割がシンヤであると言うことは、すでに周知の事実であった。


 黒鋼という名が教科書に載るくらいなのも、トウカが〈武器師〉であることが皆に知れ渡る一因だろう。


 かつて異形の王たる〈八災王〉の封印に携わった一族の末裔こそが黒鋼家、つまりはトウカのご先祖様なのだから。


「はぁ。マジで羨ましいぜ。幼馴染は歴史にも名を残すような名家のお嬢様。その上に学校一の美人、しかも日本刀という男子なら一度は憧れる武器にまで変形するときた! 神は二物を与えないなんて嘘だ! 一体どうなったんでだよ!」


「……俺が知るかよ、面倒くせぇ」


 面倒な友人にこんな絡み方をされるなら、素直に掃除に参加しておけばよかったとシンヤは少し後悔をする。


「というか、あのトウカさんが刀になるってどんな感じなんだ? やっぱいい匂いとかするのかよ?」


「お前……そういうの、マジでキモイぞ」


 ユウの馬鹿さには思わず本気のトーンで呆れてしまう。そもそも、トウカを武器として握るときは異形と戦う時だ。匂いを嗅いでいる余裕もない。


「トウカさんはな、」


 それどころか、シンヤは未だにトウカを握ったことさえないのだ。


「……トウカさんはな。……いや、あの人について俺もよくわかんねぇんだよ」


「またまたー。〈武器師〉と〈封印師〉はいつも一緒にいるんだろ? はっ! もしかして、実はもう大人の階段とかを一足早く登ってたり!」


「ユウ。まずは異形より先にテメェを封印してやろうか?」


「はい。すいません」


 この年頃はどうにも、男子と女子が一緒にいるだけで、騒ぎ立てる節がある。


 特に去年のバレンタインデーは酷かった。トウカから義理チョコを受けとってしまったばかりに放課後のシンヤは、全校男子から追い回され、挙句に殺されかけているのだ。


 あの日は朝から陸上部に全力鬼ごっこを強要され、逃げ延びた先にはバットで武装した野球部。そこをやり過ごした先ではサッカー部……といった感じにあらゆる部活の追跡を掻い潜った。


「お前も大変だったんだな」


 ユウが同情するように、肩に手を置いた。だが、シンヤは忘れない。


「テメェも他の連中に紛れて、俺を殺そうとしたこと忘れてねぇからな」


 口笛を吹いて知らん顔の親友を、思わず本気で殴り倒したいと思ってしまった。腰が痛まなければ、多分殴っている。


「ったく……」


 ただ、この逃走劇はシンヤにとって地獄の序の口でしかなかった。命からがら逃げ切ったシンヤを待っているのは、〈封印師〉見習いとしての仕事である。


 シンヤに対する嫉妬の思念から生まれた怨魂が校内に大量発生し、無視できない数になってしまったのだ。さらに〈封印師〉見習いのシンヤはその責任をとらされ、ほぼ徹夜で怨魂の封印を任された。


 尚、ことの発端となったトウカはこれら一連の事件を知らないのが恨めしい。自分までもが漏れ出した感情から、恨みの異形を生んでしまうところだった。


「大体。皆は勝手に俺がトウカさんを持って戦う姿をイメージしてるだろうけど、俺はまだ見習いなんだぞ」


「ん? 見習いだと〈武器師〉を持てないのかよ?」


「あぁ。〈武器師〉の力に〈封印師〉の実力が伴ってない場合は最悪、握った腕がもげる。おかげで俺はいつも手当て係の世話になってるくらいだよ」


 シンヤは自身の右腕をチラつかせた。そこには黒地の皮グローブが嵌められている。


 シンヤの口振りで、グローブの下がどうなってるか察したユウは自分が軽率なことを言っていたことに気付かされた。


「……なんか悪りぃ。……あんま考えてなかったわ」


「いいよ、別に。お前の馬鹿さ加減にも、修行でケガをするのにも慣れちまったからな。それに俺はトウカさんと違って、自分でこの道を選んだんだ。将来は一人の〈封印師〉として誰かのために戦う覚悟だってもう済ませてる」


 静かに拳を握るはシンヤは、自分でも思わず「らしくない」と感じてしまう。それでも今の言葉は紛れもない本心だった。


 ◇◇◇


 ところで、何かをお忘れではないだろうか? 


 今、シンヤたちは自分の掃除当番をほっぽり出して、サボっていることを。そして、そんな幼馴染に制裁を加える少女がいることを──


「ふーん、覚悟はできてるのね」


 二人の背後の窓から、その声は得も知れぬプレッシャーと共に迫る。


 振り返れば、そこには愛想笑いを浮かべたトウカが仁王立ちのまま、二人を見下ろ

していた。


「ト……トウカさん……」


「ねぇ、シンヤ。その覚悟ってのは、掃除をサボってトウカキックを受ける覚悟も含まれてるのかしら?」


「そ、そんなことは……はは」


 シンヤには分かる。彼女の顔には満面の笑みこそ浮かべられているが、その裏では怒りの業火を燃やされていることを。


「おいユウ。三、二、一で、逃げるぞ……」


 親友からの返事はない。脇目で見れば、すでにそこにユウの姿はなかった。


「あの野郎、俺を見捨てて逃げやがったな!」


 その白々しさを呪いたいところだが、まずは目の前のトウカだ。今こそ、地獄のバレンタインデーを生き延びた脚力を発揮する時である。


「チッ! なら俺も!」


 シンヤはトウカへと背を向け、ベランダ伝いに隣の教室へと逃げ込んだ。


 窓枠から侵入して、後ろに引かれた机の群を飛び越えれば、廊下に踊り出る。それでもトウカはシンヤの通ったルートを綺麗になぞって追いかけて来る。


「逃げると、制裁が重くなるわよ!」


「いや、制裁が確定してる時点で、逃げるしかないんですが!」


 生徒指導の鬼教師の前ですら太々しい態度でサボりに励むシンヤが、トウカに対してのみ敬語を使うのは、刻み込まれた恐怖からだろうか。


 シンヤは階段へと滑り込む。だが、トウカに背中を見せた時点で制裁は確定していた。彼女は階段の上から、軽く狙いを定めている。


「トウカキック。良い子は真似しないでバージョン」


「ま、まさか!」


 そう思った時にはもう遅い。階段を飛び降りての、必殺トウカキックが炸裂する。


「ぎゃあぁぁぁっ!!!」


 某特撮ヒーローを思わせるキックを喰らったシンヤは、洒落にならない悲鳴と共に階段をゴロゴロと落下した。それを傍目に、綺麗なフォームでトウカは着地する。


「うがっ……がっ……こ、殺す気ですか⁉」


「この程度で死ぬような、シンヤじゃないでしょ?」


「いや、普通に死にますから!! いくら〈封印師〉見習いでも死ぬときは死にますから!」


 少なくとも下半身の感覚は完全に死んでいた。ついでに言うと、階段から転げ落ちた先は一年生の教室だ。顔も知らないような後輩たちの前でメンツを潰されたのだから、先輩としてのシンヤも死んでしまった。


「ほら、立って」


「いや……腰の痛みで立てそうに……」


「立て」


 このドSめ。なんて口に出そうものなら、もう一発、トウカキックが飛んでくるだろう。


 トウカの凶暴性は年齢を重ねるたびに増しているような気がする。数年後には対峙した異形でなく、トウカに殺されてもおかしくはないだろう。

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