第2話 一つ目の願い(2)
(2)
「左手にグローブをはめて、そう、それでいい。俺がボールを投げるから、そのグローブでキャッチして右手で俺の胸辺りをめがけて軽く投げるんだ。」
そう言ってまっちゃんは緩いボールをアラやんに投げた。アラやんが上手くキャッチし、まっちゃんに投げる。
「そう、それでいい。これをずっと繰り返すんだ。続けよう。」
アラやんはホッとした。大したことはなかった。そして、これをひたすら繰り返した。
だが、そのうちに単調で飽きてきた。
「あの、ま、まっちゃん。」まだ、そう呼ぶのに抵抗があり、ぎこちない。
「なんだい。」
「こんなことして面白いのですか?」
「面白くない?」
「うーん。正直わかりません。」
「そう?」
「これ、どうしたら勝ちでどうしたら負けなんでしょう?」
「いやいや、これは野球の練習であってゲームではないから勝ち負けはないの。」
「だったら野球をしたらどうです?その方がゲームだから楽しいのではないかと思いますが。」
「野球は九人対九人でやるものだから二人じゃできないんだよ。」
そう言われてアラやんは訳が判らなくなった。野球のゲームが出来ないのに練習するのだから、今、すごく無意味な事をしていないだろうか?
暫くしてまっちゃんが
「徐々に距離を遠くするよ。」と言って後ろに下がった。初めのうちは問題なかったが、ある程度離れるとボールを強く投げないと届かない。まっちゃんの投げるボールの速度が速くなりにつれ、まっちゃんはへっぴり腰になって身体が逃げた。
「もっと真正面で、捕らなきゃ。」
そう言ってまっちゃんが少し強めのボールを投げた。
「そうは言っても。・・・」アラやんは球に当たったら痛そうなので、ついつい身体は避けてグローブだけで捕る。
「球を怖がっちゃ駄目だ。」アラやんからの返球を受けてさらに球に力を込めた。
「ひー。」とうとう怖くなって、身体を避けて捕りそこねた。後ろにボールが弾んでいく。
「ほら、モタモタしない!捕りに行って。」
慌ててアラやんはボールを追いかける為に走った。そしてなんとか追いついたところで遠くからまっちゃんの声。
「はい。そこから遠投!」
必死にアラやんは腕を振ってまっちゃんにボールを返す。球は大きく逸れバウンドした。まっちゃんも移動しながらキャッチするとアラやんに遠投。
「うわぁ。」捕るのが怖くてまたアラやんは捕り損ねた。再びダッシュして後逸した球を追いかける。なんとか追いつくと、遠投しても届きっこないので、まっちゃんの指示を無視して出来る限り、元の位置まで走って戻ってから、ボールを投げた。
もう走るのはこりごり。意を決してアラやんはまっちゃんの強い球を逃げずに真正面から捕球した。
「そう!それでいいんだよ。アラやん!」
アラやんはホっとした。返球し再び強いボールが来ても、もう逃げなかった。そして繰り返すうちに自然とキャッチボールが出来るようになった。
「よーし、身体、温まったな。今からノックを打つからしっかり捕るんだぞ。捕ったらワンバンでこちらに投げてくれ。」
まっちゃんは置いてあったバットを握ると
やはり側に置いていたバケツから軟球を取り出した。バケツにはこんもり軟球が入っている。
「え、なになに?」困惑するアラやんにお構いなく強烈なゴロをまっちゃんは打ち込んだ。
「ヒー。」これを捕るのだと判断したがあっけなくトンネルをした。
「もっと腰を落として!それ、もういっちょ!」
再び正面のゴロ。なんとか捕球するアラやん。
「ふー。入った。」
「急いでこちらに投げる!」
アラやんは慌ててワンバンで返球した。
「ヨシ。この調子で百本行くぞ!」
「ひゃく?」
その後、右に左にノックの雨をまっちゃんは浴びせ続けた。アラやんは左右に横っ飛びで捕り続けた。アラやんも相当疲れているがノックを打ち続けているまっちゃんも肩で息をしている。その内にまっちゃんはフト、ノックを止めた。
「ハアハア、ハアハア、アラやん。」
「ハアハア、ハアハア、何?・・・ハアハア。」
「俺たち、なんでこんな練習してるんだっけ?」
それを聞いてアラやんはワナワナと怒りで震えだし叫んだ。
「お前がそれ、言うかー‼」
グローブを地面に叩きつけた。始めて五十九本目のノックだった。
二人ともバテて野原に仰向け大の字で寝そべった。共に息が切れていた。暫くすると落ち着きアラやんは改めておおきく広がる空の青さと白く流れる雲を見た。そよ風が気持ち良く感じられなんだか気分がスカッとしていた。
「アラやん。ありがとうな。」
まっちゃんが空を見ながら言った。
「いや。こっちこそ楽しかったよ。ありがとう。」アラやんも空を見ながら答えた。先ほど怒りに声を荒げたせいかアラやんもため口をきけるぐらいの間柄になっていた。
「これで一つ目の願い事は叶った。」まっちゃんがそう呟いたのを聞いてアラやんはホッとした。
「良かった。ならランプに戻るよ。ただ、」
「何?」
「いや。もう少しだけこのまま休ませてくれ。」アラやんはそう言って笑った。
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