第3話  二つ目の願い

(1)

 翌日。まっちゃんは今日一日、掃除やら洗濯やら日常の雑事をいつも通り行っていた。昼、備蓄していたじゃがいもやとうもろこしといった自給自足の収穫物を茹で、簡単で質素な昼食をテーブルに用意した。

一つ目の願いを叶えたアラやんは一旦、ランプの中に戻っている。その間にまっちゃんは二番目の願いを考えておくことになっていた。願い事は三つを五日以内に済ませるようアラやんから言い渡されていた。というのも魔法が使える期限が外界では五日と決まっており、仮に途中でもランプに吸いこまれて終了なのだという。なので、まっちゃんもそれに同意していた。

昨日の夜、残りの二つの願い事のうち最後の願い事が先に思いついた。その前の願いを何にするかに関しては、なかなか思いつかなかった。だが、今こうしていつも食べて飽き飽きしている収穫物を見ている内にある閃きを感じた。

「それを実行するにはアレがあった方が良いな。」そう独り言を言うとまっちゃんはぼそぼそと茹でただけのジャガイモを口に運んだ。


 午後、まっちゃんは物置に入っていった。

古いアルバムを引っ張り出し昭和時代の古ぼけたラジカセと数個のカセットテープも探し当てリビングに運んできた。ラジカセはサンヨー製の赤いダブルカセットデッキだ。カセットからカセットへダビングするのに便利で八十年代に流行したタイプである。

 家じゅうを捜して単二の乾電池を七つ見つけてきてラジカセに入れてみた。再生ボタンを押してみる。片方のカセットデッキは動かなかったがもう片方は幸い壊れていなかった。使える方に適当にカセットテープを入れて再生した。何もインデックス紙に曲名が記入されていない。暫くノイズ音が聞こえ、それからノスタルジックな音楽が聴こえてきた。はるか昔のスローなテンポ。トランペットの音色はハリー・ジェームズのものだ。曲名は確か「スリーピー・ラグーン」。(ああ。ジャズ系のテープだったか。うん、イイ感じだ。)

聞いているうちにコーヒーが飲みたくなり豆を挽いてサイフォンにかけた。酒の飲めないまっちゃんの唯一の嗜好品であり、コーヒー豆だけはいつも備蓄してある。

 コーヒーが出来上がるまでの間に音楽はデイブ・ブルーベックの「テイク・ファイブ」に変わっている。(なんだ。この並びは?)不思議に思っている内に色々な事を思い出してきた。これはFMラジオのジャズを聴かせる番組をエアチャックして録音したものだった。当時は流行りのポップスやニューミュージックだけでなくジャズやシャンソン、映画音楽等を聴かせる番組が幅広くあったのだ。大分背伸びして聴いていたのだと思うがそのせいか、いつの間にか好みの音楽の種類が増えていた。こんな事も青春の一端である。

 程なくドリップし終わりコーヒーをマグカップに注いだ。コーヒーの香りが部屋中に広がり、一昔前に流行ったログハウスの喫茶店にいるような気分になる。苦みと酸味が絶妙で、薄く流れるジャズの音色と良く合っており、至福感が増した。


(2)

 コーヒーを飲み終え、音楽も止めて暫く静かな時間を送った。アルバムの頁をめくり様々な思い出に浸っている頃、窓の外を見るともう暗くなっていた。そろそろと思い、まっちゃんは魔法のランプを再び数度擦った。

「いでよ。ランプの精。」

するとランプの口からもくもくと白い煙が出てきてアラやんの形になった。

「これはこれは、ご主人様・・・じゃなかった。まっちゃん。二番目の願い事、思いつ・・・あれ?いい匂いがするな。コーヒーの匂いだ!」

「ああ。よかったら飲むかい?」

「いいのか?ありがたい。目がないんだ。」

そう言うと嬉しそうに椅子に座った。

「ランプの精がコーヒー好きだとは思わなった。」

「まっちゃん、アラビアと言えばコーヒー発祥の地だよ。疲労回復、気分爽快、昔は秘薬として広まったんだ。」

「そうなんだ。知らなかった。」

そう言いながらまっちゃんは残っていたコーヒーをアラやんの為にマグカップに注いでやった。

「うーん。実に香しい。」

アラやんがマグカップに鼻を近づけ香りを楽しんだ後、口に含んだ。

「ああ、モカだな。うん。美味しい。」

「それは良かった。」まっちゃんも嬉しくなった。もう一口飲んだ後、アラやんが先ほどの続きを言った。

「まっちゃん、二番目の願い事、思いついたかい?」

「ああ。思いついた。食べ物だ。」

それを聞いてアラやんはホッとした。ノック以上のキツイ試練が待っているのではないかと内心ヒヤホヤしていたのだ。

「おお、今度は普通のがきたな。良かった。では何する?ステーキか?寿司かキャビアかフォアグラか?」

「Mバーガーのビッグバーガーとフィッシュフライバーガー、それにコーラのLサイズ。持ち帰りで。」

まっちゃんがニコニコしながら注文した。

「ええ?そんなのでいいの?」

「学生の頃、よく食べたんだ。今じゃ食えないけど思い出の味なんだよ。」

「やれやれ。俺はMバーガーの店員か?なんならポテトもおつけしましょうか?」

「じゃあ、それもお願いします。」

ボヤきながらアラやんは右手の指先をパチンと鳴らした。

 すると正に魔法、まっちゃんの目の前のテーブルにMバーガーのWビックセットが緑色のプラスチックトレーに乗せられて現れた。

「おおー!本当に魔法を使えるんだ!」

まっちゃんが感激して言う。

「信じてなかったんかい!」

「いや。そう言う訳じゃないけど、ウン、本当にMバーガーの紙包みだ。凄い凄い!」

まっちゃんがはしゃいだ。そして紙包みを広げると温かく作りたてのハンバーガーの匂いがした。サイドメニューのポテトも香ばしい匂いがして鼻孔をくすぐった。いつもの茹でただけのじゃがいもとは全くの別物だ。

「どうぞ。召しあがれ。」アラやんがうやうやしく言った。

「うん。でもその前に。・・・」

そう言うとまっちゃんは、ラジカセに前とは別のカセットテープをガチャリとセットしてPLAYボタンを押した。しばらくして軽快な前奏が流れ出し十代と思しい女の子の歌声が聞こえてきた。八十年代の歌謡曲だった。それを流しながら、まっちゃんはMバーガーを頬ばった。

「うん。コレコレ。懐かしいなぁ。同じ味だ。」

「気に入って貰えたなら良かった。」

「この味にこの歌、学生時代に戻ったみたいだ。」

「ふーん。そんなに感激するとは。」

そう言いながらアラやんは近くに置いてあったアルバムをパラパラとめくった。

「これ、まっちゃんの隣に写っているのが奥様かい?」

アラやんの指した写真を見て

「うん。そう。まだ十代の頃のね。」

「なかなかの美人じゃないか。可愛い。」

「ああ。けっこうモテてたよ。」

「同じ服着ているな。」

「大学のテニス同好会にいてね。皆で同好会のスタジャンを作ったんだ。」

「スタジャン?」

「スタジアムジャンパーの略。そういうのを作るのが流行ったんだ。」

「ふーん。」

「今、聞いている歌もその頃に流行っていたんだ。うん。これ食いながら聞くと本当に昔に戻るな。」

「可愛い声の女性だな。」

「この頃はアイドル全盛だったんだ。」

カセットテープのジャケット写真を見ながら

アラやんが呟いた。

「今、聞いている歌を歌っているのがこの子か。あれ?さっきの奥様と同じ髪型だ。」

「ああ。聖子ちゃんカットといってね。当時の女の子はこの髪型を皆、真似したもんだよ。」

「ふふ。スタジャンといい髪型といい、どうして皆、同じにしたがるんだい?」

「さぁ?皆と同じなら安心するのかな。あぶれていない安心感というのか。」

「人と違っていた方が面白いのに。」

「異端は嫌われるんだ。我を張り過ぎると組織にいづらくなる。・・・」まっちゃんが苦虫をつぶしたような顔をした。

「そういうものかね?」

「どうもそうらしい。」


 まっちゃんがMバーガーを食べ終わり、二人は無口になった。カセットテープも終わり静かな空間になっていた。いつしか二人とも寝っ転がって天井を眺めていた。

「アラやん。今日はありがとう。美味かったよ。」

「なら、良かった。これで二つ目の願い事は叶ったという事でいいんだな?」

「ああ。」お互いに顔は合わせず天井を見つめてながら話す。

「三つめはどうする?」

「明日まで待ってくれないか。他のテープやCDを聞きながら、しばらくこうしていたい。」

「いいとも。それまでランプに戻っているよ。」そう言うとアラやんは上半身を起こしフーッと息を吐いた。

「なぁ、まっちゃん。」

「ん?」

「なんで人間はそう思い出に浸りたがるんだ?俺だって過去の記憶はあるが、思い出に浸るという事はない。単に過去の事だ。」

アラやんがまっちゃんの方を見て尋ねた。

「さぁ?恐らく人間は寿命があっていつか死ぬからかな。限りがあるから一つ一つ、思い出が宝物のように思えるんだ。」

「宝物?金銀財宝じゃなくてか?」

「ああ。魔法じゃ出せない宝物。」

「ふーん。そんなものあるのかね?」

「あるよ。たぶん。」

まっちゃんがアラやんの方に振り向きながら言うと、腑に落ちない表情をしながらアラやんはランプの中に消えていった。


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