第6.5話 「世界は一つなんかじゃない」②

「俺はどうしても最強のストライカーになりたかった。日本人選手ってサッカーでいろんな長所を発揮していると思うけれど、どうしても得点がね。安定して量産できていない。Jにはすごいストライカーがいっぱいいるけれど、海外ではどうしても……。わからん。サッカーマンガの主人公がいないからとか?」

「マンガですか?」

「いやマンガは重要だよ。選手たちも影響受けるくらい読んでいると思う。だってあれみんな『がんばって日本代表を世界一にしよう』って内容のものがいっぱいあるでしょ? 代表活動に好影響しかない。でも超重要なストライカーだけが育っていない」

「日本の国民性がむいてないと?」

「そこはわからない。FWとGKは責任重大……点を獲る獲らないで評価がきっぱり別れて、評価基準が曖昧になりがちな他のポジションと違うからか?」

 リュウジ君はうつむいて少し考える。


 彼は自分の意見を口にしているというよりも、今この場で私にむかって言葉にすることで思考をまとめようとしているようだ。

「結局日本人が集まってサッカーしている以上、国民性というか日本の固有の文化みたいなものからは逃れられんのだよな。『本当のサッカー』--こうすれば絶対に勝てるようになる正解のサッカーなんてものはない。

 Aという国がサッカーが強い国の指導方法だとか戦術を真似たら『はい強くなる』なんてことはありえない。だってAという国の選手はその国固有の学校教育を受け、その国の言語を使うわけだ。だったら選手たちの考え方が違うし、コミュニケーションのとりかたも違う。選手はロボットじゃないんだよ」


「世界は一つなんかじゃない」

 文明も宗教も風土も人種も環境も歴史も教育も違うのだ。

 言葉をかわすことができても頭の中身は違う。

「そう、それ! 同じ戦術を導入しても同じ動きをするとは限らない。同じサッカー選手でも思考の仕組みが違うんだ。だから誤差が生じる」

 形だけ戦術やテクニックを学んでも同じものが出力されるとは限らない。

「日本人の国民性というものがサッカーという競技に向いているかはよくわからない。俺は一長一短だと……いやギリギリむいているほうかな……。わからん。オ○ムがかつて言っていた『日本サッカーの日本化』は必要なことだと思う。海外の意識高い最新の戦術やトレーニングを無理して採り入れても成功なんてしないんじゃないかなって……」

「日本人にむいているとは限らないから」

「そう。クラブチームは基本的に多国籍だからバランスがとれるけれど、日本代表は日本で生まれ育った選手ばっかり集まった偏った集団だから、それにあったメソッドが必要。……ずいぶん熱弁しちゃったね」


「かまいませんよ。リュウジ君がプレーした代表チームにはあなた以外にも優れた選手がそろっていました」

「ベスト11クラスがいっぱいそろってたね。特にIHの2人はすごかった。歴代でも最高のパートナーだった。大会中チャンスをいっぱいつくってくれたのに決められなかったのは不甲斐ない……。俺が相手にとって怖い存在だったのは、あの2人と同じヴィジョンでプレーすることができたからだ」

「2手3手先を読んでプレーしてましたよね」

「あの2人の長所は頭の良さだった。敵と味方の配置から最適な判断を下すことができる頭脳の持ち主で、俺はまぁ、シュートチャンスを量産したよ。シュートチャンスが生まれなきゃシュートを外すこともできないんだ。うーんこれは至言。女の子に告白できなきゃフラれる機会もできないんだよ」

 リュウジ君は笑った。

 私は笑わない。

「女性に告白したいってことですか? それとも告白されたいんですか?」

 リュウジ君はきっぱりと無視した。


「日本サッカーはショートパスに憑かれている。いや、正確にはゴール前に長いパスを入れることを避けがちなんだ。大成した長身フォワードがいないから。

 海外基準だとセンターバックは190センチ前後ある。みんなユースのうちに同じくらいデカいFWと競りあう方法を覚えているバケモンがどこのクラブにもいるわけ。みんなガリじゃなくてマッチョでさ。そいつらとハイボールや雑なパスでやりあえる国産のストライカーが育つかというと正直疑問だね」

「リュウジ君は170センチ」

「サッカー選手としては小柄だ。メ○シくらいしかトップレヴェルで同じくらいの身長の選手いないんじゃないのかな。いやロマ○リオとかいるか。ともかくイングランドやフランスの育成環境じゃセンターフォワードとしてプレーすることはできなかったんじゃないの。親の身長は--」

「ご両親の話をあまりうかがっていませんでしたね」


「父親は180センチあるけど母親は小さくてね。大きくなるためにたくさん喰って寝たけど、遺伝的に身長はそこまで高くならないと言われてた。だけど小柄な分クイックネスやモビリティがある。ドリブルも--別に華麗なテクニックを披露することなんてないけれど、実用的に、シュートを撃つための技術はあるつもりだよ」

 私はうなずいた。そして彼にたずねる。

「お母様が小柄なんですね。私よりも小さいくらいですか?」

「そうだけど。ん? だからなぁに?」

「いえ、いろいろと……」


 少年にとってもっとも身近な異性は母親だ。

 母親の外見によって女性の好みは変わったりするのだろうか。小柄なほうが好意をおぼえるとか? 私の身長は158センチと人並みだった。今度試しに靴の底が薄いものを買っておくようにしよう。

「なにニヤニヤ笑ってるの?」


 私は無表情になった。

 あんなにプライドの高かった私が1人の男性に好かれるために必死になっている。これが湯浅シサのやることか?

 サッカーの話を聞きだすのは面白いけれど、彼にとっての私の評価が上がっているか否かがわからない。

 気を取り直して彼に問いかけた。

「いえいえ。リュウジ君がセンターフォワードとしてプレーできたのは、中盤から後ろの選手がクリーンなボールを運ぶ技術やゲームプランがあったからですね?」

「そう。俺は他者の才能に依存した選手だった」

 2トップの一角ならともかく3トップのセンターフォワードが170センチ。あまり例がないケースだと言える。

「そうじゃない選手は珍しいと思いますよ?」

「イブラ○モビッチとかブラジルのロナ〇ドとかなら、たった1人でもゴールを奪えると思うけれどね。俺の強さはパーツとしての強さなんだ。違いがつくれるMFやスペースがないとシュートまで持っていけない。とかまぁ偉そうな口を利いているけれど準決勝まで1得点(PK)のセンターフォワードなんだけどねぇ」

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