第6話 「世界は一つなんかじゃない」①


(日曜日。都内の某国道にて。イギリス製の高級車の車内。いかにも執事といった格好の老年の男性が運転している。後部座席にリュウジとシサ。シサは親戚の結婚式に招かれているため白いドレスを着ていた。私服姿のリュウジは車窓から街の様子を眺め続けている)


「日本人って『日本人論』が好きだよね。『諸外国と比べて日本はこれこれこういうところが遅れていてダメだ』みたいな話。そう言う自分も日本人なのに。外国人はそんなこと言わないと思うんだよね」

 リュウジ君が自分から口を開くのは珍しい。今日は機嫌が良いのかもしれない。

「確かに、アメリカでは『自分たちの基準が正しくて、外国は間違っている』って考えの人が多かったです」

 私は親の仕事の都合で少し前まで当地で暮らしていたので、こういう意見も口にできる。アメリカ人はみんな自分の国に自信がありすぎる。

「でしょう。でも俺のこの意見も日本人をディスってるから『日本人論』になっちゃうんだけど。トートロジーっていうのか……。日本はね、基本的に若い子が言った意見が正論になるんだよ。若い奴がとった行いは正義になるっていうのか……ほら、マンガやアニメの主人公はみんな若いでしょ? アメコミや海外ゲームの主人公はみんなおっさんなのに」

「そうですね」


「大人のつくった社会の不正を正すのは大概子供なんだ。大人の言っていることは大抵間違い……。どうだろう、やっぱり敗戦したから?」

「70年も前のことですよ?」

「でもそういう風潮が戦後から続いているからフィクションでもそうなんじゃない? でも特撮の主人公は社会人かな……でね、サッカーの話になるけれど」

「なるんですね」

「サッカー選手だからね。日本サッカーが右肩上がりで成長し続けているのは、過去の世代を否定し続けてきたからだ。90年代半ばまで世界どころかアジアでも勝てなかった時代があるんだから」

「若い選手が歴史を塗り替え続けてきたわけですね。契機は……アトランタオリンピックに出場したことでしょうか?」

「アジア予選を突破したのも何十年かぶりだったらしい」

「アトランタオリンピック……もう30年も前の話ですね。古い話になっていますけれど」

「サッカーについてはマニアだから。日本代表は壁にぶつかるたび若い選手が実力でなんとかしてきた……みたいな神話がある。実際には代表のスタッフや監督だって頑張ってるけれど、ファンはプレーしている選手がかわいいんだろうね」

「選手のリュウジ君がそんなこと言うんですか?」


「俺は代表チームにいて大人ががんばっているところを見ているからね。……でね、大昔の勝てなかった代表のころの話をするとね、韓国や中東勢に勝てなかった理由の1つに、後ろでパスを回せなかったことがある」

「ディフェンスラインで?」

「そう。相手のアタッカーが前からプレッシャーをかけたら怖がってまえに大きく蹴りだしていた。前線のFW目がけロングボール、でも相手の大型DFが回収。ボールポゼッションを相手にゆずってしまう。これじゃ勝てない」

 アジア相手にポゼッションで勝つことができない日本代表。今になってみれば想像できない状況だ。現在の基準で考えると、体格に優れた日本選手があまりいなかったと聴くが。

「対策は--ディフェンスラインでつなぐことですか?」

「そう。当時のDFの選考基準といえばデカい、ボールを跳ね返す、大型ストライカーにパワーで負けないことだったはずだ。それを当時の監督がつなげる選手を優先して選んだ、あるいはそういうボールテクニックや身体の位置、ポジションを仕込んだのかはわからないが、ともかく前からプレスされても慌てずつなげるようになった」

 もちろんリスクはある。センターバックやボランチの位置で相手に奪われたら大ピンチだ。それでも日本代表は--

「ボールをつなげるようになった。自分たちの意思で攻撃のコントロールができるようになったんだ。中盤でボールを回し、サイドバックが攻め上がる時間ができた。ラインも上げられるし攻守にアドヴァンテージしかない」


「当時から中盤には才能が集まっていましたしね」

 サッカーファンになって日が浅い私でさえ何人か選手の名前があげられる。

「だから早いテンポのゲームを意図的に遅くして、MFにボールタッチさせる利点が多かった。ほらさ、サッカーを知らない人は、最終ラインでパス回ししていることにイライラするらしいけれど」

「あれはより良い形で中盤の選手にボールを渡したいからですね?」

「そう、雑な形でボールを渡してもチャンスにはならない。DF→MFもそうだけれどMF→FWもそうだ。MFを洗濯機にたとえていたのはイニ○スタだったかな。『ボールはもらったときよりもきれいにしてから味方に渡さないといけない』って」

「気の利いたことをおっしゃいますね」

「俺は本当は自分の独力で決めるタイプのストライカーじゃない。味方からいいパスをもらってそれを確実に決めるストライカーだからね。連携前提の選手なんだ。周りの選手がどうディフェンスを崩すかを感じとる嗅覚があった」


 コンビネーションがあると価値が高まる選手。

 逆にいえば周りに良い選手が配置されなければ特別な選手ではないとみずから認めてしまっている。

 リュウジ君は親しい私にでさえ謙遜し自分を過小評価するところがあった。


「日本のサッカーはMFを重要視するところがある。特にボールテクニックがあって視野が広くアシストやプレアシストができるボランチやトップ下をね。それはさっき言ったように最終ラインでつなげるようになったから初めて活かされるようになったわけだ。30年以上歴史がつながっているんだよね。世界で勝てるようになった成功体験を繰り返しているわけだ」

「そういった優れたMFがいるからこそリュウジ君も選手として輝けるわけですね。特にナショナルチームでは」

「そうだね。……結局俺がどんだけすごい選手になろうとしても、日本サッカーって文脈からは逃げられないわけだ。客観的に日本サッカーを分析したとしても、日本で育って日本語話す人に囲まれ日本の教育を受けているわけだから日本人であるくびきからは逃れられない……」

「幼いうちに海外で外国人の夫婦の養子にでもならなければ日本の文化からは逃れられないと思います」

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