第5話 対人(前半6分〜14分)



 由利について。


 由利は容貌魁偉。並外れた長身のセンターバックだ。

 189センチ。82キロ。

 17歳でその数字に達しているだけでも珍しいが、この選手はデカいだけではない。速さも兼備している。デカいだけで足が遅いセンターバックならいた。サイズがなくても他の特長を活かしポジションをとったセンターバックもいた。

 しかし世界のビッグトーナメントでタイトルを狙うには、フィールドプレイヤー最後尾のセンターバックにはサイズとスピード、その両方が備わっていないと厳しい。

 由利は17歳にしてその両方を既に満たしている。


 およそ1年前の代表合宿。

 廊下で会った初対面の俺にむかって由利は話しかける。

「またおまえみたいなチビを連れてきたのかあの監督……」

 伸ばした髪をかきながら俺を見下す由利。

「デカいだけのDFとかむしろ手玉だな」

 下から由利をにらみつける俺。

「そのサイズでセンターフォワードとか嘘だろ?」

 ポジションを知られている。俺も有名人だ。

「実力はフィールドでしめせるし。喧嘩売るんなら逃げるなよ」

「……大方こう考えてるんだろ? 俺にはすごいテクニックがあるから誰にも負けねぇんだ、みたいな。よくさ、あるサッカー選手を褒めるときに『上手い』って言葉使うじゃん」

「『上手い』よりも『強い』ほうが適切だと?」

 まぁ実際俺もそう思っているけれど。

「そうだよ。おまえはどう見ても強くない。おまえみたいなチビは中盤でパス回すかサイドからクロスあげるくらいしかできないだろ? ゴール前では使えない。おまえはなにができるんだ?」

「……ゴール」

「ははっ、笑わせんなよ。おまえ名前は?」

「音羽リュウジ。今後ともよろしく」


 今思えば高校生が中学生相手に簡単に挑発に乗りすぎだろと思わなくもない。

 俺たちはこの2年間代表チームにおいてスタメンの座を守り続けてきた。それがどれだけすごいことなのかわかっていただけるだろうか?


 今のところ俺と由利は直接対決をしたことがない。

 せいぜいミニゲーム。紅白戦や公式戦でこの最強DFと対決したことはなかった。伏見監督が俺たちの関係を配慮しているのかもしれない。もしこれから直接対決するとしたらそれはプロの舞台でだろう。


 由利は規格外のサイズの持ち主だ。同い年の子と並んで立てば親子ほどの身長差がある。

 すなわち、由利が全力を出せば対戦する選手は必ず倒れる。それどころか大怪我をさせてしまう危険性さえあったのだ。

 たとえ公式戦であろうと相手を気遣いながらプレーする窮屈さ。

 由利が一時サッカーをあきらめ他の競技への転向を検討していたこともうなずける。

 指導していた大人たちの対策はこうだ。『大人に混じってトレーニングする時間を増やすこと』。

 当時まだ中学生だった由利は、初めて参加したプロクラブの2時間弱のトレーニングメニューで、そこにいたすべての選手をそのプレーで驚愕させた。

 まだ中学生にすぎない由利がその上背とスピード、そしてパワーでプロを圧倒してみせたのだ。由利の怪物性がうかがえるエピソードといえる。


 テクニックならともかくフィジカルがプロに通じる中学生なんてきいたことがない(サッカーにおいてプロとアマの最大の違いはフィジカルなのだ、プロ選手はほとんどがフィジカルエリート)。


 由利はつぶやく。

「やっぱ弱い奴は嫌~い。こっちがちょっと本気出したら壊れちゃうし。世界には少しは手応えのある奴がいるのかな? リュウジ、どこの国が強いんだっけ? 中国?」

「もっとサッカーに関心を持とうね由利」


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □


 これはサッカーに限らずあらゆるゲーム理論に通じる公理だが、『攻撃側は自分たちの攻撃手段を選べるが、守備側はあらゆる攻撃手段を想定していなければいけない』。


 サッカーにおいて攻撃は--

『中央突破』、『サイドからの突破』。

『遅攻』、『速攻』。

『ハイクロス、ロングボールなどの空中戦』、『ドリブル、パス回しなどの地上戦』。

 --などなどパターンは無数にある。

 守る側としてはなるべくすべての可能性を考慮してシステムを立ち上げなければならない。それこそがゾーンディフェンスに代表される組織的な守備、ルールさえ守ればボールを奪えるシステムの構築、というわけだ。しかし、

 それでも個人の力が必要とされる局面がある。



 前半14分。

 ブラジルがロングボールを入れてくる。

 日本のキャプテンを務める左サイドバックが吹っ飛ばされた。

 エアバトルで勝ったのはブラジルの9番、フェレイラだ。両腕に入れ墨をいれているが愛嬌のある顔をしているので怖さは感じない。だがプレーはエグい。

 転がったボールをひろったブラジルのサイドバックがそのままフェレイラにリターン、右サイド、タッチライン際からドリブルでしかけてくる。

 カヴァーに入ったのは左センターバックの由利。

 フェレイラは189センチ、87キロ。プロレスラーのような厚みのある肉体。

 重戦車のように縦に加速していく。


 大きく前にボールを蹴りだし、肩をいれてくる由利に腰をぶつけ体勢を崩しにいく。

 --倒されていたのはフェレイラのほうだった。地面に転がりながら眼を大きく剥いている巨漢。


「? ありゃりゃ、倒しちゃったよ」

「!!」


 これはただの暴力ではない。技術だ。ぶつかるタイミングで相手から離した左足に体重を乗せ、フェレイラが由利にあたえようとした物理的衝撃をそのまま返した。

『フィジカルあっての技術』だと伏見監督は言ってたっけ。ただ身体や腕をぶつければボールを奪える、守れるというわけではない。ぶつける箇所やタイミングも重要だ。そして接触プレーに関する技術はサイズやパワーが必須なのだ。サッカーという競技は選手同士の接触を前提としている。現代サッカーにおいて小柄なテクニシャンが生き残りにくい理由だ。


 主審のホイッスルが鳴った。由利がフェレイラを倒したプレーがファウルの判定だった。

 この位置のセットプレーなら怖くはない。そして状況的にファウルで止めたのは由利の好判断だ。センターバックが持ち場を飛びだしているのだから致し方ない。

 そして両チームの最大の選手2人がデュエルで交錯し由利の勝利。心強い。


「痛いフリしてないで早く立ったら~?」


 通じもしない日本語でフェレイラに話しかける由利。アホの子だな。というか煽ってる?


 寝っ転がったブラジルのストライカーがにやりと笑う。

 たちあがりみずからボールをセットした。

 蹴るのはフェレイラ自身ではない。ボールをまたぎ駆けだした。後方から上がってきたソウザが前に蹴った。素早いリスタート。すでにフェレイラは前線へ。(日本のDFは間に合わない)ペナルティエリアに入る直前、飛びだしたGKを一瞥しループシュートを選択、

 今度は相手に触れる必要すらなかった。

 いつのまにか横に並んでいた由利がフェレイラのシュートを打つ前の一瞬のを見逃さない。

「はいはい」

 そうつぶやきながらボールを弾き飛ばす。奪ったボールがそのまま味方へのパスとなりつないでいく。

 フェレイラは絶望した眼をして由利の背中を見続けていた。


 由利はワンプレーで2回ボールを奪った。

 その馬鹿げた身体能力と冷静な判断力で。

 由利が牛耳った相手は現在5得点の大会得点王、DFからFWに転向コンヴァートしわずか半年でブラジル代表セレソンの9番を手に入れた怪物だ。スイス戦やイングランド戦の『悪魔の左足』から繰り出されるミサイルのようなミドルシュートは俺の網膜にも焼き付いている。ソウザ以上に日本が警戒していた相手だった。だが日本代表の監督、伏見によれば--


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □


「過度に恐れる必要はない選手だ。あの身長に筋肉の量。キック力やボディバランスに反映されているが、その分スタミナはない。ゴールもほとんど前半のうちにあげたものだ。時間が経つごとにプレーに精度がなくなっていく。


 センターフォワードだが右サイドに流れてロングボールを受けにいく。これはセンターバックに比べたらさほど身長がないサイドバック相手に確実に競り勝つためだろう。だがサイドで受けても奴にはドリブルでゴール前までしかける選択肢しかない。


 奴は視野が広くないんだ。ドリブルとシュートしかない。味方に長いパスをあわせる技術なんてない。だから前を向かせたらシュートさえ警戒すれば問題ない。うちのDFラインなら問題なく対処できる。


 そして自分たちがこれから戦うのは世界大会の決勝戦だ。先制点がモノを言う。だから攻撃的な采配なんてできない。リーグ戦じゃあないんだから点を獲られたら獲り返せなんて悠長な判断はしない。当然ブラジルもそうだろう。


 だから奴らが有している大会屈指のアタッカー--ブラジルでいうところのクラッキのトップ下のソウザとFWのフェレイラも(普段プレーしているクラブとは違い)守備を免除されることはない。サイドに流れるなんて余計な一手を加えがちなフェレイラはすぐにガス欠を起こすだろう。ブラジルは心中するなら(ピッチに残すなら)このFWではなくソウザを選ぶだろう。


 だから前半は耐えろ。堅実にいこう。サイドバックは攻撃参加は控えておけ。ブラジルが攻撃するたびにスタメンの奴らの動きにキレはなくなっていく。もっとも途中出場してくるアタッカーも厄介だろうが……」


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □


 由利こそが大会ベストDF。現時点においてこの世代でもっとも守れるセンターバックだ。

 日本代表はこの大会で5失点していてるが、それは日本の他の選手のミスが絡んだ失点であり、日本の背番号4が直接失点に絡んだことは一度もない。その点は誇っても良い点だ。奴はミスをしない。


「ブラジルにもいいアタッカーがいて助かったよ。今日も全力で戦える。俺が本気でサッカーやるなら絶対失点しないし絶対に負けないし」


 由利が日本の最終ラインにいるだけで相手の攻撃の手が緩む。あたかも核兵器を保有することで他国からの侵略を止めるが如く。

 かつてフランス代表のパトリック・ヴィ○ラがそうであったと言われるように、圧倒的なディフェンス力の持ち主は、攻撃側がその選手を迂回して攻めることを強制させる力がある。大会最強のブラジルオフェンス陣をもってさえも由利というDFは忌避すべき対象となっているのだ。

 国内では相手を気遣ってプレーせざるをえなかったセンターバックが世界を舞台に才能を開花させている。一方俺はというと(以下略)。


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 左右前後は常に攻撃しているチームから見ての表記になります。


日本代表スターティングメンバー

 清水(11) 音羽(15) WG


      IH  津軽(8)

        AC


 SB  由利(4)  CB  SB


        GK



ブラジル代表スターティングメンバー

    CF  フェレイラ(9)


       ソウザ(10)

    CH AC CH


 SB ディアス(15) CB SB


       GK

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