第4話 初襲(前半0分〜5分)



 津軽について。


 津軽はこのチーム唯一のプロ選手だ。所属しているクラブとプロ契約を結びこの年の8月の時点すでにデビュー済み。知名度に関してはこいつと俺が二強だろう。

 ポジションは右IH。背番号8。本人の希望はトップ下だが伏見監督はトップ下のあるフォーメーションを(今のところ)採用していない。津軽はもっと攻撃に専念したいようだがその豊富な運動量とディフェンス力を思えばIHは適任でしかない。フランス戦で相手ボランチからボールをかっさらってカウンターのチャンスをつくったのが彼だ。高い位置からボールを回収にむかう攻撃的な守備が持ち味である。

 津軽は育成年代でもっとも名の知れたプレイヤーだ。1本のパスだけで大観衆を湧かせることができる。そんなMFが久しぶりに日本に現れた。


 俺個人としての津軽のイメージは、そうだな、『サッカーサイボーグ』といったところか。


 決勝戦前日、俺は宿舎内で津軽を呼び止める。茶髪で色黒で目つきが鋭い。おまけに老け顔。これで派手なスーツでも着ていたらホストでもやっている兄ちゃんみたいだ。

「どうした中学生?」と津軽。

「中学生……ならあんたは高校生か?」と俺。

「中学生はおまえ1人だ。他の20人は全員高校生だから区別つくだろ?」

 まぁそうなんだけれど。


「で、話って?」

「決勝戦だよ。1本だけでいい。俺が欲しい状況でパスを出してもらいたい」

「……それってどういう状況だ?」

「なるべく早い時間。前半5分以内に」

「ゴールに直接つながるシチュエーションでか?」

「イエス」

「それはちょっと難しいな。監督の指示覚えているか? 前半5分までは相手の守り方を分析する時間だ。マークの受け渡し、ポジショニング、穴になる選手がいるかを実戦で確かめる。慌てて攻めることはない。今までそうしてきただろう?」

「だからこそだ。相手もヴィデオを観て日本がそういう試合の入り方をしていると知っている。だからこそその5分間でゴールを決める」

 できれば俺が。


「……他の奴らにも同じこと提案してるのか?」

「いや津軽だけだよ。津軽さんだけだよ」

「わざわざさんづけで呼びなおさなくていいから。あれか? 敵を騙すにはまず味方からみたいな話か?」

そのとおりイグザクトリィ

「監督にも内緒にしろって?」

そうヤー

「日本語で話せよ……。なんか不満そうだな」

「調べましたよ津軽君。大会を通してパス成功率85%おめでとうございます」

「なんでそんな情報知ってるんだよ? いやテキトーに言ってる数字なの?」

「俺はデータマニアなのだよ。数字についてはガチさ。いやー立派な数字だね。ミスが少ない。MFとしてはすごいけれど……でもあんなに高い位置でプレーしている割には高すぎる」


 パス成功率が高いからといって、それがイコール優れた選手であることを意味しない。なぜなら。

 俺の指摘に津軽は少し怒ったようだ。


「俺がリスクをおかしてないと?」

「そうだ。安全なパスが多すぎる。ショートパスミドルパスが多いから成功率が高い。ロングパスやリスクのあるパスが少ない。ゴール前、相手が1番警戒するエリアに送ってない」

「そんなの状況によるだろ?」

「相手が引いて守っているならブロックの外で安全なパスも回すだろう。でもそれは遅攻の場合だけだ。カウンターなら前を走るアタッカーにリスクのあるパスを出さなきゃ。それこそインターセプトされる可能性も、味方がコントロールできない可能性もある。だが通れば大チャンス」

 これは数学の問題だ。

 フィールドの中盤では手数をかけディフェンスを崩す必要があるので安全なプレーが求められるが、

 相手ゴール前ではシュートチャンスに直結するハイリスクハイリターンなプレーが求められる。これはサッカーの基本だ。



 津軽は少し考えているようだ。俺の言っていることがある程度正しいから。

 俺はノーリスクなパスではなくチャレンジパスを受けたい。


「それで?」

「選手が試合をプレーする動機付け--モチヴェーションは大別して3つある。1つは(当たり前だけれど)勝利するためにプレーすること。もう1つは上手くなるためにプレーすること。そして最後は自分のためにプレーすることだ」

「俺が……自分のためにプレーしていると?」

 ムカついているな。


 プライドの高い津軽は自分が最高の選手であることを常に誇示したがっている。

 だから自分のプレーでボールをロストしてしまうことを極端に恐れる。

 年上の大人に囲まれるプロクラブならともかく、同年代の選手とプレーする代表チームにおいては圧倒的な存在でなければいけないと思っているわけだ。

 気概をもつことはいいんだけれどちゃんと俺に貢献してもらわないと困る。


「わかってるじゃないの。そりゃもちろん、ボールを奪われたら相手のチャンスになりかねない。それはリスクだ。でもミスを恐れる選手は対戦相手の脅威にならない。勝利するために最適な手段とはいえんね」

「俺のプレースタイルを変えろと?」

「明日の試合だけでいい。だって決勝戦だよ。もう次の試合なんてない。だったら奇策だってアリだろ? 準決勝までは連携を深めるためにプレーの継続性・再現性が必要だろ。監督だって戦力の温存を狙った采配するだろう。

 でもファイナルなら『次』のことなんて考える必要はナッシング」

「……中学生はどういうパスがもらいたいんだ?」

 津軽は態度を和らげた。俺のプランにのってくれたようだ。

でいい。DFの裏を突くスルーパスなんていらない。ペナルティエリアに侵入したタイミングでラストパスをもらうなんていらない。俺なら1人でディフェンスを剥がせるし、ゴールまで何十メートル離れてたってシュートまで1人でもっていけるさ。俺はほら、最強のFWだからね。凡夫のパスからでも得点を奪える」

「よく言うよ」

「俺にパスすればアシスト王にはなれるよ」

 俺はロマーリオか。

 要約すれば「俺に賭けろ」と訴えかけているわけだ。

 年上の超逸材相手に。


 津軽は少し考えた。

「少し雑なパスでもかまわない?」

「互いの意図があえばいける。ほらさ、ス○ダンの山王戦の最初のやつ、宮○と桜○のアリウープだよ。あれを明日やってみせよう」

 やたらリア充っぽい格好をしている津軽だが見た目に反してマンガ読みなのでこの例えも通じてしまう。

「チームのルールを破るんだ。成功しようが失敗しようが監督に叱られるよ。『ノーゴールで焦ってる音羽に忖度したんだろ』って」

「ならそのプレーで得点が決まったら、俺がおすすめする厳選ドスケベコミックのタイトルの数々をお教えしよう」

「それはいいかな……」


□ □ □ □ □ □ □ □ □ □ 


 日本は立ち上がり5分まで攻撃において様子を見る。それがこの大会における約束事なはずだ。

 そんな空気を醸成することに成功している。俺が『仲間』に引き入れたのは津軽だけ。他のチームメイトは攻撃に色気をださない。ボールを横に動かしブラジルの出方をうかがっていた。

 津軽が前を向いた瞬間ペースアップする。それが俺との約束事だ。


 前半4分、ブラジルの遅攻。日本のMF3人の前でパスを回している。そこから日本の左IHがブラジルボランチとマッチアップ、相手は後ろに向かってターンしいなしたがそこを津軽が狙っていた。ボールをつつき奪取、

 まだ自陣、しかし相手陣内に残ったDFは2人、しかも1人は津軽のマークへむかっている。残るはセンターバック15番のみ。


 ここしかない!

 俺と津軽は一気に加速、他の味方はワンテンポ遅れるが、

 それはブラジルも同じだ。

 左サイドを駆け上がる津軽、前線の俺の走るコースを確認し、ハーフウェーラインを少し越えた位置からアーリークロス(約束どおりチャレンジパスを選んでくれた)。

 ゴールのためになら自分を曲げてくれる。

 トップアスリートはみんな負けず嫌いだ。


理解わかってるじゃないか)。

 俺はゴールまでの最短距離を選ばない。

 15番は味方がボールを失った瞬間数メートル自陣にむかって引いていたのだ。おまけにこの選手は瞬足。ただの「ヨーイドン」じゃ勝ち目がない。だから俺は『逃げた』。それにあわせた津軽の左足のパス。

 あえてやや右斜めのコースをスプリントし、相手との間合いをとる。シュートを撃つ時間がつくれる。

 残った15番はやはりゴール正面のシュートが決まりやすいエリアを埋めに行く。それが『アタッカーに裏をとられている』この状況では正解だ。


 落下してきたボール。俺の眼の前でバウンドしたボールが外へ逃げていく。

 ペナルティエリア外、正面からやや右外の位置。

 15番は全速力で戻る味方が危険なスペースを埋めると気づき、俺との距離を詰める。

 だが遅い。

 俺は必殺技の入力はすでに済ませていた。


 ふたたびバウンドしたボール、並外れた動体視力がその精確な位置を教えてくれる。あとは、

 両腕、肩、腰、そして足のすべての関節。全身の捻りで右足を加速させ迷いなく振り抜く。


 右45度の角度から放つダイレクトミドルシュートだった。強打かつ精密なコントロールショット。ここから撃つことを予測できるDFはいない--

 はずだった。

 俺のイメージではGKの頭上を抜きファーサイドのネット内側をボールが揺さぶっていたはずのこの一撃は、

 間に合わないはずのブロックに遭う。なぜ?


 なぜこのプレーが予測できた?

 身体を捻りながらシュートを撃ちピッチに倒れた俺は、起き上がり、プレーが切れたタイミングでブラジルの15番に声をかける。確か名前は--

「ディアスだったよな?」

 180前後ある白人の選手だ。

「おまえ、話せるのか? ポルトガル語が」

「スペイン語に似ているから少しは」

 知らない振りをして相手選手の会話を盗み聞きすることもできたが、それより今はシュートを止められた興味のほうが上回った。

「確かにあのシュートを打てるおまえはできるアタッカーだが、俺も近いことができる。俺の本来のポジションはWG(ポンタ)だ。今はチームの事情でCB(ザゲイロ)をやらされているが……」

「自分にできるプレーなら予測できると?」

「流石にあんな遠い位置からボレーをぶちかますのは無理かもしれんが、おまえならやりかねないと想像はできた」


 ディアスはプレーを再開させるため前に走っていった。俺も自分のポジションに戻る。

 スタンドの歓声は小さかった。

 今の俺のプレーがシュートだったと気づいた観客がどれだけいるだろう?

 ブラジルのセンターバックがガッツのあるディフェンスで俺がトラップしたボールを奪ったと思った人間がほとんどかもしれない。

 俺が本物のストライカーであると認めたからこそあそこでシュートブロックのために身体を張って守った。ブラジルチームは大会1ゴールの俺を最警戒してくれている。

 いや、ブラジルだけではなくこれまで対戦した相手もみんな俺を本気でマークしていた。だからこそ前線の『囮役』として俺は機能していたわけだ。

 そのことを嬉しいと思うべきか困ったと思うべきか。


 ……ディアスか。

 俺のFWとしての本能が告げている。

 これまで対戦したDFのなかでもっとも厄介な相手になる、と。


 日本0-0ブラジル

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日本代表スターティングメンバー

 清水(11) 音羽(15) WG


      IH  津軽(8)

        AC


 SB  CB  CB  SB


        GK



ブラジル代表スターティングメンバー

      CF  CF


       ソウザ(10)

    CH AC CH


 SB ディアス(15) CB SB


       GK

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