第7話 解法(前半14分〜23分)①
内藤について。
右サイドバックの内藤は容姿端麗。サッカー選手なのに色白の肌、女顔、薄紅色の唇、これで天才肌のプレイヤーなのでおまえは夢○漠作品によく出てくる美少年の強キャラじゃねえかと忠告したくもなる。
内藤本人のキャラクターはいつも笑顔を絶やさないナイスガイだ。チームメイトたちとの仲は良好だ。
しかし俺との相性はすこぶる悪い。
夕刻、宿舎の食堂で隣になった俺と内藤が話をする。
「リュウジのなにが気に食わないって、嘘つきなことだよ」
「俺が嘘つき……心当たりがありすぎるな」
「『明日の試合でハットトリック決める』とか言っておいて無得点。メキシコ戦は俺のゴールで勝つ』と宣言しておいて決めないんだもん。一体いつになったら誠実になってくれるのかなって大会中ずっと思ってたけれど」
テーブルに頬杖をつき内藤を見つめる俺。
「俺のビッグマウス的な発言は自分を追いこむための習慣なんだ」
「有言実行よりも不言実行のほうがカッコいいだろ? なにも言わずに活躍したほうがいい。リュウジの場合今のところ有言不実行で一番かっこ悪いけれどな」
テーブルについている他の選手たちの空気が張りつめる。
別に俺は内藤と口喧嘩をしているわけではない。こんなのはただのじゃれあいだ。
「内藤はなにも言わずに試合でやることやってるもんね」
「俺サイドバックだもん。黒子役に徹しているだけ。そうそうゴールなんて奪えないし、アシストもそこそこの頻度だ」
サイドバックというポジションに王様はいない。戦術に詳しい人ならいくらでも語れるだろうが、プレイヤーのなかにすら密かに見下す奴がいるくらい良さがわかりにくいポジションなのだ。
「サッカーは勝負事だ。勝たなきゃ意味がないよ。『内容が良かった』とか、『頑張ってる』とかそういうのは慰めにならない。観ている人が大勢いるんだ。その人たちは結果が残らなきゃ納得しない」
世代別の代表とはいえ現地にサポーターがきていることくらいわかっている。
そして日本が決勝進出を決めたことで臨時で地上波の放送が決まったらしい。日本時間では深夜になるとはいえ、100万人以上の視聴者を集めることになりそうだ。うーん、とんでもない。
「金払って90分観ている人がいるくらいわかってる。俺たちはアマチュアだがプロが近すぎるしね。プロならもらった金の分仕事をしなくちゃならない。内藤はもうクラブと契約済みなんだっけ?」
「来年にはトップチームでプレーしているよ」
「うんうんうん。サポーターのためにも勝つことは義務だ。その理屈はわかった。で、現に俺たちは勝ってるだろ?」
日本は大会を勝ち残っている。
「おまえ個人はどうなんだ? あれだけデカいこと話しておいて実質無得点だろ?」
「PKを蹴らせてもらえるのも実力だろ?」
俺のチーム内のPKキッカーとしての序列は3位だった(左IHの選手が1位、津軽が2位)。
「確かにおまえは上手いよ。普段の練習では1番上手い。そこはすごく評価しているよ。練習でガチれない奴は伸びないからね」
「俺がまるで練習番長みたいじゃないか」
「トレーニングでは上手くいっても本番では使えない。それが現実でしょ?」
「俺がスタメンでプレーし続けていることがそんなに不満なのか?」
内藤は首を横に振った。
「それは監督が決めることだよ。リュウジはもっとできるはずだ。俺は危機感をもっている……。今のところこの大会は順調すぎるくらい順調だけれど、アクシデントは発生するだろう」
「不安要素か。試合中に主力が怪我……いやそれよか失点してリードを奪われる展開のほうが怖いか」
内藤は首を縦に振った。
「そうなったらおまえがゴールを決めなければ話にならない。他の誰でもないおまえだ。得点を重ねている両サイドのウィングは警戒されるだろ」
「だが俺には成功体験がない」
「そうだ。おまえはストライカーとしての能力を疑っているんじゃないか?」
数秒考えた。
いやそれはない。俺はまだ自分の最強を信じている。
「なに? 俺がゴール前の絶好のチャンスで味方へのパスを考えると思った?」
「おまえの役割はシュートを決めることだ。最前線のポジションの選手だ。試合中1番味方に背中を見せているのは自分だとわかってくれるか?」
フォーメーションを図式すればそういうポジションだ。守備負担も軽い。
「俺が最前線」
「劣勢になって後ろの選手が苦しいとき、それでも勝ちを信じることができるのは、数少ないチャンスを決めてくれる前の選手がいるからなんだ。3トップのうちおまえだけが流れにのれていない」
「惜しいシュートなら何本も放っているよぅ、なんて自己弁護してみたり」
「何度でも言うけれど『結果だけだ』。ちゃんと決めないと--ボールがゴールラインを完全に通過しない限りゴールと認められない。スコアが動かないと俺たちは納得しない」
「そうですね」
「正直なところ勝ち方なんてどうでもいい。勝利さえつかめるなら魅せるサッカーなんてするつもりはない。
バックパスをGKが空振りしてゴールになろうが、
あからさまな誤審で得点が成立しようが、
退場者が5人出て没収試合で日本が勝とうが--その手のふざけた勝ち方でも俺は喜べる。タイトルさえ獲れればね」
内藤さん、クールキャラで売っていると思ったのに、けっこう執念深いというか邪念に満ちているというか……。
「今のチームの伸びしろはセンターフォワードしかない。おまえが覚醒してゴールを決めるか、それか他の奴にポジションをゆずるかだ。決勝戦が点の獲りあいになるかもしれないだろ? そうなったらリュウジには1点どころか2点3点決めてもらわないといけない……かもしれない」
「うんうん決めるね」
「相変わらず言葉が軽いな」
「こっちは国内とアジアで無双しておいて本番(世界)で躓いてるんだぞ。アドヴァイスの1つもくれよ先輩」
「俺サイドバックなのに……そうだな、マッチアップする相手のことをよく分析するとか?」
「んなこといつもしているよ……。先輩彼女いるんだって?」
「どうしてここで俺の話になるんだ?」
「同じ高校の同級生ゲットおめでとうございます」
「……近所に住んでいる子なんだよ。ずっと幼馴染だったの。だから?」
「顔のいい先輩がA代表デビューしていっぱいCMとって本だして女ファンがいっぱいできたタイミングで週刊誌にリークしてやろうかなって思っただけ。どしたん、そんな人殺せそうな顔をして?」
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本気で勝ちにいくからひりつくのだ。
日本のフォーメーションは4-3-3。
しかし相手ボールの際の選手の配置を観察すればわかることだが微妙に数字は変わってくる。両サイドのWG2人が下がり左右のIHの横につきその4人で横のラインを形成していた。
最終ラインと中盤のラインの間にアンカーが入るので4-1-4-1といったところか。
センターフォワードの俺がDFにプレッシャーをかけるときに、1人だけ突出してしまっては簡単に横のパス交換でかわされてしまう。なのでそのタイミングで片方のIHが前方まで上がる。これが守備の約束事だ。
その他ボールの位置によって守り方についてはいくらでも描写できるが以下略。
ブラジルが苦戦している相手は日本の中盤の3人の守備だった。
津軽はボールを奪いにいく機動力と筋力。175センチの並の体格で10センチ以上上回るブラジル人MFからボールを狩りまくっていた。
左IHの彼はパスコースを読みポジションを微調整し続ける。やはり視野が広い。ディフェンス時にも首を振り続け相手が嫌がる位置に立っている。直接ボールを奪わずとも日本の守備に大きな貢献をしている。
アンカーの彼は今のところ相手エースのソウザに仕事をさせていない。それだけでも日本としては収支は黒字だろう。テクニックを見せびらかすこともない、守備のビッグプレーがあるわけでもないが堅実なプレーで日本を支えているMFだ。
前半14分。
ブラジルはプレッシャーがかかりにくいサイドからの攻撃を選択する。
右サイドバックが中央から流れてきた長身FW、フェレイラにグラウンダーのパスを入れてきた。アタッキングサードに入るか入らないかという位置だ。
日本の左サイドバックを背負いながらキープ、ソウザに預ける。
ソウザは攻撃時に自由なポジションでプレーしている。
ブラジルのトップ下が右サイドのタッチライン際からほぼ真横にドリブル、首を振って味方へのパスコースを探す。
隙がない。
日本の守備に穴はない。ボールより後ろに俺を除いた10人がいる。
ソウザは日本のMFの前を横切る形でカットインする。ドリブルすることでサイドチェンジした。冷静だ。ここは仕掛けるタイミングではない。
MF2人をいなしながら真横に移動した。
ソウザが操るボールは決勝戦仕様。ゴールドをイメージした薄黄色のボールを左サイドのFW--アリアスに出した。
アリアス、チョコレート色の肌をしたブラジルの11番はドリブラーだ。
派手なトリックを使うことはない。実用的なボールタッチ、そして奪いにきた相手を確実にいなすことができる。相手を近づけさせない腕。タックルのタイミングを察知する眼。そして避ける俊敏性。左利きだが右足のタッチもいい(左利きの選手は右足が
ブラジルの前線には3本の槍が準備されている。ソウザとフェレイラとアリアス。数年後にはブラジル代表が久しぶりにワールドカップを制していてもおかしくはない。
アリアスはイメージする。
(ゴールに背を向けてる自分にソウザからのショートパス、背後からマークにくるのは日本の右サイドバック、キープすると見せかけ背後のスペースにボールをだし、サイドバックをふさぐ形で反転し自ら追いつく。マークを置き去りにし、余裕をもってペナルティエリアにオーヴァーラップしているサイドバックにパスをだす--)
内藤はアリアスに近づいていく。
DFの伸ばした手がアリアスの背中にあたった。
(密着してマークすることが仇になる。近づいたら俺のこのトラップには反応できない)
アリアスは左足を上げ小ジャンプ、
ボールにタッチするのはその左足ではなく、地面からわずかに浮かした右足。
軸足でボールの方向を変え相手の股をとおした!
そう思っているのはアリアス本人だけで、
内藤は一歩下がりボールを正面で抑えている。
攻撃失敗。
「オッケー!」
1人スルーパスを失敗させたアリアスは驚いた顔をし、だが足を止めず内藤に襲いかかる。内藤は前方の津軽にパス。
悪態をつくアリアス。
俺は思う。アリアスがミスをしたのではない。
内藤がアリアスのミスを誘ったのだ。
あえてマークの間合いを空け、アリアスのしかけを封じた。
内藤は相手のプレーを予測できる。
もちろんDFなら相手の攻撃を読む能力くらいもっている。
だが内藤の予測力は精度が違う。あれはほとんど超能力の域。
いわば未来視といったところか。
ターン、ドリブル、キープ、シュート。
いずれの選択にせよすべてのプレイヤーはボールを動かさざるをえない(ボールの位置がわかっていれば守る側は奪いやすい)。
ボールタッチにはリズムというものがあり、短い間隔だがボールに触れられないタイミングがある。それが内藤には正確にわかるというのだ。
勝ち目のない後出しじゃんけんを相手に強制する。
「流石に短いパスだけは反応しきれないよ。タメが少なすぎる。だからこそ味方を使うパスが選択肢にない奴、1オン1で常に勝負しかけてくるようなアタッカーは俺にとって怖くない。ヴィデオを見る限りアリアスはそのタイプみたいだね」
175センチと国際レヴェルでは短躯なサイドバックの内藤だが、そのクイックネスは予測能力の長所をさらに伸ばしていた。
相手がボールを動かせないタイミングで近づいて狩る。
内藤が守る日本の右サイドの守備は大会を通して鉄壁だった。
サッカーにおいてプレーする頻度が少ないポジションは、センターフォワードとゴールキーパー。この2つだ。得点機会が少ない競技なのだからその点は納得してもらえると思う。大チャンスと大ピンチに関わるゴールに近いポジションだ。
プレーする機会は比較的少ないがその分サッカーの『質』を--得点と失点に大きく関わる仕事を担う。
逆にいえばプレーする頻度が多いそれ以外のポジション--ウィングトップ下ボランチサイドバックセンターバックといった8~9人の選手たちがサッカーの『量』をになうことになる。彼らがいなければチャンスも生まれない、ピンチも未然に防ぐことができないわけだ。
俺は彼らを信頼している。ブラジルが日本のゴール前まで攻め込んでいるときもカウンターを意識して守っていられるわけだ。
日本は内藤がボールを奪いそのまま右サイドから攻め上がったが、サイドバックとボランチが上手く侵入を阻んでいる。
ブラジルのスタメンには大型選手たちがそろっている。彼らはそのサイズに見合わず攻守の切り替えが早い。自陣に引き返しボールを奪い返す機会をうかがっていた」
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