第22話 「本当は誇らしかったんだよ」

 それからなにがあったかはあなたもご存じだろう。

 成田空港に降り立ち、旅客機からロビーに移動した瞬間に実感できた。住む世界が一変したことが。代表チームの姿が見えた途端歓声をあげスマホをむけ撮影する人々。大勢のマスコミ。昼のニュース番組に中継されているようだ。選手たちの名前が口々に叫ばれる。


 近くのホテルでの記者会見には--流石に未成年の選手たちは呼ばれなかった。コーチたちが引き受けてくれる。半日もしないうちに俺たちは自分たちのホームに戻った。地元ではそろって英雄あつかいされていたようだ。俺も登校したらモテまくった。大会が始まるまでは『学校の外のサッカークラブで活動している』、『傲岸不遜を地で行く』スポーツマンにすぎなかった俺の評価が少しは上がったといったところか。


 ワールドカップを制したチームは専門誌の表紙を飾った。メディアは代表チームの優勝の軌跡を取り上げ、好プレーの数々を連日再生し、そして各選手のプレースタイルを、過去の実績を、将来性を、そしてその素顔を暴こうとした。


 学生スポーツで1番露出が大きい高校野球の報道の過熱ぶりを知っている身としてはまだ大人しいところだろう。甲子園は年に2回あって人気も定着しているが、アンダー17ワールドカップは毎大会日本代表が上位進出をしているわけではない。。アジアカップを初制覇する前のサッカー代表人気はそれはマイナーだったそうな。渡米前、大会前の盛り上がりを1としたら、優勝して帰ってきた今の盛り上がりは1000でも足りないほどだった。


 SNSにおける意見を漁ってみた。顔のいい奴は顔ファンができていたし、津軽はプロリーグにおけるプレー集の再生数が伸びに伸びていた。監督の経歴や選手たちの所属チームがピックアップされ、それこそプロ選手よりも名前が売れるようになった。まぁ今だけの一時的な現象なのだろうけれど……。


 国際大会で初の得点王を獲った河田と清水の名前は全国に知れ渡った。大会で活躍したからというわけではないだろうが、2人はそろってプロクラブと契約を結んだ。河田は東海地方の某クラブからオファーを受け、清水は1年後にトップ昇格することが決まった。


 みんなが成功の秘密を知りたがった。監督は「ラッキーだった」と謙遜する。「相手が弱かったと言いたいわけではありません。どの試合もギリギリの内容でした。勝てたのは得点が欲しいときに得点し、失点しかけるような大ピンチになっても冷静に対応してくれたからです。私は選手たちが全力を出せるようにサポートしただけでした」


 伏見監督は外面のいい人だった。メディア対応は万全だ。いつもは選手たちに本音でぶつかってくるあの監督が猫を被っているのが新鮮だ。伏見監督は選手たちを褒め称え「選手自身が考えて戦術を決めた。自分は意見を調整していただけだ」とまで言ってのけた。そんなことはないのに。


 あの代表チーム--呼称は『伏見ジャパン』--は決して順風満帆なチームではなかった。トレーニング中は口論が絶えず、公式戦練習試合問わず試合中に選手間でもめ事が多発していた。選手の個性と性能がほぼ比例しているチームで、つまりその選手が変な性格をしているほどスタメンでプレーする可能性が高く、つまりベストチームに近づけば近づくほどピッチの内外に軋轢が発生する。


 一体どれほどの熱があのチームに発生しただろう。レギュラーの座を奪取し、それを維持するために所属チームでも努力し続け、合宿のトレーニング、そして海外に飛び出て練習試合、アジア予選では気候・飲食といった環境の変化に対応させられた。ストレスで病気になった選手も数知れず、落選していった仲間たちも思いを背負いながら本選でプレーするハメにもなったわけだ。


 だがそんな『懸命な努力』だとか『苦戦の末につかんだ代表入りの切符』なんてものに価値を見出すのは『身内の主観』にすぎない。そういう感情は本番の、焼き付くような、『名誉か敗退か』という大勝負には関係のないものだ。結果でしか評価されない世界だ。日々の頑張りなんてどうでもいい。そんなものは他人に見せるものではない。


 --そうだな、たとえばとんでもなくサッカーの才能がある素人が1週間練習して代表入りし、へらへら笑いながら本大会で活躍しまくって世界一に貢献し、その瞬間サッカーを辞めようと、俺たちはそいつをチームメイトとして認めるしかない(別にサッカーが好きだから上手になるわけでもないのだから)。--本当にそんなことになったら俺は発狂するかもしれんが。


 ……日本社会は勝利至上主義なのだ。仮にブラジルに敗れ準優勝で終わったら、決勝までよく頑張ったという持ち上げと同様の情報量をもって、決勝戦で敗因につながったプレーを探し出し、追求し、戦犯となった選手をいつまでも糾弾し続けたことであろう。--もちろん戦犯候補筆頭はこの俺なのだが。


 俺のことはもちろん俎上に上がった。音羽リュウジ。まずは決勝戦のあのミドルシュート、後にプスカシュ賞候補に挙げられた最上のゴール。そして準決勝までPKを1本決めただけで、味方がつくったチャンスをすべて逸し続けたセンターフォワード(まるで歴代代表チームの伝統をなぞるかのごとき存在)、そして年齢--彼はなんとまだ15歳! 中学生にして高校生たちに混ざってプレーし、代表チームで活動し続けてきた。音羽リュウジ君は天才プレイヤーとして将来を期待され続けてきた云々。


 そしてディアスとの交錯によって事故を起こしかけたこと。


 俺はある日の練習帰りにマスコミのインタビューを受けた。マスコミ側がプレッシャーをかけ続け、クラブ側が抑えきれなくなったのだろう。俺は、答えた。「クラブでも、代表でも、ディアス選手とまたフィールドで会ったらあのときと同じことをしますよ。つまり、どんな形でもいいからゴールを奪って、チームを勝たせて、そして試合が終わったら握手をして--でもディアスは悔しがっているでしょうからそっとしておいてあげて……しばらくしたらまた笑って話ができるようになると思います」俺はスマホを操作する。某SNS、俺のアカウント、ディアスとフォローしあっていることをしめす画面を記者に見せた。



□ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 それから2年後。


 俺はシサに出会った。

 シサは俺の過去を思い出させてくれた。強烈に。

 また秋がやってきた。あの大会が開かれた季節。俺にとって特別な季節だ。日本の関東地方とアメリカの東海岸では気候が異なるはずだが--肌寒い季節になり外套を着込むようになると思い出す。きっとこれから何十年経っても思い出してしまうだろう。異国の地で戦ったあの1ヶ月のことを。

 電車を乗り継いでシサの住んでいるマンションを訪ねた。ノーアポで。シーズンオフなので珍しく暇をしていた。彼女は活動的な高校生なので不在かもしれない。とことん社交的で多趣味で。

 で、彼女はいた。

 マンションのフロントでシサの住む部屋に連絡をした。彼女はもちろん通してくれた。

「普通に電話をしてから訪ねてくれませんか?」

「なんとなくそういう気分だったの」

「どうかしたんですか?」

「君があんまりあの大会のことをフィーチャーするから、記憶があのころに戻っちゃったんだよ。……実は一点だけ心残りがあってね」


 シサの部屋に通された。湯浅シサは俺のファンを自称するだけに、俺の名前が記載された文字媒体データはすべて入手している。紙もデジタルもなにもかも。

 俺は読みこまれた雑誌を手にしパラパラとめくった。探しているのは監督の顔だった。

「ああそうだ、こんにちは」

「こんにちは」シサは返してくれた。

「本当は誇らしかったんだよ。あの試合で起こったことが全部ね。だからそのことを思い出させてくれてありがとう」

「……ご自分が死にかけたゲームをちゃんと正視することができたんですね」

「ディアスのことは尊敬している。俺の命を救ってくれたことなんてどうでもいい。あいつは英雄だ。他の奴らもそうだ。チームメイトもブラジルの奴らもそうだ。よくサッカーを続けてくれたよ。俺は助けられたんだ。あのゴールがなかったら俺の人生……大分変わっていたと思う」

「なんだか大人みたいですね」

「実際にはまだまだ子供なんだけれど。自分の住所も書けないくらい子供」

「私なんて自分の名前を漢字で書けませんよ」

 シサは笑いながら言った。

「乗っかってくれた……。でね、シサ。話したと思うけれど俺は伏見監督と仲が悪いんだ」

「話してくれましたよ。ハーフタイムですね。リュウジ君が脅迫して……買収して監督に自分を使わせようとした。結果的に監督はあなたを起用し続けた」

「俺にはどうしてもわからないんだ。監督が俺を使い続けた理由が……。俺には人間がわからない」

「私にだってわからないですよ」

 そういうと彼女は口元を結び、真剣な顔をする。側頭部をこつこつと指で叩き、しばらく考える。

「連絡する手段はないんですか?」

「あるよ。ラインのグループが残っている」

 今でもときどき、あのチームの連中と話をする。選手ともコーチとも。

「なら直接話をしたらいいじゃないですか?」

「だってそれは……俺から連絡をとるのはあれじゃん。なんかおかしくない?」

「監督と話がしたいんでしょう?」

「忙しいかもしれない。今海外にいるからねあの人。時差的には今夜かな?」

 代表チームの監督を辞め今はスペインの1部某クラブでコーチの仕事をしている。結局あのチームで最速で『海外組』になったのは津軽ではなく伏見監督だった。

「私が思うに……伏見監督からすればリュウジ君なんて子供なんですよ。対等な関係じゃなかった。無知な子供が大人に反抗しただけで、きっと悪い印象なんてもっていないに違いないです」

「そうかな、あの態度は俺のことを本気で嫌っていたと思うよ。俺は本当にクソ生意気な子供だった。言葉が汚くなったね?」

「気にしません」

「電話がしたくなった。伏見監督になにもかも打ち明けて欲しくなったし、なにもかもぶちまけたくなった」

「いいことですよ。リュウジ君の話をきく限り、とっても面白いキャラクターな人だと思うんですよね。私も機会があれば会ってみたいです」

 もしそうなったら俺は監督にシサのことをなんと紹介すればいいのだろう。俺たちの関係性……。

「本当にかけるよ?」

「私はいないほうがいいですよね。出ていきましょうか?」

「君の部屋なのに?」

「私の部屋なのにです。教えてくださいよ、監督が気まぐれを起こして交代させなかった理由、それにあなたのことを今でも本気で憎んでいるのか?」

「不安になってきた」

「私にとって他人事じゃありません」

 シサは俺に近づきキスをした。

 彼女を抱きしめたのは俺のほうからだった。

 まぁなんというか、そういう関係になってしまっていた。この関係を恋人だと俺もシサも思っていない。なんて不健全な奴らなんだ。

 約1分後、俺は1人広い部屋の中央に立ち尽くし、口のなかの乾きを実感しながらスマホを操作した。呼び出し音が3回鳴る。伏見監督の声がきこえる。

「どうも、監督」と俺は言った。

「ったく、こっちはずっと待ってたんだからな」と監督は言った。


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ノーゴール師匠、サッカー世界一を決めるゲームに出る。 @tokizane

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