エピローグ

第21話 ふたたび宿舎





 ホテルに帰りいつもの広間で食事をとる。今日は特別だ。明日の午前中には帰路につくこともあり、代表の遠征についてきてくれる料理人某氏およびホテルのスタッフは食材を使い切るつもりらしい。

 食は大会中貴重な娯楽だった。毎食ビュッフェ形式、その場で頼みつくってくれるメニューもある。店なら少なくとも5kは払わなければならないだろう。

 俺は相撲取りに転向するつもりなのかというハイペースで料理を腹につめこみ(全メニューを制覇した)、それでいて頻繁に席を立ち他の選手たちのいるテーブルのそばを回った。


「主役がきたよ。俺がいないと盛り上がらないでしょ?」

「黙って喰ってたら~? 今日だけ活躍してイキるのぉ?」うざったそうな顔をして由利が言った。


「……ワールドカップ、終わってみたら俺1人で勝ったようなもんかな」

「まぁたそうやって喧嘩売る」呆れた顔の津軽。


「俺は前評判通りの大活躍。アルゼンチン戦のあの3点目のゴール、コスタリカ戦の退場を誘発するあの仕掛け、メキシコ戦のあのボレーシュートがなかったら今日までの躍進もなかったわけで(大嘘)」

「勝たなきゃ良かったと思いつつある。こいつ10年後もこのこと擦ってくるぞ。……もしかしてディアスとぶつかったとき頭打ったの? 病院行っとけよ」内藤は真顔でそう言った。


「準決勝、フランス相手に2点差を追いついたのも…アジア予選のベスト8、イラン相手に叩き込んだ直接FKも…全部音羽さんが居たからじゃないか……!」

「本当のこと混ぜてくるのやめろ」これは波多野。


「お、おではおまえらの考えていることくらい承知しとるんだど。まだ中学生のおでがパーフェクトなストライカーだから先輩方から嫉妬を買っていることくらい……」

「音羽君試合中決勝が終わったらトライアスロンするって言ってましたよね? 最初は1.5キロ泳いでもらいますよ」これは土屋。


「はぁそんなこと言ってないんですけど。いや言ったかも(このサディストが)。ともかくもう大会終わったので、もう練習しなくていいのでハッピー! 河田先輩に勝利をプレゼントできて良かった」

「どうして俺ぇ? 気持ち悪。誕生日でもないのにプレゼントいらないって」河田が反応する。


「サッカーやり始めてからずっと全国(大会)童貞の先輩が世界を制するなんて…刺激的でファンタスティックだろ」

「世界……そうか、俺たち世界一になったんだな……」そう言って村木は胸元のメダルをさする。決勝後の表彰式で受けとったものだ。なぜ食事しているときにそんなものを身につけているのか?


「感慨無量大数」

「……ここで満足しているようだと、選手として俺たちみんなお先真っ暗だよ」これは黒瀬。


「おっ、いいこと言うな黒瀬。ベスト11および最優秀GKゴールデングローブ選外残念でしたね(俺も選ばれてないけれど)」

「いちいち仲間に突っかかるんじゃねぇリュウジィィィィ! んで確かによ!! 黒瀬の言うとおりじゃねぇか!!! こんな大会通過点だろ!? 違うか?! 俺たちゃ日本を代表してサッカーやって1番になったけれどよ、それは俺たちの成功を約束しねぇんだ! 

 むしろ追いかけられる立場? 研究される立場になったんだ! むしろ逆に超厄介だ! だからよぉぉぉぉ、俺たちに止まっている時間なんてねぇんだよ!!」これは西。


「あーそれは俺も思ってたわ。俺がまさに今言おうとしていたことだわ」

「……リュウジっていつもテキトーだよね」これは清水。



 清水は俺の人間性を正しく理解している。極度の目立ちたがり屋なのだ。


 日本の左ウィングとセンターフォワードはチームメイト。学年で2つ上だが同じチームでプレーしている時期は長い。

 代表スタメンプレイヤーが2人所属している神奈川のあのクラブユースは常勝チームだった。今年度の国内主要タイトルを3つを独占している。要するにここにいる代表選手たちの所属している強豪ユースあるいは強豪サッカー部相手に勝ち続けてきたということだ。


 ここにいる全員が俺と清水の強さを認めている。

 だから俺がこの大会どれだけチャンスを逸し続けても、いつか本来の力を発揮するときがくると期待し、俺へのパスを供給し続けてくれたのだ。


 プレイヤーは潜在能力を周囲に認められ、


 プレイヤーはトレーニングで成長し、


 プレイヤーはゲームでその実力を発揮し、


 プレイヤーはその実力を他者に知らせることで名声を高め、


「○○という選手は強い」という評判を得てようやく仲間として受けいれられる。ましてやプライドの高い奴らが集まる代表チームだ。2つ若い俺が受けいれられたのは代表チームに入るまえの段階で既に国内で無双できていたからなのだ。

 仮に無名のまま代表チームに入っていたら、短い合宿の間で成り上がるという面倒くさい手続きを踏む必要があったわけだ。考えるだけでうんざりする。



 --で、俺は国内とアジア予選でつくりあげた信頼という名の貯金を『本大会流れのなかからノーゴール』という形で吐き出し続けた。

 その残高が尽きかけたそのとき、ファイナルの後半の17分、あの土屋からのパスを受けたその瞬間覚醒した。

 ぎりぎりだった。ぎりぎりで年上のチームメイトたちの期待を裏切らずに済んだのだ。


 同じことは繰り返さない。

 またこいつらと代表チームで組むことがあったとしても、俺がまた不調に--深刻なゴール欠乏症に陥るようなことはない。

 俺が最強ストライカーである限り内戦は発生しない。少なくとも国内で俺と俺がプレーするクラブは勝ち続けるだろう。日本にいる限りここにいる先輩方は俺には勝てない。そのことはわかっているはずだ。

 繰り返すが内戦は発生しない。この1年半、俺と清水のいるチームは国内で無敗を誇っているから。


「アンダー18だのオリンピック代表だのかったるいし、次はAで再会しよう」俺は言った。

「気が早すぎるよ」清水はそう返す。

「いやっ、全然そんなことないって。久○なんて16でアンダー20代表選出だし18でAだよ。小◯に至ってはワールドカップ本大会出場だよ? ゴイスーに現実的でしょ。それとも俺が先越していいのぅ? 俺先輩たちより2つ下だよぉ?」



□ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 数分後、ホールから出ようとした俺を監督が引き留める。


 最高に不機嫌な顔をした監督は流暢なスペイン語で話しかけた。

「リュウジ、俺はハーフタイムであったことをずっと忘れてないからな。。後半も起用し続けたこととは話が別だ」

 俺はつたないスペイン語で返す。

「俺は別にあんたに認められるためにゴールを奪ったんじゃない。敗北者のままあのフィールドから出たくなかった。俺は俺のためにゴールを決めた。それだけだ」


 監督は自分が指揮するチームで俺をプレーさせることはないだろう。この確執が治まることは決してない。

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